3 やらなければならないこと
顔や姿形を帽子とコートで覆い隠した者が、国際空港のVIPラウンジで、嵌め殺しの二階分ある大きな一枚窓から、大型旅客機や小型機などの離発着を眺めていた。出発時刻には余裕があり、ウェイターに飲み物を頼み、それで時間を潰していた。
知り合いの依頼に手を貸すだけの滞在。何故その者が、異国まで来て揉め事に介入しているのかと思う一方、頼まれたからといってその面倒事に出向くのも、我ながら溜め息が出てしまう。ただ、自作したという機械人間を見られたのは一興だったが……。
帰り際、
『放って置かれるのですか、博士』
携帯情報端末機から聞こえる声。
「後はあいつの責任だ。わたしがしてやれることはない」
そう言うと、通信を切った。
博士はここに長居するつもりはなく、さっさと引き上げ、空港に着いた。しかし、自分の乗る便を考慮していたわけではないので、時間が空いてしまい、ラウンジで待つことにした。
ラウンジの壁にあるモニタのタイムテーブルを見ても、まだ余りある。流石に飲み物だけでは時間は潰せない。かといって、他にすることもない。故に、窓から大型旅客機や小型機などの離発着を見ているしかなかった。
ウェイターがおかわりを勧めてきたが、博士が断ると丁寧なお辞儀をして下がった。
この空港では、贅沢にウェイターを機械人間にやらせていた。博士は、単純労働作業こそ人間がやればいいものを。無駄に金があるのか、労働組合の力が強いのか、政府の威光か、サービスは従属と考えているのか‥‥まぁ全部だろう、と思う。
窓から見えるポートでは、中型機が垂直着陸しようとしていた。大型機では採用されていない、主流の短距離離陸垂直着陸機。地面スレスレのところで機体が不安定になり、前後左右に揺れながらやっと着陸していた。大型機の離着陸には長い滑走路を必要としていた。大型機が垂直離着陸するには、技術的にまだ不安定すぎた。翼(機体もだが)へかかる抵抗――地面効果が大きいからだった。
タイムテーブルのモニタを見遣る。見たからといって、自分の乗る便が早まるわけでもない。
「?」
観ていたモニタ画面が一瞬消え、透明になった。だが、モニタは直ぐ点き、今まで通りタイムテーブルを表示した。瞬きの間くらいの出来事。気にもとめないほどの明滅。博士は気になりそのままモニタを観ていると、表示されていた離発着間近の便以外が、『調整中(遅れ)』と表示された。単に『遅れ』と表示されたのなら、そうかと思うしかないのだが、わざわざ『調整中(遅れ)』と表示されたことに疑問を憶えた。
その疑問はしばらくして解消された。
VIPラウンジの入り口が騒がしくなった。明らかに予定外のことが起き、空港職員が慌てている感じだった。そうこうしていると、空港職員に伴われた意味ありげな黒い服装の人間が現れ、ラウンジ内を調べ始めた。黒服の人間たちは手に端末を持ち、目線を端末と利用者へと交互に移し、ラウンジにいる人間の確認をしている。利用者の情報を得て、照合している仕草だ。ラウンジはセキュリティが厳しいため、利用できない者が容易に入ることはできない。犯罪者も然り。他では危険物の有無も調べているのであろう。
そこまでするのは、この国の政府要人がここに来るとしか考えられなかった。タイムテーブルが『調整中(遅れ)』になったのは、急遽政府専用機が準備されているため。国によって違うのだろうが、このように影響を来すのであれば、対応能力のある軍用飛行場を使えばいいのだが、と思う。まぁそれも、この国の勝手なのだが……。
黒服――要人警備官は、民間人に迷惑にならない程度にやっているようだった。博士は被っていた帽子を脱ぎ、顔が分かるようにした。疑われるのも、話しかけられるのも面倒である。警備官の一人が博士と端末を見比べて確認し、また別の利用者へと向かった。
警備官が一通り調べ終わった頃合いに、彼らに守られた政府要人と付き添いの役人数名がVIPラウンジに現れた。ここまで騒がれずに来られたのは、VIP専用通路を通ってきたからであろう。先導しているのは空港職員らしく、ラウンジを横切り、奥にあるエレヴェーターへと向かっていた。
二階建て分の高さのある空間の上部に、一区画だけホテルのスイート並みの部屋が設けられ、エレヴェーターはそこに繫がっていた。ミサイルか旅客機に突っ込まれない限りは、安全な場所であるのは間違いない。エレヴェーター入り口に二人の警備官が立ち、空港職員はその前で一行がエレヴェーターに乗るのを見送った。残された警備官らは既にVIPラウンジからいなくなり、空港内の安全確保に出向いていた。
一騒動の末、博士は脱いでいた帽子を被り、どれくらい遅れるか分からない、自分の乗る便を待つことにした。
空港ターミナルの各ロビーでは、多くの人が出国や入国、見送りと出迎えなどで混雑していた。ターミナルの出入り口も人の出入りが激しく、空港前の道には送迎用のヴィークルが、入れ替わり立ち替わり往来していた。
