第35話 完堕ち

 飲み込まれた黒い渦から光の差す穴へと出たと思ったら、そこは見知らぬ街が広がっていた。


「え? えええ!? な、なにここ!? ここはどこ!?」

「うそ……」

「セカイ、あなたまさか……」


 右も左も建物も全然知らない。

 帝都ほどではないけど栄えている街並、行き交う人々、街の活気。

 突然現れた私たちに街の人たちもザワザワしている。

 ひょっとして私たち……


「馬鹿な、空間転移魔法だと!? 養成学校の生徒がこれほどの超高度な魔法を!?」

「あなたは一体……」


 うわ、やっぱり……ここ、帝都じゃない!? 本当に空間転移!?

 本当にワープしたの?

 

「セカイ、あ、あなた……」

「どうだ、ピンク。昨日の夜、必死に覚えたんだよ、空間転移」

「え……え!?」

「で、実は試しに昨日の夜に来てな……あとはお前らのタイミングさえ合えばいつでもって感じだったんだが、手間が省けた」


 サラリととんでもない魔法を発動させて私たちを巻き込み、



「そして、ここだろ? 幸せのなんたらケーキの店は」


「あ……」



 そしてまさかの……ディーちゃんが子供の頃から望んでいた、『虹色アイスケーキ』と書かれた看板。

 店も虹色にカラーリングされて派手で、だけどかわいくて……


「じゃぁ、セカイくん……ここって……」

「ああ。トティモトーイ王国だ」

「う、うそぉおお!?」


 帝都から遠く離れたこの王国。往復一ヶ月はかかるほどの距離だというのに、あの一瞬で移動したってこと!?


「ばかな、それほどの長距離を……き、君は一体何者だ!? どうしてそれほどの魔法を? 魔力を? なぜ魔法騎士養成学校に君ほどの……」

「これほどの空間転移を扱える人なんて初めて……話を聞かせてもらうわ、えっと……セカイくん、だったわね」


 ディーちゃんのお父さんとお母さんも血相抱えてセカイくんに詰め寄っている。

 それだけで、私でもセカイくんが本当にとんでもないことをやったんだってことが分かる。

 本当にセカイくんって何者……?


「まっ、今はいいじゃないすか。なぁ? ピンク」

「ッ!?」

「ぴんく?」

「気になってはいたけど、ぴんくって……ディヴィアスちゃんのこと?」


 そんな正体が気になるセカイくんなのに、そのことを教えずに、ポンとディーちゃんの背中を押し出した。


「こいつが、あんたら二人とここのアイスケーキを食いたいって言ってたからよ」

「……なに?」

「細かいことは、まずは食い終わってからにしてくれよ。こいつとはそういう条件なんでな」

「待て、君は一体……いや、今はケーキよりも―――」

「娘に説教したり、夫婦喧嘩したり、娘に近づく怪しい男の正体気にするぐらい暇なら、ケーキぐらい食ったらどうすか? それができる度量もねぇから、いまだに魔王軍なんかを倒せねぇんだよ」

