無力な騎士

「ーー汚らわしき魔人よ、苦死んで死ね!!!!」


 ヴィクタは突風が吹き荒れるほどの速さでアミスに接近し、その速度を保ったまま剣を振り下ろした。


「(流石に早いな。だが攻撃は通らん!)寄せ付けぬ城壁モエニア!」


 攻撃を逸らす魔法によりヴィクタの放つ斬撃は、肉体を反り足元の地面を穿つに止まった。


「チッ!面倒な!(近くにはまだあの子供がいる。これでは迂闊に攻撃できない……)」


「おい赤髪の騎士、お前少女こいつのこと忘れてるんじゃないのか?今の攻撃も地面に流さずこいつにぶつけることだってできたんだぞ?」


 もう片方の親指で少女を指すアミス。そんなアミスの裾をつまみ、ヴィクタに訴えかける少女。


「ねぇやめてお姉ちゃん。お兄ちゃんかわいそうだよ!」


「ーーッ!…………落ち着け私…………」


 可哀想ーー幼い少女が放ったその言葉に一瞬殺意を滲ませ剣を強く握るヴィクタ。しかしすぐさま我を取り戻し力を緩めた。しかし依然としてアミスへの警戒は継続中だ。


「(ずっとつままれてもな……邪魔だがとりあえず後だ)おい、こんな時のための数だろ?他の騎士団はどうした?まさか置いてきたのか?」


 何気なく発したその言葉に、今度は露骨な怒りを露わにするヴィクタ。


「どうした?それを貴様がいうのか……?彼らは貴様を追っていると聞いている、そして先日発見したとも報告を受けた……私の言いたいことが分かるか魔人?彼らをーー騎士団の皆をどうしたのだ!!!!私の大切な仲間を!!一体どうした?!!!」


 大声を張り上げ、わなわなと体を震わせながら剣を構える彼女をよそに、アミスは困惑していた。


「(騎士団がオレを見つけた?だったら少なくとも何名かは探知魔法にひっかかるはず。それが引っかからないということは見つかってはいないはずだ。だとすればその指示はなんだ?なんの意味がある?)……さて、そんな奴らのことなど知らんな」


 その言葉にさらに表情を歪ませるヴィクタ。その光景、正確にはその2人の感情を少女は見ていた。


「(お兄ちゃんは困ってる感じ……お姉ちゃんの方は怒ってるのとーー)……お姉ちゃん、なんか悲しそう」


「ーーッ?……!(魔王にくっついたり突然私が悲しそうだといったり、何なんだこの子は?……今はそんなことを考えている場合じゃないな、早くあの少女を助け出さねば)」


 ヴィクタは少女を助け出すための方法を思案する。高速で近づき少女に触れ引き剥がそうかと考えたが、裾を掴んでいる。もし仮に逸らす魔法が自身に触れているものにも影響するのであれば、ヴィクタが触れた瞬間その手は少女を掴むことはない。


「(ーーとすれば、まずはあの少女に離れてもらうしかないのか?)くそ!面倒な……何をいっているんだ私は?あの子は被害者じゃないか」


 ヴィクタは思考を巡らせる。今までの会話の中でヒントは隠れていないか?何か手がかりになることはーーその時、彼女はある言葉を思い出す。


『ーー他の騎士団はどうした?まさか置いてきたのか?』


 その言葉を投げかけられた瞬間は頭に血が上り思考の一部にすら浮かばなかった。


「(……自分以外は魔法の対象外?それとも……まさか認識していない場所からの接触はそれせないのか?)……試す価値はあるな」


 ヴィクタは剣を納め、初撃アミスを切りつけたときのように体勢を低くとった。


「何をしているんだ?」


「お兄ちゃん、あのお姉ちゃんこっちに来たいみたいだよ。けんかじゃなくてお話しよ?」


「ーーッ!……それでいいんなら、誰も死んでないんだよ……」


 悲痛に顔を歪ませるアミス。その悲しみを感じ取った少女は慌て少し涙目になりながらさらに強く裾を掴んだ。


「あの……お兄ちゃん、ごめんね」


「ぁ……ぅ……いいさ別に」


 ばつの悪そうな顔をしながらヴィクタへと視線を戻すアミス。


 ーーすると、先ほどまでそこにいたはずの彼女の姿は消えていた。


「ーーなっ!消え……いや、高速で動いているのか?(しかしなぜ?まさか弱点がバレたのか?)」


 アミスの索敵魔法が発動する。すると早速引っかかった。右手だ。ーーと、それを認識した途端、残り4箇所で同じく反応が起こる。しかもなぜかそれらは全て高速で点滅している。