歩道を歩く一人の男が、顔をフードで隠し、着ていたハーフコートの襟元をきつく閉じるように摑み、俯き加減で頻りに目を動かし、すれ違う人に気を遣い‥‥というより怯え、空港の入り口に辿り着いた。男は中に進むと辺りを見回し、空港職員の姿を見つけ歩み寄っていった。
一階ロビーで客に応対していた空港職員の女は、「よい旅になることをお祈りします」と笑顔で言い、客の子どもに手を振っていた。女はその客が人混みに紛れ見えなくなると、一仕事を終えた気分を切り替え、これからも続く客への応対に意気込み歩き出そうとした。
「済みません」
背後から声が聞こえ、「はい」と彼女は笑顔で振り返った。
彼女は目の前に立つ男を見た。どこか見窄らしく、辺りを異常に気にし、声をかけてきたわりには自分の顔を覗うように見、一定の距離を保とうとしていた。
空港職員の女は、訝しんでは客に失礼だろうと思い、「何でしょうか?」と一歩近づく。
「動かないでください」
男は怯えながら一歩退いた。
「!?」
彼女は驚き、訊き返そうとしたが、
「そのままで、そのままそこにいてください」
男は自分に近づく人々を怯えるように見、通り過ぎるとまた別の人を見ていた。
「は、はぁ‥‥それで何か?」
いっそう訝しがりながらも用件を訊く。
男は小さな声で恐る恐る訊ねた。
その言葉に空港職員の女は自分の耳を疑った。男の口から絞り出されたのは、今し方空港に到着した政府要人の名だった。聞き間違いではない。聞き間違いではないが、訊ねた。それでも男の口からは同じ名前。それと「何処にいるのか?」だった。
「私には分かりかねますがが、もしその方がこちらにお出でだとしたら、お答えはできません」
彼女はそう言った後、「その方にご用なのですか?」と訊ねた。
「届け物が、あるんです」
「お届け物?」
「はい」
「それは、何ですか?」
「コレデス」
男は摑んでいたハーフコートの襟元を左右に開いた。
VIPラウンジの入り口が騒がしくなった。明らかに予定外のことが起き、空港職員が――否、警備官も慌てている感じだった。その内の一人が無線通信で何かを話している。予定外というより不測の事態が起きたようだ。
博士は携帯情報端末機で調べた。最初の飛び込んできたのは‥‥
『変態かと思えば爆弾魔』
「……」
‥‥テーブルにあるモニタを起こし電源を点けた。幾つかあるネット局を適当に選局した。すると、ある局が臨時ニューズ番組を打ち、『空港に爆弾を持った機械人間が現れ、爆弾テロを行おうとしています』、と同じ文言を繰り返し捲し立てるように喋っていた。
「ここだな」
博士の携帯情報端末機が鳴動し、通信を報せる。
「何だ?」
『大変な事態に巻き込まれたようですね』
通信してきたのはいつもの相手だった。
『世界的ニューズになってますよ』
「そうか」
『近くにいる一般の方たちが、通信ネットワークで情報を拡散しています』
「そのようだな」
点けていたモニタから、更新された情報が伝えられた。機械人間を中心に、離れた場所で人集りができ、そこから撮られた映像が流れていた。撮影していたカメラが機械人間に寄ると、ハーフコートの前を広げた機械人間の腹部に、これ見よがしに爆弾が巻かれ、さも意味ありげにライトが点滅している。その機械人間の前には、空港職員の女が腰を抜かして床に尻餅をつき、機械人間は彼女に何かを言っていたが、音声は人集りの声でよく聞こえなかった。
『博士は現状安全のようですが、ご用の際には連絡してください』
「ああ、分かった」
面倒事を片付けて帰ろうとしたところ、面倒事に巻き込まれるとは、と博士はつくづく運がないと思う。よりにもよって、機械人間が関係してくるとは……。
騒ぎに気づいた他の客も、博士の観た番組を観たようで、不安に声を上げ始め、それが他の客へと伝播していった。
それに気づいた人間の空港職員が、VIPラウンジにいる客に向けて、
「大丈夫です、皆様ご安心ください。順次避難を誘導しております……」
などと、落ち着かせるべくアナウンスをしていた。
未だ爆発した様子はない。爆弾テロなら、それがバレた時点で爆発してなければ、テロとして失敗だろ。そもそも機械人間自らできるはずもない。自らハーフコートを広げている。何かある、と博士はVIPラウンジにある一室を見上げた。タイミングからして偶然ではない。政府要人を狙った犯行。それでも疑問は残る。
すると、VIPラウンジの奥で女の悲鳴が上がり、一緒にいた男が傍らに立つ機械人間のウェイターに怒号を浴びせていた。
ニューズを観ていた二人に、機械人間のウェイターが声をかけると、女の方はモニタに映る機械人間とウェイターの機械人間を同一視してしまい、恐怖に戦き、男の方は連れが何かされたと思い怒鳴っていただけだった。勝手な勘違い。そもそも彼らに頼まれたものを持ってきただけである。その騒ぎに人間の空港職員が対応し、事なきを得たのだが、機械人間のウェイターは困惑していた。
