花

 一機のカーゴ・ヴィークルが、ミイロたちの住む屋敷近くの森を抜けた先にある、少し開けた場所に着いた。森を含めた一帯が彼らの私有地となっていた。開けた場所には長方形に掘られた穴があり、ヴィークルはその前でリアを向け、機体下からアンダーキャリッジを地面に伸ばして止まった。機内からエイルが操作し、カーゴのリア・ゲートを左右に開けた。そこには棺が載っていた。棺を載せたリフトが機内から伸びて穴の上部を覆い、穴の脇に伸びたアンダーキャリッジがリフトを支え、底部が開き、棺を押さえていたアームがそのまま穴の中へと静かに下がっていった。穴の底に辿り着いたアームは棺を離し、逆の行程でリフトはヴィークルに収まる。エイルがヴィークルから降りると、自動でその場から離れ近くで停止した。

 ちょうどそこへ一機のヴィークルが到着した。ドアが開くとプライマスが降りてきた。彼は中にいる人の手を取り、その手に支えられながら老婦が降りてきた。彼女がプライマスの今の主人で、先の婦人の孫娘にあたる人だった。

「遅れてしまったかしら」

 彼女は花束を抱えていた。

「いえ、遅れるということさえ、意味をなさない人たちですから」

 普通の葬儀とは異なる――というより、儀式もしきたりも何もない。

 ミイロはプライマスから婦人の手を受け取る。

「そうだったわね。それではお花を入れさせて貰おうかしら」

「もちろんですとも」

 エイルは微笑む。

 婦人は花束の一つをプライマスに渡すと、もう一つの花束を穴の中にある棺へと捧げた。そして目を瞑り、手を合わせ祈った。

 穴の側には盛られた土の山があり、ミイロとエイル、それにバトラーとハウスキーパー、プライマスがショベルを持ち、土の山を掬っては、棺の収まる穴へとかけていた。

 婦人は手を合わせたまま、見守っていた。

 棺に土がかけられる音。

 棺の冷却機は外され、機械人間の修理師だった彼の肉は腐り、分解され、やがて骨だけとなる。傍らで眠る機械人間ロクサーヌの身体の樹脂部分は分解されるが、炭素部分や合金類はそのまま残るのであろう。

 穴は埋められ、二人の名前が記された墓碑が据えられた。

 草花が咲く場所に、一画だけ土が剝き出しになっている。

 その墓碑から少し離れた横には、もう一つの墓碑が建っていた。

 ここもしばらくすれば、隣にある墓碑のように草花で覆われる。

 祈りの後、婦人は墓碑に彫られた二人の名前を見る。

「そう、彼女は彼の側にいるのね」

「はい」

「変わっただとは思っていましたけど、よっぽど彼の側が居心地いいのね」

 そう婦人は微笑み、「変わっているのは、プライマスもそうね。お花がとても好きなんですもの」と、持ってきた花束も彼が育てた花だと自慢した。

「ロクサーヌも花を育てていました」

 博士の邸宅のエントランス前には、彼女が作った花壇があった。

「それはプライマスが先生ですもの、ね」

「奥様、『先生』はおやめください」

 プライマスが困った顔をする。

「あら、本当のことでしょ。わたくしや母も、あなたに教えて貰ったのよ」

「そうですが、私は先々代の奥様から、お教えいただいたのです」

「祖母は、あなたがお花畑を作りたい、と言っていたわ」

 婦人の家には、色々な花が咲き誇る庭があり、今では有名な観光スポットとなって、多くの人々が訪れていた。

「それは論点が異なります」

 プライマスの困った顔が、更に困った顔になる。

 婦人は困った顔のプライマスに吹き出す。

「さぁ、あちらにもお花を上げましょう。あなたの育てた綺麗なお花。皆が笑顔になるお花を」

 婦人は隣の墓碑に向かい、彼から花束を受け取り捧げた。

 プライマスは、花で人々に笑顔を齎していた。

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