 そしてそれら全てに視線を向ける。すると、その全てにヴィクタの姿があった。


「くっ!残像か!(やはりバレている!であればーー)焼尽デフラーー」


 その時ふと、自分のそばにいる少女に意識が向いた。このまま魔法を放てば巻き込んでしまう。復讐を誓った直後であれば絶対に生まれなかったであろうその一瞬の隙。


「当てなければ……いいだけだ!焼尽地獄デフラガラーレ!」


 アミスは黒き炎を反応した全てに放ち、無意識に少女に火の粉がかからぬよう、左手で庇っていた。


「お兄ちゃん……ありがとーー」


 ーー瞬間、アミスに近づく1つの反応を感じ取ったと同時に、少女は彼の傍から姿を消した。


「しまっーークソっ!……(オレは何を言っているんだ?なんだクソって……相手は人間の子供だぞ?)」


 アミスは息を切らしながら少女を抱え、抱き寄せている赤髪の騎士を視界に映す。


「はぁ……はぁ……はぁ……やはり、不意の攻撃には……対応出来ない、のだな」


「(不味いな、弱点がバレた。しかも奴はその弱点を付けるほどの速さを持っている。)ーーだが、今のお前ならゆうに倒せそうだ」


 アミスは炎、雷、風属性を混ぜ込み、槍のような形状に形成する。ヴィクタは息を切らし肩を震わせながらも剣を抜き、少女を自身の背後へと移動させる。そんなヴィクタの鎧を少女は不安そうな表情を浮かべらがら触れる。


「お姉ちゃん……」


「安心して、私が絶対に守るから。あなたに……!」


 ヴィクタはこの時とある光景を思い出していた。それは過去の記憶。当たり前の光景が白く燃え盛り、足元には真っ赤な色がそこたら中に散乱している。泣き叫び助けを求める声がだんだんと消失していく最中、ついに自分を守っていた2つの影も赤く染まり足元に転がった。


 その記憶が体力の限界が近い彼女に剣を握らせる。


「私が守る!魔王は……私が殺してーー」


 その時、ヴィクタは鎧越しに抱きしめられる。


「ぅ……えっと……」


「お姉ちゃん悲しそうだったから……」


「ッ……大丈夫……大丈夫だから……だから、離してくれない……?」


 少女は首を横に振り、そしてヴィクタを抱きしめたまま彼女の前にたった。そしてヴィクタとアミスを両方一瞥した後、こう呟いた。


「ーーお姉ちゃん、あとお兄ちゃん、けんかはもうだめだよ」


「喧嘩なんかじゃ……ねぇそこどいて……じゃないとあいつをーー」


「だってお姉ちゃんもお兄ちゃんも、けんかする人違うもん!こんなことやっても、意味ないもん!」


 その言葉に困惑の色を見せる2人。アミスはヴィクタに魔人族を皆殺しにされ、ヴィクタはヴィクタで魔人に強い恨みがある。そんな2人は相手が違うと言われ、動揺し困惑する。特にアミスは今の一言により強い怒りに苛まれ、我を失いかける。


「相手が……違うぅ……?じゃあ……オレの大切を奪ったそいつはーーなんなんだぁあ゛!!!!」


 先ほどまで少女を巻き込まんとしていたことなど忘れたように、怒りに任せ槍を投げ放つアミス。それを止めるため、少女を無理やりどかし1歩踏み出したヴィクタ。


「危ない!聖剣のスパーダーーぁ」


 剣を振るため踏み出した1歩。そのたった1歩すらまともに踏み出せないほど疲労が溜まっていたヴィクタは体勢を崩してしまう。


「(ーー終わるの?こんなところで?こんなことで?何も出来てない……復讐も、仲間たちの捜索も、あの子たちにもまだ何も出来てない。それに、小さな女の子1人守れずに……ぁぁ、私は……何のためにーー)」


「ーーヴィクタさん!」


 自分の無力さを嘆き、目を閉じかけたその瞬間、2つの影が彼女の前に現れた。1人は見ているだけで心が追いついてくるような、それほどに澄んで暖かい緑の光を放ち、もう1人はまるで飲み込まれそうなほどに黒いもやを両手に纏い前方にかざす。


 その黒い靄が放たれた槍を激しい衝撃音と共に飲み込んだ時、彼女は思わずその2人の名前を呟いた。


「ーー常盤……霞……!」


「よかった〜、間に合ったぁ!」


「大丈夫ですか、ヴィクタさん?ーーで、あいつが魔王、ですよね?」


「ーー子供…………?」


 こうして魔王アミスは勇者と初めて対面したのだ。

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