「ッ!?」


 今はいいじゃないかで済ませるセカイくんに、当然おじさんたちも納得するわけじゃない。

 だけど、おじさんとおばさんは顔を上げて、ケーキ屋の看板を見てハッとした様子。


「……ケーキ……ここは……ん? そういえば……七色アイスケーキって……」

「あ、そういえば……ディヴィアスちゃんが子供の時に……」


 そして、ようやく二人も気づいたみたいだね。


「おら、あとはお前がやれよ」

「……セカイ……」

「それとも食べさせるところまで俺にやれってか?」

「……ううん! ……ありがとう……セカイ……本当にありがとう!」


 そう言って、ディーちゃんはおじさんとおばさんまで駆け寄って、二人の手を掴んだ。


「パパ、ママ、一緒に食べよう。せっかくだから……ね? 一緒にケーキ食べて……ね? そうしたら……そうしたらきっと……」

「ディヴィアス……」

「ディヴィアスちゃん……」


 ディヴィアスちゃんの願いを二人もちゃんと届いたんだと思う。



「約束していたはずなのにな……いつか必ず……でも、私の中ではいつの間にか『果たさなくてもいい約束』になっていたのかもしれない」


「……そうね……私たちなりにディヴィアスちゃんのためにと日々思っていたのに……そんな私たちをディヴィアスちゃんに心配かけるだなんて……親失格ね」


「パパ……ママ……」



 何でディヴィアスちゃんが「家族と一緒」にここに来たがっていたのか。

 おじさんもおばさんも、切なそうにディーちゃんの頭を撫でて、何かを噛みしめているようだった。


「パパ、ママ。私ね……」


 そして一方でディーちゃんも何かを決めたみたい。


「自分の将来なりたいものはあったけど……でも、自分に何ができて何ができなくて、何をどう一生懸命やるかとか、そういうこと深く考えないで、ただ反発みたいなもので意固地になって……でも、今は違う! 私、自分のことがまだ分かってない。でも、自分の持っている力を危険ではなくギフトだって言ってくれたセカイを見て……思ったの!」


 いつも「くだらない」「私やらない」とか冷めた感じのディーちゃんが、今はその目に「想い」みたいなのが宿ってる気がする。

 

「私、何になりたいかは別にして、目の前のことを一生懸命にやってみたい。ギフトもずっとしまい込んでいるんじゃなくて、向き合って、何かできることがないかとかも探してみたい。学校のことも……将来への準備も……色々と……何にでも一生懸命にやってみる! ケーキ屋とか、勇者とか、戦争とか……け、結婚とか……、卒業まで一生懸命に生きて、そのうえで自分は決めたい!」


 ディーちゃんが、気持ちを前面に出している。……「色々と」のところで、一瞬だけセカイくんをチラ見したのを私は見逃してはおらんぞよ?

 そんなディーちゃんの言葉を私もアネストちゃんも、そしておじさんもおばさんも真剣に見守って……


「なりたい大人になれるように、何事にも懸命にやってみる! だから、私に決めさせて! これからのことを! 相談はするから、私に決めさせて!」


 こんなディーちゃんは初めて見た。

 物心ついたときから一緒に遊んでいたのに、こんな風に自分の気持ちを前面に出しているディーちゃんなんて……


「そうか……」


 ディーちゃんのお父さんたちも、そのことが伝わったんだね。

 

「分かったよ、ディヴィアス。なら、やりたいことを思いっきりやってみなさい」

「ええ。それが、勇者としての道と違ったとしても……パパもママも……あなたが自分で選んだのなら、それを応援するわ」


 苦笑いしながらも、優しく頷いている。

 うん……良かったね……ディーちゃん。

 この一部始終を見ていた私たち。

 セカイくんの行動にアネストちゃんは終始感激しっぱなし。

 すると……


「セカイくん……だったね。君にも礼を。そして……娘のことは君に任せてもいいのかい?」


 おじさんもおばさんもセカイくんに対する目が優しく……ん? 


「その、これから……学校でも……その……それより先の……『将来』も含めてだが……」

「パ、パパ!?」

「あらあら、ディヴィアスちゃんったら顔を赤くしちゃって……ふふふ」


 あれ? ん~? ん? なんか、その『将来』のニュアンスが……


「おう、娘さんのことは俺に任せてくださいっす! 解放しろと言ったのは俺だから、その責任は取るす! 将来共に肩を並べる者として!」


 いやいやいやいやいや! それって、「魔王軍と共に戦う仲間として」だよね? うん、バカな私でも分かるよ?

 だけど、そんな言い方したら……


「ふぇ、ふぁ!? ちょ、セカイ……ば、ばか、その言い方だと……」

「むぅ……」


 ディーちゃんも分かってるとはいえ、流石にその言い方はまずいと思って、でもテレテレで、アタフタしてる。

 その隣でアネストちゃんはちょっと拗ねた様子。

 一方で……



「お、おぉぉ……は、ハッキリ言うんだな君は……今の若者には珍しいというか……男だねぇ、君は……そしてその自信を裏付けるだけの力も持っていると……うん、気に入ったよ!」


「あらあら! うんうん、そういうことなのね……ふふふふ、良かったわねディヴィアスちゃん♪」



 ほらぁ、絶対に勘違いしてるよぉ! いや、最初の印象から好感度がダダ上がりだけども、絶対に今のセカイくんの発言を、おじさんとおばさんは「娘さんを幸せにします。ボクに下さい」っていう感じで受け取ったよ。

 そして、ディーちゃんは……


「セカイ……バカ……もう私は……開き直るんだから……後で、勘違いでしたじゃ済まさないんだから……覚悟しなさいよ♡」


 嗚呼、ディーちゃん……完堕ちだね

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