27.冒険者

 二日の間も降り続いた雨もようやく止んで、今日はすっきりと気持ちのいい青空が広がっている。

 色が少し薄くなったような気がするのは、やっぱり秋が近いのかもしれない。『一雨ごとに寒くなるよ』って、秋が始まる頃にいつもお母さんが言っていたっけ。向こうの世界にいた時には分からなかったその季節の変わり目を、この世界で実感する事になるとは……。


 窓から外を眺めながら何となくぼんやりしていたわたしは、扉が開く音で我に返った。ここは冒険者ギルドの一室。隣に居るのはもちろんラルで、今日の目的はタパスさんとの面談である。

 部屋に入って、ソファーに腰を下ろしたタパスさんにラルが話を切り出した。


「タパスさん、オレの能力についてお話したい事があります」


 二人掛のソファーが、丸テーブルを挟んで向かい合う応接室。わたしとラルは並んで座り、向かいのソファーの真ん中にタパスさんが腰を下ろしている。


「オレはハルピュグルの力を宿す亜人種です」

「ハルピュグル……伝説の鷲か」


 伝説。

 もうこの世界には存在しない鷲だとラルが言っていたけれど……。


「ハルピュグルは古い文献の中にしか名前を見ることが出来ない、鳥類最大最強の種だ。王国内にその集落がある事は認知されているが、その強さの為に王国とは互いに不可侵条約を結んでいるな。しかし……まさかジェラルドがそうだったとはな」


 そんなに強いなんて。何度も守って貰った身としては、ラルの強さを知ってはいたけれど……ううん、知っていたつもりで、実際は分かっていなかったのかもしれない。


「ハルピュグルでも冒険者を続けても大丈夫ですか?」


 ラルの声が固い。

 横顔を覗き見ると、緊張しているのか顔が強張っているようだった。


「もちろん。しかし……それだけの強さだ、魔獣討伐や未開地探索などに向かって貰いたいところだ」

「アヤオをそんな危険な場所に連れ出すわけにはいきません。かといってアヤオを一人にはしたくないですし」

「そう言うとは思ったが」


 ラルの過保護っぷりがすごい。

 わたしは冒険者としてはラルよりも先輩だし、それなりに自衛出来るんだけどな。


 そんな思いを込めてじっとラルを見つめていると、その視線に気づいてか青藍せいらんの瞳がわたしを捉えた。


「オレはアヤオと一緒に採取をしているのが楽しいんだ」


 にっこり笑いながら紡がれるその言葉に、嘘偽りなんて欠片も感じ取れなくて。わたしは小さく頷く事しか出来なかった。


「しかし戦力とはさせて貰うぞ。不測の事態が起きた時にはその力を奮ってもらう事になる」

「分かりました」


 話が纏まって、穏やかな雰囲気に包まれる。緊張していたのはラルだけではなくて、わたしもそうだったようだ。


「ああ、そうだ。【命波クアン】に情報も追加した方がいいだろうな。レグルス殿に話をしておこう」

「宜しくお願いします」


 それで面談は終わりになった。

 また管理院に行く事になるけれど、それはまた後日。忙しいタパスさんはこの後もまだまだ予定が詰まっているらしい。急かしてすまないな、と言い残して部屋を後にしてしまう。

 噂でしか聞いた事がないけれど、ギルドマスターが自由人で、タパスさんが事務全般や細かい事を全て取り仕切っているとか……。このギルドに所属して結構な時間が経つけれど、いつも飛び回っているらしいギルドマスターには会った事がなかったりする。



 わたしとラルはキリアさんから採取依頼を受付してもらって、魔植物――メロウちゃんという名前らしい――に手を振ってから外に出た。

 ちなみに今日、わたしがギルドで倒れてから初めてキリアさんに会った。無理をしていた事に対してめちゃくちゃ怒られたし、同じくらいに心配された。お姉ちゃんがいたら、こんな感じだったんだろうか。それを口にしたら、きっとお互い照れてしまうから心の中にしまっておくけれど。



「いい天気だねぇ」


 わたしの隣を歩くラルが、両手を上に大きく伸びをする。うなじでひとつに束ねられた髪が、冷たさを含む風に揺らされていた。


「うん、気持ちいいね。寒くない?」

「大丈夫。オレよりも、アヤオの方が薄着でしょ」


 それもそうだ。

 ローブの下のわたしの仕事着は、ノースリーブニットにショートパンツだもの。寒くなってきたらさすがに長袖を着るけれど。


「他の男には見せたくないんだけど……似合ってるからねぇ」


 困ったようにラルは笑うけれど、わたしの顔は一気に熱を持ってしまう。ええと……似合うと言われるのは嬉しいけれど、他の男の……なんてくだりは、ええとヤキモチだったりなんて事はするのでしょうか……。

 元の世界でもスカートは短かったし、足を見せる事に何も思う事は無かったけど、なんだか急激に恥ずかしくなってくる不思議。


 そんなわたしの動揺を読み取ったラルは、可笑しそうに肩を揺らした。


「アヤオは何を着ても可愛いよ」

「もう! 揶揄からかってるでしょう!」

「あはは」

「否定しないし!」

「アヤオ、手を繋いでもいい?」

「いきなり!?」

「あはは、顔真っ赤」


 問いかけてきたのに、わたしの答えを待たないで手が握られてしまう。指を絡めるように手を繋ぐと、ラルが嬉しそうに笑った。

 そんな顔を見せられて、手を離せるわけもなく。


「アヤオの手は暖かいねぇ」

「そう? ラルの方が暖かいけど」

「一緒に寝ている時も暖かいなって思ってたよ」

「え、ちょ……」

「寝てる時、オレも暖かかった?」

「……はい」

「これから寒くなるし、暖かいのが欲しかったらいつでも言ってね」

「いやラル、ちょっと雰囲気変わりすぎじゃない?」


 子どもの姿から大人の姿になった朝。

 あんなにしょんぼりしていたのは幻だったんだろうか。いや、別にしょんぼりしていて欲しいわけじゃないんだけど。

 多分……能力だとか記憶だとか、隠している事が無くなったから色々吹っ切れているのかもしれない。


「だってオレはアヤオが好きって言ったよ? もう気持ちを隠さなくてもいいし、素直に色々・・伝えていこうと思って」

「素直……? 色々……?」

「言ったでしょ、口説いてるって。オレはアヤオの可愛いところ、素敵なところをずっと話し続ける事だって出来るよ」

「遠慮します!」

「可愛いねぇ」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら歩く街道。

 穏やかな風の中、優しい空の下。葉擦はずれを耳に向かうのはラザフ平原。


 これがわたしの、新しい日常。

 全てが愛しくて手放したくないと、そう思った。


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