人間の空港職員の後になり、下がるウェイターを博士は呼んだ。
「如何なさいましたか?」
と、機械人間のウェイターが博士に訊ねるも、テーブルのモニタに映る映像が気になるようであった。映像は先程の映像に、他の者が別角度で撮った映像が付け足されていた。
「気になるか?」
モニタを盗み見ていたウェイターは、博士に訊かれ、
「いいえ。申し訳ございません」
と、謝罪した。
「謝ることはない」
先程ウェイターが困惑していたのは、客の言いがかりで怒鳴られたからではなかった。おそらくこの機械人間の後天的記憶ソフトウェアには、客の不遜な言動に対応するプログラムが組み込まれているはず。
「少し時間、良いか?」
「はい」
「奴をどう思う?」
モニタに映る機械人間。
「断片しか報道されておりませんので、正確には申し上げることはできかねます。ですが、何故あのモノは人間に危害を加えるであろう物を所持しているのか、それが分かりません」
機械人間が爆弾を所持し、人間に危害を加える、というニューズを観てしまった。
「それでも、このニューズで言われている、機械人間が爆弾テロを行うことなど考えられないのです」
だから機械人間のウェイターは困惑していた。
「そうだな」
博士は時間を取らせたことを詫び、用があるときはまた頼むとウェイターを下がらせた。
ニューズでは、空港にいた一部の利用客を退避させ、駐在している特殊部隊が、機械人間による爆弾テロ制圧に出たと報じた。
ラウンジ内で警備官が騒がしく動きだし、スイートへのエレヴェーター前に警備官が集まっていた。政府要人らを空港から避難させようというのであろう。窓の外を見ると、準備の整った政府専用機が、滑走路へと動いているのが見えた。
そうだという確証はないが、政府要人を狙ったテロなら、速やかに空港内から政府要人を脱出させるのが得策である。但し、政府要人の行動が犯人にバレていない場合のみ。
エレヴェーターが降り、スイートにいた政府要人らが中から出てきた。それと同時に、一人の警備官に無線通信で情報が入り、ラウンジから出ようとする一行を止まらせていた。警備官は政府要人にそれを報告すると、「困りましたわねぇ。それでは誰も身動きできませんね」、と慌てた様子もなく、冷静に困惑していた。
モニタには同じ場面の映像が繰り返し映されている中、続報で空港にいた一般人からの情報として、機械人間が政府要人に届け物があるから、居場所を教えてくれ、と言っていたとニューズが報じたのだ。
その声が聞こえた博士は立ち上がり、一行へと向かった。
博士の行動に気づいた警備官数名が、直ぐさま博士の前に立ち塞がり、「済みませんが、これ以上は」、と行く手を遮ってきた。
安全確認はされているとはいえ、急に危険人物へと変貌することもあり得る。立ち塞がる警備官の後ろでは、銃に手をかけ、更に後ろでは政府要人の盾となるよう身を挺した。
「ここでいい。警備の責任者は誰だ?」
「わたしだが……」
博士の問いかけに返事をしたのは、政府要人の盾となっていた者だった。
「いいか、よく聞け。このラウンジにいる全員に、端末からの通信ネットワークを止めるよう、脅してでも協力して貰え。既に誰かに伝えていないかも訊くんだ」
警備官らは、一般人からの命令に顔を見合わせていたが、警備官の隊長は博士の言葉を理解し、部下たちに命令を下した。そして、自分の席へと戻る博士の後ろ姿を一瞥した。
警備官らはラウンジ内にいる客全員に、聞き取りと要請を説いて回り、空港職員に一切の情報漏洩を禁止させた。
政府要人は警備隊長に説明を求めた。
「閣下が空港にいることを犯人は知っていますが、何処にいるかまでは分かっていません。ですからあの犯人は、閣下の居場所を訊いていたのです。仮に誰かが悪気なく閣下の居場所の情報を発信していたら、情報は拡散され、犯人の知るところとなります。居場所が知られてしまえば、犯人を止める手立てはなくなりますが、知られていなければ、逆に犯人は身動きできなくなります」
政府要人は聞いて納得した。
ラウンジ内に散らばった警備官が、徐々に警備隊長へと報告しに戻ってきた。
「利用客全員から、了承していただきました。情報も発信しておりませんでした」
隊長は政府要人に報告した。
一先ずは安心だが、問題はこれからであった。
「そうでしたか。ですが、こちらの方が分が悪いですね」
「対策は政府と軍が講じておられるでしょう。しばしご辛抱をいただかねばなりませんが」
「それは構いません」
政府要人はそう言うと、隊長に何やら言い付けた。その言葉に多少驚きもしたが、言われてみればその通りであり、自分も気にかかることがあった。隊長は踵を返し、博士のいる方へと歩きだした。
窓に向かい、モニタを観ていた博士は、「失礼」と隊長に声をかけられた。
博士はその姿を見上げた。
「先程は礼も言わず失礼した。ご協力に感謝します」
「いや」
「それと、閣下自らお礼を申したい仰っております。誠に申し訳ないが、あちらの席までお越しいただきたい」
警備隊長が手で指した方向を博士が見ると、政府要人がソファに座り、隣のブロックのソファに役人たちが座り、その周りを警備官が警護していた。
「何故、彼女は上の部屋に行かぬのだ?」
危機管理上、隔絶された部屋の方が警護しやすい。
「どちらにいようが同じだと……」
「度胸があるのか、楽観的なのか、無知なのか」
博士は苦笑し、
「断る理由は幾らでもあるが、面白そうだな」
と、不服そうな顔を滲ませた警備隊長の後に附いていくことにした。
政府要人らの座るソファへ行くと、彼女らは立ち上がって博士を出迎えた。警備隊長が両者を紹介し、二人は握手を交わす。政府要人から謝辞が送られると、向かい合ったソファへ座るよう勧められ、博士はそれに従った。
「そうですわ、何かお飲み物をいただきましょう」
警備隊長が直ぐさま反応し、空港職員を呼んだ。
来たのは人間のウェイトレスだった。
二人は飲み物を注文し、何故か警備隊長も頼むこととなり、序でに政府要人の横に座る羽目となっていた。
二人は取り留めもない日常会話をする。
ウェイトレスが飲み物を持ってきたことで、一時的に会話は中断され、皆はそれぞれ口をつけた。それを見計らって、警備隊長が政府要人に許しを請い、博士に質問した。
「何故あのようなことを気づかれたのですか?」
「フッ、ずいぶん漠然とした訊き方だな」
博士を犯人の関係者とは思わないが、直接的な言葉をワザと避け、自分からは言わずに相手に言わせることで、相手がどれほどの情報を知っているかを推し量ろうとした。それを博士に見破られたのだった。
「……」
「まぁいい。政府専用機だ」
「専用機?」
滑走路上で待機したままの政府専用機。
「政府専用機で脱出する情報を、人々が通信ネットワークで発信したら、その情報を犯人が得るのは容易だ。彼女が『身動きできない』と言ったのは、一つに、脱出したら爆弾が爆発する、とでも言われたのであろう」
「機械人間が通信ネットワークで情報を得ているというのか?」
「機械人間に無線通信機能を付加させるのは国際法違反だ。とはいえ、罪を犯す者に国際法を説いても無意味だがな。機械人間か、爆弾のどこかに仕込まれている可能性は否めない。でなければ、そう言えとでも言われたのであろう」
一般人が機械人間を作りあげてしまうくらいである。現実に爆弾でさえ用意されている。誰かが何処かに内蔵させるのも容易。
「言われた? 誰に‥‥あの機械人間が犯人ではないのですか?」
政府要人も思わず訊ねてきた。
国のトップである者でさえ、機械人間に対する理解力はこの程度なのだ。
「奴は犯人ではない。そもそも人を殺傷することはできない」
「では、犯人は他にいると?」
「機械人間が貴女を殺して何の得がある? 酔狂とでも? そんなことで悦ぶのは、人しかおるまい」
「機械人間にお詳しいのですか?」
「ここにいる者よりは」
と、博士は答えた。
考え込んでいた警備官隊長は、
「では、機械人間、若しくは爆弾に無線通信機が仕込まれている可能性があるのなら、犯人は無線通信ネットワークを利用して、機械人間を誘導している。そこから犯人を辿ることができるかもしれない」
犯人に繫がる糸口を見つけたと思った。
「どうだろうな、電波が感知されたらそうかもしれないが、ジャミングされた時点でその機能は失せてしまう。やるとしたら、もっと単純な方法だろう」
しかし、博士に糸口を否定され、剰え『単純な方法』と言われた警備官隊長は、単純に考えた。
「真犯人もこの空港内にいるということか?」
「それもないだろう。犯人自ら自爆テロするならまだしも、機械人間にやらせているくらいだからな」
言われてみればそうだ。自分は捕まりたくない、死ぬのも嫌だとなれば……。
「確かに。機械人間が、自分も空港から出ることになれば爆発する、と言っていたようだったからな」
「……」
「……あっ」
警備官隊長は、シマッタという顔で口を押さえた。あれだけ一般人への情報漏洩を気にしていた本人が、自ら喋ってしまったのである。
周りにいた警備官らも、思わず口を開けて隊長を見ていた。
警備隊長は俯き、握った拳で額を叩き、愚かな自分を悔やんだ。
横で政府要人は、「あらあら」と笑っていた。
だが、
「機械人間は他に何と言っていた?」
博士の言葉に場が張り詰めた。
先程のは口を滑らせた事故ではあるが、だからといってそれ以上の情報を、異国の一般人に教えるわけにはいかない。
「協力に感謝はするが――」
「では、我々に死ね、と?」
