エピローグ
美女のエピローグは美女が語る
昨夏、バイト君がカナメを殴ったオーロラのライブの日のことだ。
ゴッドロックカフェを出るとヒナがはしご酒をすると言うので私は付き合った。飲んだ状態でこの時間に帰ると家の人がうるさいらしい。
既に深夜ではあるが正直ありがたい。私も足りていない。こんな日は心許せる友とお酒に限る。
今日は色々ありすぎて精神が参った。疲れているけど、帰ったら考え込みそうなのは容易に予想がつく。私はヒナと大衆居酒屋に入った。
「あぁ、店長さん、やっぱり素敵」
ドリンクを注文したところでヒナがうっとりした声を出す。ヒナにとって彼はいまだに店長さんらしい。先ほどまでいたゴッドロックカフェには前店長の大和さんがいた。ヒナは大和さんの熱狂的ファンだ。盲目と言えるほどに。
私は大和さんがいることを事前にバイト君から聞いて知っていたので、備糸市に戻って来てヒナと合流してすぐに伝えた。するとヒナは猛然とゴッドロックカフェに向かった。私はそれを慌てて追いかけた。
ヒナにとってゴッドロックカフェと言えば前店長の大和さん。しかし私にとってゴッドロックカフェと言えば泰雅さんだ。どちらも地元のバンド、クラウディソニックの元メンバーなので、それ故にお店がリンクする。
私は体格のいい男性に惹かれる傾向にある。泰雅さんが私好みの高身長で筋肉質だと知ったのは、実はまだここ2年くらい。ゴッドロックカフェで会った時だ。
とは言え私には大学生になってすぐくらいから交際相手がいたので、ヒナのように盲目にはならなかった。尤もヒナは色々と器用だから、盲目という表現が正しいのかも些か疑問だが。
私は半年前に男と別れるわけだが、だからと言って「泰雅さん!」にはならなかった。それからはゴッドロックカフェで泰雅さんと出くわすことがなかったから。泰雅さんは来店頻度がそう高くない。もしかすると私が入れ違いになっていたのかもしれないが。
それに泰雅さんはクールだから近寄りがたいのもある。内面まで言うと私は社交的な男性がいい。だから私にとって泰雅さんはあくまで目の保養である。
「そう言えば今日オーロラのライブだったんでしょ?」
するとヒナがグラスを持ち上げながら問い掛けるので、私は憂鬱な気分を思い出す。いや、ずっとどこかに私の憂鬱はあってこの場に集中していなかった。だからいつの間にかテーブルに並べられたドリンクと数点の小鉢にも気づいていなかった。耳だけはヒナの独り言のような大和さんラブを捉えていたのだが。
「うん……」
「どうしたの?」
唯一の救いは備糸市まで戻って来た時にヒナが近くにいたこと。それまでヒナはパトロンとデートをしていたらしい。連絡をした時、ちょうど頃合いだということで私の方に来てくれた。
「実は……」
私は今日あったことをヒナに話した。ヒナは相槌を打ちながら聞いてくれて、そんな中で時々質問も入れるので、私は経緯まで遡って話していた。だからこの夏バイト君とどのように行動を共にしたのかもすべて話した。
「ふーん、なるほどね」
ヒナは納得するとグラスを口に運んだ。俯き加減の私はそんなヒナの様子を上目に捉える。
やがてヒナはグラスを置くと言った。
「バイト君もまだまだ青いねぇ」
そうだと思う。バイト君の気持ちはわかる。それでもやっぱり短絡的だ。カナメになんて詫びたらいいのか、それに悩む。
「とにかくカナメにゴメンってライン入れるね。来週のライブも行って謝ってくる」
私はそれだけ言うとこの場でカナメに謝罪のメッセージを打ち始めた。こういうのは悩むより早い方がいい。充電があまりないのを気にしながらフリックしているとヒナが言った。
「まぁ、エカは負い目を感じるわね。けどオーロラとの付き合いはほどほどにしときなよ?」
「え?」
意外なヒナの言葉だったので一度顔を上げたが、充電を気にして目と手をスマートフォンに戻した。
「メッセとライブに行っての謝罪だけにしときな? オーロラにはあまりいい噂を聞かないから」
カナメへのメッセージが送信完了した途端、スマートフォンの電源が落ちた。なんとか間に合ったことにほっとする。それで私はヒナに顔を上げた。
「なんだっけ?」
「すいませーん」
ヒナはグラスを空けていて店員さんを呼んだ。店員さんは小走りで来たので、私はヒナがドリンクの追加注文をするのをぼうっと眺めていた。
店員さんが離れるとヒナは私を向いた。
「しかしエカはなんでそんなに世話焼きなのよ?」
「どういうこと?」
