第13話:現地視察

 私の願いは、普通なら絶対に許されない事です。

 後宮に入った女が、それも正式な妻妾とされた女が、後宮を出る事は絶対に許されない事なのです。

 まして私は妻妾というのは建前で、本当は人質なのです。

 後宮から出してもらえるわけがありませんが、それを分かって口にしたのです。

 現地視察が必要と言っておけば、失敗した時に多少は言い訳ができますから。

 それなのに、何故こんな事になってしまったのでしょうか……


「ユリア太妃殿下、お疲れではありませんか?」


「大丈夫です、アナベル。

 アナベルこそ疲れているのではありませんか?

 侍女達の中に無理をしている者がいないか、気にかけてやってください」


 私の周りには、後宮外に出られた事に喜びを隠せない侍女達がいます。

 その外側には、今上陛下と神に侍女と不義をしないと誓った近衛騎士がいます。

 更にその外側に、同じ誓いをした一般騎士がいます。

 私が迂闊な事を口にしてしまった結果が、このような事になってしまいました。

 私の献策と現地視察の件は、皇太子領筆頭城代家老から今上陛下に奏上されましたが、事もあろうに承認されてしまったのです!


「ユリア太妃殿下、そろそろ縄梯子の確認が終わります。

 ですが、本当に御自身で渡って確認されるのですか?」


「ええ、もちろんです、セザール筆頭城代家老殿。

 これはあくまで私が勝手にやっている領地開発です。

 万が一失敗したとしても、皇太子殿下や今上陛下に名声に傷がつかないように、私が独断でやった証拠を残す必要があります」


 今の言葉も、失敗した時に温情をかけていただくための布石です。

 そんな姑息な私の眼の前で、工兵が広く深い峡谷に架けた縄梯子を渡る騎士がいますが、完全装備の重量でも縄梯子が安全な事を確認しているのです。

 いえ、それだけではなく、最終目的の果ての分からない荒地に布陣するのです。

 私がそこに行っても大丈夫なように、完璧な防御体制をとってくれています。

 地質の情報は書類で確認していますし、ここに来てからも見せてもらいました。

 後は実際にこの目で見て、手に取って確認するだけです。


「ユリア太妃殿下、全ての準備が整ったようでございます」


 セザール筆頭城代家老殿がまた太妃の前に私の名を付けてくれます。

 これがまた重圧になるのですよね。

 今までは太妃としか呼ばれていませんでした。

 早い話が、人格など認めてもらえず、単にセラン皇太子殿下の子供を生む道具として見られていただけなのです。

 それが一人の人間として、上に立つ者として認められたのです。

 まあ、私も、単なる筆頭城代家老ではなく、セザールという名が先に浮かぶようになりましたけど。


「渡ります」

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