「そんなことを言ってはいない!」
警備隊長は声を荒らげた。
「我が同朋が、命をかけて対処しているのだ!」
その声はラウンジ内に響き渡り、利用客の注目を浴びた。
いつ爆発するかも分からない現場で、被害が起きぬよう、甚大にならぬよう、特殊部隊が身を挺している。
それでも博士は淡々と訊ねた。
「仲間が命をかけて対処している? 自分の命も守れぬ者が、他人の命をどうやって守るのだ? それに『一部の利用客を退避させた』という情報はあるが、何故、ここにいる客は退避できていない? おそらく他のフロアにいる客も退避できていない。報道管制を敷いているのであろうが、退避したという情報はない。何故だ?」
「……」
「答えられないなら、答えてやろう。人が空港から退避したら爆発する、と言われたのであろう?」
「――」
犯人は、政府要人と空港に取り残された人、それに特殊部隊までも人質にした。
博士は政府要人を見た。
「貴女の『誰も身動きできない』という言葉に、自分のことだけではなく、空港に取り残された人、特殊部隊まで含まれていると思った」
人に危害を加えない機械人間を停止させるのは、ある意味容易なことなのだが、依然として何の進展もなく、特殊部隊が睨み合いのまま手を拱いているのかは、爆弾が爆発する条件を機械人間が列挙したから、と博士は考えた。
すると、
「わたし一人の命で済むのなら、それも致し方ないと思うのですが、残念ながらそうはなりません。こちらが一歩引いてしまうと、相手は進んでくるものです。より過剰に、より過激になっていきます。そもそもわたしには、やらなくてはならないことがありますので、今死ぬわけには参りません。それは皆さんも同じでしょう。それに、やっぱり自分の命が惜しいのもありますけど」
政府要人は笑い、隣にいる警備隊長の膝に置かれた握り拳に手を添えた。
「……」
怒りをへし折られた遣り場のない悔しさが、彼の固く握られた拳の中で蟠り、それを彼女の手が解きほぐしていた。
警備隊長は息を整える。
「あなたは国際指名手配犯でもなければ、犯罪歴もない。我々が知るのは、異国から来られた旅行者ということだけ。あなたが何者で――」
「回りくどい。他言無用と言えばいいだけではないか」
要はそうなのだ。そうなのだが、自分から譲歩した体でいくつもりが、主導権を握っていたのは相手の方という。流石にコレばかりは、周りにいた者たちも吹き出し、笑いを堪えるに必死であった。
「悪いがそなたを貶めるつもりはない。早くしなければ無に帰してしまうと思ったのでな」
皆は博士の言葉に現実を取り戻し、緊迫した状況を再確認した。
「状況が状況ですので、上に参りましょう。詳細はそこで」
博士を連れ、政府要人らはラウンジのスイートへと向かった。
警備隊長はラウンジで警備している警備官らに指示などをし、少し遅れてエレヴェーターへ乗った。
エレヴェーターで上がった先は、上部空間ではあるが、ラウンジの四分の一ほどの広さで、豪奢な内装が施されていた。窓はなく、その代わり巨大なモニタが外の景色を映し、ベッド・ルームが二部屋、シャワー、トイレも完備していた。
博士は部屋を見回す。
「こちらへ」
そう誘われたのは、中央に設置されたテーブルを囲んだソファだった。
奥の一人掛けのソファに政府要人が座り、その左斜め後ろには警備官が一人たち、その直ぐ側のソファに博士が座り、向かい合ったソファには警備隊長、それぞれの空いた処に役人が同席した。エレヴェーター入り口に、二人の警備官も立っている。
警備隊長は政府要人の顔を見て無言で確認すると、彼女は静かに首肯した。そして、博士に説明した。
機械人間が言っていた条件は、
〝稼働停止になった時点で爆発〟
〝爆弾解除しようとしたら爆発〟
〝政府要人が空港から出ると爆発〟
〝現時点で人が空港から出ると爆発〟
〝自分も空港から出ることになれば爆発〟
ということだった。
博士は、機械人間の言った正確な言葉なのか、と警備隊長に質した。
だが警備隊長は、それに違いがあるのだろうか、と疑問に思い皆の顔を覗うと、皆も互いに顔を見て無言で逓伝するだけであった。博士の問いに疑義は残るが、搔い摘んだ伝言による不確実性も否めない。博士に要約だと思うと答えた。
「再度、訊く必要があるな」
そう言われても納得はできない。簡単に訊くと言われて、同じ内容を訊くことの無駄と、訊きに行く誰かを危険に曝すことになる。
「それを訊いて、爆弾が爆発するようなことにはならないのでしょうか?」
政府要人は爆発の危険性、被害が及んでしまうことへ憂慮した。
「しないだろうな。機械人間が今いる地点で爆発しても、建物の一部と特殊部隊に被害が及ぶだけで、目的である貴女を殺傷することはできない。現時点の最大の懸念は、犯人による遠隔操作での起爆だが、おそらくそれもないであろう」