「どうしてエカがそこまでしてバイト君やオーロラの面倒を見なきゃいけないのか? って質問」
「うーん……。需要と供給のタイミングが合ったから」
「まぁ、確かにそうね。とは言え、それからバイト君とは仲良さそうじゃない」
「そうかな?」
惚けてみるがその自覚はある。夜遊びもしたし、最近は週1回ゴッドロックカフェに行ってお話をしている。それ自体は楽しいからいい。だからこそ今日の出来事はとても残念でショックだった。
「少なくともバイト君の方はエカに気があるよ?」
「そうかな?」
と言いつつも、ヒナの意見に悪い気がしていない私がいる。けれど一方で、だからこそこの日のトラブルに沈む気持ちがあり、バイト君とは気まずい。
「そりゃそうでしょ。エカの話を聞くだけでもそう思うし。それに恋愛偏差値が低いのはエカだって本人に指摘してて、そんな彼が年上のお姉さんに気にかけてもらってるってなったら浮つくよ」
「そっか……」
と薄い反応を示しながらも、実はバイト君が私に向ける視線の意味に気づいていた。ヒナに言われるまで確信はなかったから、勘違いかもしれないという疑念もあったのだが。
「もしかしてエカもバイト君に惚れた?」
「まさか!」
私は慌てて否定する。今頃になってお酒が効いてきたのか顔に熱を帯びるのを感じる。
確かにバイト君は体格が私好みだし社交的だ。外見だけで言うと強面だから近寄りがたく、それは彼のコンプレックスかもしれない。しかしそんな外見なのに色々な表情をするからそのギャップがたまらなく可愛い。
初めてそれを知ったのは朝の電車でばったり会った日。当初は凄く疲れていてイメージどおりの表情をしていたのに、多機能トイレに入って目のクマを隠したら表情が柔らかくなった。それからだろうか、私が興味深く彼を観察するようになったのは。
「しかしさっきは唯ちゃんもいて驚いたわ」
ヒナの声にはっとなる。そうだ、さっきゴッドロックカフェには唯ちゃんもいた。それには私も驚いた。凄く久しぶりだったから話してみたい気もしたが、入店したら既にヒナが牽制しようとしていたので、私は条件反射のようにヒナを遠ざけた。
しかしなんだろう、唯ちゃんのことを思い出したらモヤモヤっときた。それに追い打ちをかけるようにヒナは言う。
「エカ、バイト君と一緒にいる唯ちゃんのことをチラチラ気にしてたでしょ?」
「え……」
まさか、そんな。ヒナが目を細めるので私はすぐに視線を逸らした。大和さんに盲目だとばかり思っていたヒナが私のことを見ていたとは。それに驚く気持ちと並行して自分が信じられないと思った。
けど確かにバイト君と唯ちゃんのツーショットには複雑な感情を抱いていたかもしれない。今思い出すのもなんだか嫌な気持ちになるくらいだし。バイト君の初恋の相手、唯ちゃんか……。
「まぁ、私は年下に興味ないから傍観者ね」
ヒナは他人事のようにそんなことを言った。それは私も同意だ。私は男性に包容力も求めるからやっぱり年上の方がいい。
そんな夏の日ことをことを思い出す。譲二君にとってゴッドロックカフェ最後の営業となるこの日、私はカウンターの中に立つ彼を耽った思いで眺める。これから1年間離れるのは凄く寂しいけど、彼を応援する気持ちと誇らしい気持ちも多大にある。
私は色んな表情を見せてくれる彼が大好きだ。私の膝枕に甘えた瞬間は幼児のような表情をした。優しさと包容力を示した時の顔は安心を与えてくれる。喜びや驚きやショックを見せる時、私が惑わした時や寝顔は少年そのもの。
間違いなく素は強面で老けているのに、それすら最近はワイルドだと思えてきた。野獣の魔法が解けたのか、はたまた野獣に魔法がかかったのか。ヒナに言わせるとそれが私の盲目らしいが。
都心でゼミのみんなと飲んだ日の帰り、私は路線が連絡する駅のホームで、終電が発車するのを1時間ほど待った。譲二君の自宅からそれほど離れていないのを知っていたから。そしてその晩、私は譲二君をベッドに誘った。
そんなあざといことをしたのも今となっては笑える思い出だ。尤もわざと終電を見送ったのは今でも私しか知らない。
それから彼の広くて厚い胸板は私のお気に入りである。私しか知らない彼の領域で、それを知ることができるのは私の特権だ。
まさか私が年下の男の子を好きになるなんて。けど今となっては本当に好きになって良かったと思う。あの夏、精神的にも一気に逞しくなった譲二君が心から愛おしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます