サヨナラ、小さな罪

けんこや

 私が盗みを働いたのは小学校6年生の時だった。


 当時小学生の間で流行していたカードゲーム「マスターズ・オブ・デュエリスト」のレアカードを、友人の家から盗み出したのである。


 もちろん初めから計画的に、というわけではなかった。


 弁明するわけではないが、ほんの出来心といったほうが正しい。


 でもその一件は少年時代の最後を飾るにふさわしい美しい思い出として、今でも私の心に鮮明に焼き付いている。





 三島祐一郎君がクラスに転校してきたのは小学校6年生の春の新学期だった。


 顔だちがよく、背も高く、運動神経が良く、成績も優秀で家も裕福。

 まるで非の打ち所のない人物の突然の出現に、皆、初めはどう接していいのかわからなかった。


 ところが三島君は意外なほど、すぐにクラスになじんだ。

 それはクラス替えのタイミングということもあったかもしれないが、それ以上に、三島君自身の人格的なところが大きく作用していたのではないと思われる。


 三島君はその種の子供にありがちな高慢さで、他の子に対して優位ぶるという事が一切なかった。


 終始ほのぼのと明るく、つまらないことはせず、かといって下らない冗談や、小学生によくあるオチも意味も脈絡もないふざけっこにも的確に応じながら、ごく自然に我々のクラス内の人間関係に溶け込んでいったのである。


 それは少し大げさに言えば、全く未知の異文化であるはずの私達の社会の中に、驚くべきスピードで順化したといってもよかった。


 今思えば、それは親の都合による度重なる転校という境遇によって備えざるを得なかった、社交性の賜物でもあるのかもしれなかった。

 さらにその高い能力であるがゆえに、周囲からの羨望と孤立を回避する術を、自ら身に染み込ませなければならなかったのかもしれなかった。


 いずれにしても三島君は、我々よりも一回りも二回りも大人な少年であった。


 そんな三島君の家に遊びに行くことになったのは、夏休みを終えて新学期が始まった頃だった。

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