「最初のはともかく、遠隔操作での起爆がないという理由は、どうしてです?」
「彼が黙っているので推察でしか言えないが、あの機械人間や爆弾からは、無線通信の電波が出ていなかった。そうだろ?」
博士は警備隊長を一瞥した。
機械人間に再度訊くことを、いち早く拒否するはずの彼は、政府要人が博士に疑問を投げかけている間、耳にかけていたイヤフォンに指を添えていた。
「……黙っていたわけではない‥‥今情報が来たのだ」
それを聞いて博士は説明を続けた。
「犯人はジャミングで阻止されるのを恐れ、またそこから追跡・特定されぬよう、あらかじめ機械人間に行動目的と爆弾が爆発する条件を情報として教えたと思われる。だから正確な爆発条件が何なのかを訊く必要がある」
博士の考えは無駄だと思うが、それで何らかの対処できる情報が得られるのなら、やらないよりはマシと彼は思った。だから博士の考えに拒否しなかったのだが、万が一のことも考慮しなくてはならない。
「しかしそれをやるにしても、先の条件だけなのか、爆弾が爆発しないという確証もない」
機械人間に与えられた情報以外にも、爆発する条件が爆弾に組み込まれている可能性は否めなかった。そうなると、やはり確認が必要、という矛盾が生じる。
「特殊部隊から二人、ここに来て貰うことは可能か?」
「可能だが?」
「そうか。それならわたしが機械人間と交渉しよう」
「あなたが行かれるのですか? それは容認できません」
流石に政府要人はそれを拒否した。異国の一般人に危険な場所へ行かせるわけにはいかなかった。
しかし博士は、彼女の制止を無視して話を進めた。
「機械人間との交渉の映像をここで見られるようには?」
「容易だが、あなたを――」
「そう焦るな。特殊部隊の者がここに来てからの話だ」
その前に何か飲み物でも注文し、落ち着こうと博士は含み笑いをした。
博士の他人事のような態度に、皆は呆れていた。
空港ターミナルのエントランスで、身体の胴部に爆弾を巻かれた機械人間は、政府要人に荷物を届けたいと訴えている。防護服を着た特殊部隊たちが、機械人間の行く手を阻むように防御シールドを並べ、その後ろから銃や粘着性ゲルネットランチャーなどで狙っていた。近づけばどちらも爆弾を爆発させてしまう虞がある。どちらも身動きができないジレンマ状態。機械人間と特殊部隊の睨み合いは続いていた。
特殊部隊の後方から同じ防護服を着た者が現れ、部隊長と言葉を交わすと、機械人間の行く手を阻んでいた防御シールドの前に進み出る。そして両手を挙げ、機械人間へと向かって歩いた。それと同時に、特殊部隊の隊員たちは、そこから更に後方へと撤退していた。
その映像は、ターミナル内に設置されていた防犯カメラでも確認されていた。
VIPラウンジのスイートでは、防護服を着た者が付けている主観カメラとマイクから情報を得ていた。
防護服の者が、ゆっくりと機械人間に近づく。
「近づかないでください」
機械人間は足を一歩後退させる。フードの中の顔が怯えていた。
「何もしない。訊きたいだけだ」
防護ヘルメットからくぐもった声。
その声に機械人間は足を止めた。
「何をですか?」
防護服の者は腕を下ろす。
「お前は何処に帰属している?」
一般用には売られていない機械人間は、国家政府や公共機関にのみ許されていた。その何処かに帰属している機械人間であるなら、窃取されたのは間違いない。だが、どうやらその情報はなかった。実例で自作の機械人間もあるが、それは例外中の例外。この機械人間は大手機械人間メーカーのものであることは間違いないようだった。
「分かりません。記憶も記録もありません」
先天的記憶はそのデータを見ることも、消去、改変もできない。但し、おろしたての人工脳へのデータ移行はできる。後天的記憶システム・ソフトウェアは、不具合や悪意あるクライムウェアが組み込まれることもあるので、消去や書き換えできるようになっていた。
「では、ここまでどうやってきた?」
機械人間が答えたのは、空港まで五〇キロ以上離れた場所だった。
「稼働した時点では、道路の端でした。そこから歩いてきました」
「何故空港に来たのだ?」
「記憶されていました」
「どんな記憶だ?」
「〈お前が空港に行かなければ、多くの人が死ぬことになる〉でした」
機械人間は直接ではなくとも、間接的に人を殺傷することとなり、空港に向かわなければならなくなった。
「他には?」
「〈空港に向かい、記憶にある女と会って、胴部の物を届ける〉。〈胴部の届け物は、次の約束が破られたとき爆弾となる〉。〈お前が稼働停止になった時点で爆発する〉。〈その爆弾を解除しようとしたら爆発する〉。〈その女が空港から出てしまうと爆発する〉。〈制圧部隊が来た時点で、他の人が空港から出ると爆発する〉。〈お前が空港から出ることになれば爆発する〉です」
