F

春嵐

01.

 F。


 大文字で。


 それだけ言い残して、彼女は去っていった。


 桜は咲いていない。今年は冬が長くて、3月でもまだ桜の気配すらない。


 彼女は、卒業した。


 残されたのは、僕ひとり。


 彼女と僕、ふたりだけの写真部だった。


 学校の要請で撮るスチールや新聞部に頼まれた紹介写真を撮るのは、ほとんど僕で。

 彼女は、撮った写真を最後まで、見せてくれなかった。部室にあるものを撮っていたと言っていたけど、卒業までは見せないとも、言っていた。


 部室。彼女の残していったカメラ。データ。


 渡そうにも、彼女の居場所は分からない。何を撮ったのかは、もう、分からないまま。


 進学予定の大学の名前は分かる。自分では、どんなにがんばっても、届かない大学の。すごく偉そうな名前の学科。


「僕は」


 告白。できなかった。


 頭の出来が違うから。


 顔の良さが違うから。


 ぜんぶ言い訳だった。


 結局。


 僕に勇気がないから。


 彼女を好きだという想いが、足りないから。


 彼女のカメラ。


 手にとって。


 開いてみる。


 データ。


 ロックがかかっている。


 英数字。5文字まで。


「もしかして」


 F。それだけ。


 選択する。大文字で。


 パスコード。開いた。


 データ。


「これ」


 自分の姿ばかりが、撮られている。


 写真を撮っている僕。そればかりが。ずっとずっと、たくさん。


「僕を撮ってたのか」


 写真のなかに。


 ノートの端書きを撮ったものがある。その写真だけ、自分が写っていない。


 一年後。


 同じ大学で逢えることを。


 待っています。


「勉強しないといけないのか」


 彼女と同じ大学。


「無理だ」


 よくある漫画や映画のようには、いかないんだ。勉強ができない人間には、とことん勉強は、できない。


 もう一枚。ノートの端書きを撮っている。


 無理だと思ってるでしょ。


 学部を調べれば、あなたでもぎりぎり大丈夫な学科があるわ。


 勉強しなさい。


「なんだそれ」


 写真フォルダ。


 パスコードのF。

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