第2話

 パブリックなスペースで質問された内容としては、あまりにも突飛な言葉が、ミクリ所長の口から飛び出してきた。


 この前、テレビでお笑い芸人が、

「シリアスなシチュエーションの中でやっちゃいけないようなことをする。笑えるネタを作る秘訣の一つです。お笑い芸人にとって、葬式とかは鉄板ですね!」

と言っていたが、まさにその、発電所のアルバイト面接、というシリアス世界から全く乖離した言葉がミクリ所長から出てきたのである。


 吹き出しそうになるのを、口を開けてこらえる。唇を合わせた瞬間、私は吹き出して笑ってしまいそうだったから、無理やり開けて耐えていた。


 ミクリ所長が、私の表情を見て、なぜか少しうろたえていた様子だった。「あれ、僕何か間違えたこと言いましたか?」といわんばかりの顔で私を心配してくる。


「双葉さん、オナニーできるよね?」


「あの、それより前に質問なんですけど」


「いいよ」


「なんでそんな質問するんですか? オナニーなんて」


 ミクリ所長は、明らかにうろたえた顔をしていた。私、なんか間違ったこと言っていますかね。どうしてミクリ所長がそんな顔をしているのか私には分からなくて、私の心も焦っていた。


 履歴書をもう一度見返したミクリ所長が、それまでの曇った顔を晴らして、一人納得のいくような表情をした。


「あ――、まさか、双葉さんって結構いいとこ育ちだったでしょ」


「比較的地方の中では恵まれているほうでした」


 私の家はかつてそこそこ裕福だった。有名私立の、中高一貫の女子校で青春時代を過ごした。いわゆるお嬢様学校というやつ。そこで私は、美術の才能がないのにも関わらず、美術の道を志し、美大に入学。


 だけど、支援してくれるはずの親が離婚し、引き取ってくれたお父さんが、実はギャンブル依存で借金を抱えまくっていたことが判明し、学費が払えないために、現在私は『稼げる』と美大の友達に教えてくれた東京電力・東新宿発電所で面接をし、必要な画材を取りそろえるために奮闘している、というわけだ。


 くだらない事まで、自分のストーリーを脳内に展開してしまった。


 ミクリ所長にこの事を端的に伝えると、今度は大笑いしていた。


「だよねぇ、じゃあ、申し訳ないんだけど、おじさんがこの世の真実ってやつを教えてやろう」

 ミクリ所長は女の子に申し訳ないなぁと独り言をぶつぶつ呟いていたが、覚悟を決めたように、この世の真実ってやつを告白した。


「石油・天然ガスがもうすでに掘れないところまで来ているっていうのは知っているかな?」


「はい、その代わり自然エネルギーの変換効率をあげて、人類は未曽有のエネルギー危機に対抗しようとしている、ですよね」


「そう、さすがは優等生。で、その内訳は言えるかな」


「太陽光発電が6割、水力発電は3割、そして、風力や波力が1割ほどです」


「よくできました、実はお嬢様学校で使われている教科書は間違っていますね。公序良俗に反するからでしょうか。でも学校は嘘を教えちゃだめですよ。洗脳じゃないですか」


「え」


「正解は、セクシュアリティ発電が4割、太陽光が2割を負担している。つまり、エロ、まあ自慰行為とナチュラルな性行為によるエロ限定なんだけど。それによって発生する電気エネルギーで日本の電気の4割を負担しているっていうのさ!」


「えええええええええええええええええええええええええええ」

 私は人生で初めて、椅子を後方に傾け、倒し、後頭部をなんの防御もなしにうってしまった。

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