人を殺傷することができない上に、その関与も拒否するはずの機械人間が、何故爆弾を政府要人へ届けようとしているのかは、政府要人へ届けることで爆弾は単なる届け物となり、それらの約束事が破棄されたときのみ、爆弾としてその効力を成す、と犯人が暗示(記憶)させたのであろう。機械人間は爆弾の知識がないため、それを信じるしかなかった。だから〈届け物〉を政府要人に届けようとしていた。だが、おそらく爆弾は爆発する。
「お前のエネルギー残量は、後どれくらいだ?」
「保って三〇分くらいでしょうか」
歩行で八時間以上かかる距離。機械人間が空港に着て一時間。犯人が機械人間の消費エネルギーを計算したタイマーのない時限装置。要人暗殺としては非効率だが、機械人間が人を殺傷しないシステムを逆手に取ったインパクトのある事件に間違いない。
「?」
機械人間を捉えていた主観カメラに、違和感のある物が映り込んでいた。それは機械人間に巻かれた爆弾の上、胸部に文字が書かれていたのだ。
「そのハーフコートを広げてくれないか?」
機械人間は言われるがまま、ハーフコートを広げて見せた。
『Bulbs cultivation law』
そこには犯人からのメッセージであろう文字が書かれていた。
「閉じていい」
防護服を着た者は、
「では、今からお前を彼女の処へと案内する。附いてこい」
と踵を返し、歩き始めた。
VIPラウンジとスイートを繫ぐエレヴェーターが降り、中から政府要人と役人、それに警備官らが出てきた。爆弾を抱えた機械人間を待ち受けるため、彼女たちはスイートから降りてきたのだ。
そして機械人間は、防護服を着た者に先導され、VIPラウンジへと繫がるVIP専用通路を歩き、エレヴェーターに乗った。上昇するエレヴェーター。政府要人のいるVIPラウンジはターミナルの四階にある。そこに辿り着くのは直ぐである。ただ、VIP専用通路で少し時間を取られ、機械人間が稼働停止するまで残り一〇分もない。
エレヴェーターのドアが開き、防護服を着た者に歩けと命令されるも、機械人間は躊躇するように足が進まない。
VIPラウンジのエントランスにある防犯カメラがそれを捉えていた。
ラウンジ内には防犯カメラは設置されていないが、唯一あるエントラスの防犯カメラの画角が、ラウンジの一部を捉えられており、その画角ギリギリに収まるように、政府要人が警備官に護られながら待機していた。
ゆっくりだが機械人間は俯きながら歩き、VIPラウンジのエントランスを通り、目の前にいる政府要人へと近づく。
待ち構えていた警備官と役人らは固唾を飲み、政府要人は成り行きに身を任せていた。
機械人間は政府要人である彼女の前に立ち、顔を上げた。
そして、犯人は歓喜に喚いた。
機械人間が彼女の顔を認識した時点で、爆弾が爆発する予定だった。
そして、犯人は驚いた。
『犯人を確保しました』
警備隊長のイヤフォンに聞こえてきた。
スイートからエレヴェーターが降りてきた。ドアが開くと、中から博士が降りてきた。
「捕まったようだな」
「ええ、あなたが突き止めてくれた住所に犯人が潜伏していた。まさか空港のセキュリティをクラッキングして、防犯カメラで観ていたとは……。それと、やはり偽装されたアナウンスの音声データもあったようだ」
犯人が機械人間に記憶させた爆弾が爆発する条件の内、稼働停止や爆弾解除、それに自ら空港から出ることは、機械人間の認識の範疇である。それなのに空港から政府要人と一般人が脱出するといった情報は、機械人間だけでは認識できない条件も含まれていた。つまり第三者の目があるということだった。その一つが、通信ネットワークによる情報の取得。
しかし、機械人間から無線通信の電波が発せられていなかったことにより、それらの情報を機械人間に報せるのは無理であった。更にいえば、一般人の通信ネットワークによる情報も真偽や曖昧であることが多々ある。報道は管制が布かれている。
確実な第三者の目。空港ターミナルを網羅している情報が必要であった。それが防犯カメラだった。空港の通信ネットワーク・システムのセキュリティをクラッキングし、防犯カメラで監視。偽装されたアナウンスの音声データを流し、機械人間がそれを聴き、爆発する条件を満たしたと認識したとき、起爆スイッチの情報が伝わり爆発する仕掛けだった。
博士は携帯情報端末機でいつものように調べさせ、犯人の居所を突き止め、彼らに教えたのであった。
「それと爆弾も解除できた」
「そうか」
「この度のことは、何と言ってお礼を申し上げるべきか」
政府要人は博士に礼を述べていた。
「礼を言うならわたしにではなく、此奴らに言ってくれぬか」
博士は、フードを被りハーフコートを着た者を見遣った。
「もう脱いでいいぞ」
博士にそう言われ、政府要人の側に立っていた機械人間は、被っていたフードを脱いだ。
そこに立っていたのは、VIPラウンジにいた機械人間のウェイターだった。
