第24話 犯人の記憶がない

「先輩の記憶が戻っているのならご存知だとは思いますが、あの日あの時あの場所にわたしも居合わせました」


 ……大昔の大人気恋愛ドラマの主題歌みたいな言い回しをされると、緊迫感が薄れるからやめて欲しい。

 いったいどこで覚えてきたんだよ。わざとか?わざとなのか?


「僕も階段から落ちながら振り向いた際に、あかりが階段の上で浩一と言い争ってるような瞬間が見えた気がする」


「はぅ!?」


 はぅ?何語かも分からない奇妙な言葉を発する小悪魔を見ると、やけに顔が赤くなっている。


「なんだよ、全然話が進まないだろ。いったいどうしたんだよ?」


「先輩のそーゆーとこですよ!もう!バカ!」


 覚悟を決めてすべてを明らかにしようとしてる場面なのに、まったく締まりがない。

 なぜ罵られるのか……焦らしプレーってやつか?そうなのか?


「コホン。取り乱し脱線して申し訳ありません。すると先輩はわたしの事を目撃していたんですね。びっくらぽんです」


 ちょっと待て。いくら小悪魔だからといってさすがにここまでボケを連発するのはおかしい。


「何を聞いても、僕の態度は変わらないから安心して話してくれ」


「わ、わかりました。やっぱり怖くてつい……」


 大きく深呼吸をした小悪魔が口を開いて真相を語り始めた。


「実はあの日わたしは吉田先輩に、お昼休みに外階段へ来るように言われてました。それこそ面識はあっても、話した事もないのに」


「僕と千花も同じように4階の外階段へまんまとおびき出されたんだよ」


「え、4階ですか?わたしは3言われましたけど。メモリー先輩との仲を取り持ってやるからって胡散臭い話だったので、お昼休みに先輩に会いに教室に行ったら姿が見えなかったので、外階段に向かったんです」


 僕らの教室は4階にあるので、外階段には当然だけど4階から扉を開けて出る。

 小悪魔は3階に呼び出された?1年生の教室は3階にあるからなのか、それとも他に意図があったのか?

 たまたま僕の教室に来た後に外階段へ来たから4階でクズと鉢合わせしたのか。


「4階の外階段を開けて何があったか覚えているか?」


 胸の鼓動がドクンドクンと早くなる。

 予測でしかなかった事故の真相が、ようやく解明されるのだ。

 記憶喪失から回復した直後のあの孤独感と絶望感は、濃いブルー色に染まった記憶となっていた。


「はい。わたしが扉を開けると……ところでした。メモリー先輩に声をかけようと近づいていた小松先輩は、結果的にメモリー先輩を階段から突き落とす形になってしまったのです」


 ……千花から聞いて推測していたとはいえ、こうして事故現場を実際に目撃した小悪魔から事実を実際に聞くのとではまったく違った。

 

 ……どうしてだろう?

 元親友である浩一に対するに怒りや憎悪よりも、千花やあかりの疑いが晴れた事の方が僕にとって本当に嬉しくて仕方がなかった。

 千花は口では言わないけど今でも僕に対して負い目を感じてずっと苦しんでいる。アイツが故意に引き起こした不幸な事故だったのだから、責任を感じる必要は全くないのだが気にしないわけがない。

 今度は僕がしっかりと支えてあげよう。今は付き合っていないので彼女でなくても僕の大事な幼馴染なのだから。


 ここでふと疑問に思う。

 小悪魔はなぜ浩一と揉めていた記憶があるのだろうか?

 その後の事についても、しっかり確認しておかなくてはいけない。


「僕が落ちた後の事もわかる範囲で教えてくれないか?もちろんあかりが責任を感じる必要はないからね」


 辛そうな表情で唇を震わせながら語る小悪魔を見ていると、僕も申し訳ない気持ちで心が痛む。


「……はい。先輩が落ちていく姿を見てわたしは何も出来ませんでした。そして吉田先輩がわたしに言ったのです。『なんでお前が下にいないんだ!』と。まったく意味不明な言葉でしたが、そんな事よりも怒りが勝って『なんて事するんですか!わたしの先輩に!』って言ってやりました」


 ……聞き間違いではないと思うけど元々お前のもんじゃないからね。今言ったら泣いちゃいそうだから心の中で突っこんでおくけど。


「それで小松先輩が急いでメモリー先輩の元へ駆け寄ったのですが、動揺してか『誰か助けて!』と泣き叫んでしまったので、わたしはすぐに行動に移りました。急いで保健室に駆け込んだのですがお昼休みで先生も不在だったから、やむを得ず救急車を呼んじゃいました」


「お前が救急車を呼んでくれたのか……ありがとな」


 頭をやさしく撫でてあげると、ようやく緊張が取れて顔が綻ぶ。


「い、いえいえお粗末です」


 言葉の使い方がおかしいけど、褒めているところだからスルーしておこう。


「そこまでしてくれたのに、なんで償いなんて言ってたの?」


「それは……」


 少しストレートに聞きすぎてしまったようで、先ほどまでの笑顔があっという間に影を潜めてしまう。

 もう少し僕は人の気持ちを考えなくてはいけないと深く反省した。


「命の恩人なんだからもっと胸を張って欲しい。心からお礼を言うありがとう」


「命の恩人だなんて……わたしにはそんな資格はありません。この話を誰にも言わなかったのですから」


「なにか人には言えない理由があったんでしょ?言わなかったと言えなかったとでは意味合いが違ってくるから」


 ここまでいい子が何の理由もなく黙っているわけがない。恐らくは……


「実は……吉田先輩に脅されていました。どこで調べて知ったのか中学まで男子の格好をしていたわたしの事を盾に誰にも言うなって先輩の入院中に接触してきたんです。言ったら先輩に嫌われるだろうなと言われてわたしは……」


 何度も何度も人の心をもて遊ぶ下衆な奴だ。だけどいまは小悪魔のケアの方が大事だ。


「僕はそんな事で人を嫌いになるような人間ではないよ」


「わたしもそう思いました。だから先生に報告すると言ったら……先輩を今度はもっと危ない目に合わせてもいいのか?と言ってきて……。わたしの事ならいざ知らず、自分よりも大事な先輩をこれ以上傷つけさせるわけにはいかないって思ったら誰にも言えなくなってしまいました」


 怒る心を落ち着けて小悪魔をじっと見つめる。


「僕の為に巻き込んでほんとにすまなかった。改めて言わせてほしい、ありがとう」


 我慢の限界だったのか小悪魔からは大粒の涙が流れている。

 僕はただただ背中をさすってあげる事しかできなかった。


 その後の話では通学でも学校でもひたすら付き纏ってきたのは、浩一が僕に手を出さないかとずっと見張っていてくれたらしい。

 結果的に僕は千花と小悪魔のふたりに守られていたのだ。記憶喪失のフリをしていた僕の事を……


 話がすべて終わると絶妙なタイミングでマスターがコーヒーと絶品チーズケーキを持ってきてくれた。

 絶品チーズケーキを食べる姿が、小悪魔とは程遠い天使の顔に見えたのはコーヒーとチーズケーキのおかげか僕にはわからなかった。


 

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