第20話

 バイトの後、私はワタル君と池袋駅で待ち合わせ。新宿で待ち合わせしたら社内の人にバレてしまうかもしれない。


 (美園先輩にはなぜか知られていたが、私から話したことは一回もない)


 私は美術から逃げたい。ハルカのことを忘れたい。今日は遊ばなきゃ気が済まない。だし、やっぱりワタル君には嫌われたくないから、一大決心で私は彼のセックスを、処女膜やぶりを甘んじて受けることに、やはり決意した。あんなに舐められていたらさすがにね。でも、自分で誘っておいてなのだが、うまくいくのだろうか。


 ワタル君が来る。彼も彼で何かストレスがあったのか、いろいろ溜まっているみたいだった。そして立派なラブホテルに到着。受付を済ませる。受付の人が不愛想なラーメン屋レベルの接客で助かる。


 「これからこの人とはお楽しみをします」という宣言なのだから、本当に目を合わせるのも、お金を渡すのも、相当恥ずかしい。しかしここはマニュアル店員。キャンペーンをしているらしく、ガラガラを回さなければならなかった。もうあなたの目を見たくないんです! コミュニケーションしたくありません!


「いや、普段ヒカリちゃん週3ぐらいで人の裸見てるし、いろいろ舐めてばっかなのに、何をいまさら恥ずかしがっているのさ」


「変態だなぁって思って、自分………、優等生お嬢様キャラで通しているから、普段」


「確かに、女側から誘われるのは初めてだったかな………」


「嫌だなぁ」


 そしてホテルに着くと、発電所のようなルームの風景が広がっていた。発電所は出来るだけ欲情を増幅させようとしているのか、ルームをラブホテルに似せているという。構造も、ベッドがあって、冷蔵庫があって、酒があって、風呂があって、と全く変わらない。


 まずはいつもバイトでやっている通りに、風呂のスイッチを入れる。


「ここはマニュアル無視で行こうぜ、ヒカリちゃん。あくまでもセックスはコミュニケーションなんだからさ、俺たち二人の愛の巣だよここは」


「いきなりセックスしないでどうするの」


「そんな最初からやる気になったら、性欲むき出しすぎて発電所以外だと引かれるよ」


「発電所の常識はここでも応用出来ないのね」


「当たり前だろ、愛情の頂点として俺はセックスをとらえているだから。商業用とプライベートじゃ違うの」


 コンビニで買ってきた(というか買わされた)缶チューハイで乾杯。おつまみをつまみ、たわいもない会話をする。二人でベッドに寝っ転がる。おなかいっぱいだね。そうだね。お酒にも酔っちゃったね。そうだね。ワタルくんがこちらに来て、私を抱きしめる。


 ああ、おんなのこのからだってやわらかいんだよ。おとこのひとのきんにくってちょっとあこがれる。ああ、きみはこれでもうはだかだね。ねぇ、ちょっときみもぬいでって。ちょっとやめてって、これじゃだんじょふびょうどうだって。わかっているさ。あ、そんなにぺろぺろなめないでよ。あかちゃんみたいね。


 既に私の課題の一つであった、「向こうから触れられる」という関門はどうやら突破したようだった。美園さんが言う覚悟が決まったのだろうか。嬉しくて子宮があったかい。ああ、このまま入れられてしまうのかな、ついに。それならとても嬉しいんだけど。無限に恥ずかしいけど。


 そうだね、ぼくはヒカリちゃんのねがいをかなえよう。さいしょはおれがだこうとしてもつきとばしたでしょ。でもいまはほんきでできている。そんないきなりした、いれないでよ、はずかしいじゃない。でもかわいい。だいすき。じゃあちょっとおじゃましますね。あら、あかくてかわいいね。あぁ、くすぐったい、でもきもちいい。じゃあ、ゆびいっぽんからいれるね。


「痛い!」


 部屋の壁を壊すぐらいの音量で歌え、と音楽の時間で言われたことはないだろうか。私は今、それを体現し、隣の部屋まで聞こえるような大声で私は叫んだ。冗談じゃない、痛いってめっちゃ痛いって、痛いって。怖いって、怖いって、怖いって、怖い怖い怖い!


 いやいやいや冗談じゃない、最初はそんなもんだから安心して、ぼくを信じてくださいと柴犬のような、うるるとした目で見られても困ります。大丈夫、前の彼女は慣れたから頑張ってとか言われても困ります。そもそもあなたがせがんできたんでしょとか言われてもすっごく困ります、困ります、困りますってぇえ!


「てか、やっぱり喘ぎ声下手だね、もうちょっと違うよ、もっとイッてる感じ出来ないの?」


「だからイッたことないんだって! 私声優でも俳優でもないもん! 無理よ!」


「今日は無理そう?」


「絶対無理! ごめんね、もう帰る! 君は部屋泊って行ってよ!」


 私は一万円を置いて、申し訳ないけど、走って帰った。

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