「ご苦労だったな」
「いえ、お役に立てて光栄です」
「そっちもな」
「皆様のお命が無事で何よりです」
そう答えたのは、ちょうどエレヴェーターで上がってきた、同じ顔をした機械人間のウェイターだった。
博士はこのラウンジで働いていた機械人間の中から、二体の機械人間をスイートに呼び、それぞれ命令を与えた。
二体には、スイートに呼んでいた特殊部隊員と入れ替わり、一体は爆弾を抱えた機械人間の側に行き、カメラの映像を送り、博士の音声を届ける役を。もう一体には、防犯カメラのないVIP専用通路に連れてこられた爆弾を抱えた機械人間と服装を入れ替え、その機械人間のフリをして、VIPラウンジに来ること。
問題は、防犯カメラのないVIP専用通路を通るときに、犯人が爆弾を爆発させないか。それと爆弾を抱えた機械人間のエネルギー残量と、爆弾解除による爆発だった。
VIP専用通路には特殊部隊が待ち構えており、博士の音声を届ける役の防護服を着ていた機械人間は、爆弾を抱えた機械人間の爆弾から伸びたケーブルにバイパスを繫ぎ、エネルギーと思考を確保するため、自分のポートにコネクタを差し込み、爆弾を抱えた機械人間から爆弾を譲渡して貰った。爆弾は解除されたのではなく、譲渡されたのである。人間にではなく、機械人間へと。
エネルギーは確保され、爆弾が解除されたら爆発という認識しない機械人間には、もはや爆弾が解除されても情報の伝達はないため、処理は容易であった。犯人はカメラのない処でそんなことが起きているとは分からなかった。もっと言えば、犯人は過信していたのだ。否、機械人間の心理を分からなかったのである。
彼らの後ろで爆弾のなくなった機械人間が毛布にくるまり、特殊部隊の隊長に連れてこられていた。それも博士の指示だった。
連れてこられた機械人間は、政府要人の顔を見た。すると機械人間は、「記憶の人に会えた。唯一私の知る記憶の人に……」、と喜んでいた。
政府要人と役人、警備官たちは、政府専用機で雲の上を飛行していた。
表情には出さなかったが、緊張して疲れていた彼女は、シートに身を預け、言われたことを思い出していた。
「単独犯のように見せているが、貴女たち政府の中に首謀者がいることは間違いない。今日の日程は急遽作られたようだが、貴女と遭遇すべく機械人間が八時間も歩いて空港に来るようになっていたことは、明らかに計画的犯行だ。御自分でもお分かりであろう」
確かにその者の言う通りだった。しかしたったアレだけの情報で、そこまで言い当てるとは、相当頭のキレる者なのであろう。何か礼をしたいと言うと、その者は少し逡巡し、
「おそらく、このバカが迷惑かけると思う。済まないが、コイツの面倒を総て保証してくれないか。それで貸し借りなしの他言無用は約束しよう」
と、携帯情報端末機を取り出し、ある人物の画像を見せてきた。こちらの意図を推し量り、取引に応じてきた。心配はするなということ。
だが、その者が言った通りの懸念は残されたままである。犯人が捕まった際、『多くの人が死ぬことになるんだぞ』、と言い放っていたと聞かされた。それでもわたしには、やらなければならないことがある。それと、行き場のなくなったあの機械人間を、自分の護衛に就かせることに決めた。機械人間に対する悪感情の払拭にもなる。それに、
「確かにそれはちょっと嫌味になるかしら」
と、政府要人は笑った。
博士は滑走路が望める席で、自分の乗る便を待っていた。
記憶を消され、目覚めたとき唯一記憶にあった政府要人の顔に頼るほかなく、犯人に刷り込まれた記憶に動かされた機械人間。人を殺傷できないシステムを逆手に取り、完全犯罪を狙った犯行だったが、逆に頼りすぎた結果、精細さに欠けた。政府要人を暗殺するのに、機械人間を使わずとも、ターミナル若しくは政府専用機にでも、直接旅客機をぶつけてしまえば簡単だった。防犯カメラで政府要人の行動を把握できていたのだから。だが、おそらく犯行の理由の一部に、機械人間を快く思っていない連中の意図があった。その道具として機械人間を使ったのであろう。だから政府要人には、あの機械人間を雇えば、ヤツらの思惑を踏みにじってやることになる、と進言した。
後で分かったことだが、犯人を取り押さえた部屋は、犯人が成りすまして住んでいた部屋で、本当の住人は行方不明らしい。また、あの機械人間には製造番号が無く、メーカー側でも何処に卸した機械人間なのか分からないということだった。
機械人間の胸部に記されていた『Bulbs cultivation law(球根栽培法)』。
因子となる球根を栽培し、蜂起の時を待つ。それが我らに課せられた法という掟。
博士はようやく自分の乗る便が着たのを確認すると席を立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます