第22話 乙女の記憶がない

 ど、どうしようこれは大事件じゃない!


 メモリー先輩がわざわざわたしのクラスに来たのも驚きだけど、お昼まで誘われて一緒に過ごす事が出来るとは。

 先輩は極端に人の目を気にして目立たないように振る舞うはずなのに。

 その証拠にのんちゃんが大きな声でわたしを呼んだ時なんか、泣きそうな男の子みたいで母性本能擽られまくりでキュンとしちゃった。


 放課後も先輩と待ち合わせをしているけど、聞かれる事はだいたい想像がつく。

 先輩が知りたいのなら私はそれに答えるだけ。あの人にならなんでも全て打ち明けられる。


 * * * *


 私が先輩の存在を知ったのは、2年前くらいの事。


 何気なくスマホで読んだネット小説がきっかけだった。その当時の私は心も体もすべてが不安定で見るもの全てが苦しく感じていた。

 そんな中まだ書籍化もされていない先輩の小説に出てくる主人公の境遇が自分に似ていた事もあって気付けばあっという間にその小説のファンになってしまった。


 ラブコメなのに大事な部分は丁寧に繊細に描かれているその作品で、複雑な事情で恋愛に興味を持つことが難しかったわたしでもすぐに夢中になった。

 主人公が告白すればドキドキし、付き合えば一緒に喜んで、フラれた時には号泣した。

 それでも先輩の小説はいつだって最後はハッピーエンドで終わる。まるで読者にも幸せを届けてくれるように……


 1年近く続いていたその小説がヒットして書籍化になると、サイン会が開かれるとの告知が!な、なんですと!?

 しかも開催される場所は家からもそう遠くはないショッピングモールに入ってる書籍店。

 当時同じ中学生だった作家さんが高校生になっていたのは知っていたけど、も、もしかして意外と近くに住んでたりしないか考えるだけで胸がドキドキした。

 なんなのこれ?わたし……病気じゃないよね?


 サイン会にはなにがあろうと絶対行かねば。

 サイン会に行けば……大好きなこの作品を書いている作家さんに会えれば、わたしの中で何かが変わる。そんな予感がしていた。

 理屈なんかじゃない、心がそう語っているのだ。


 残る問題はただ一つ……

 大人気になったこの作品の作家さん初のサイン会とあって、かなりの人が押し寄せる事が予想される。告知には先着200名様となっているけど日曜日のショッピングモールには大勢の人が押し寄せるのだ。朝から整理券が配られるみたいだから、とにかく早く家を出るのは決定事項だとして問題はこの格好だ。

 

 わたしはだったのだから……


 正確に言うと生物学的には女子の部類に入っていたけど、私は『性同一障害』に悩まされていた。

 性同一性障害とは、自分の産まれ持った身体の性と心の性が一致しない状態の事を指すらしい。

 

 中学3年の春を迎えるまで、自分の事は『ぼく』と呼び、制服は男子と同じ学ランを着て下はもちろんズボンを履いていた。

 頭はスポーツ刈りにしていたから、童顔の男の子といった感じに見える。小さな時は男の子と泥んこになるまで平和に遊んでいた。変化があったのは小学生の高学年になった時。

 

 クラスの女の子たちがなんと!ブラジャーをしてきたのだからもうびっくり!


「あかりは胸が大きいからそろそろつけないとね」


 ……ただでさえスカートをはいてる自分が嫌だったのに、ブラジャーだと?

 でもつけないと昼休みのドッジボールの時や体育の授業の時に右往左往と暴れまわるもんだからもう限界かもしれない。私がいつまでも男の子のように振る舞い、話の内容も微妙に合わなくなってくると、たくさんいた友達が気付けば少しずつ少しずつ減っていた。

 中学に入る頃には好奇な目にさらされる形になり、気付けばわたしはひとりぼっちだった。


 私に幸せを届けてくれた小説。それを書いた人ならきっと私に大切ななにかを与えてくれるはず。

 もちろん自分の妄想だって事は百も承知だったけど、想像するだけでも心が落ち着くから仕方がない。


 サイン会当日―――


 バッチリ整理券をゲット!!

 サイン会に備えて、トイレで身だしなみを整えに行く。すると……


「ちょっと!男子トイレは向こうよ!警備員呼ぶ前に出てって」


 ……学校ではわたしは特別だからみんなが分かっているけど、一歩外に出ればこうなってしまう。

 せっかくの楽しい気分が台無しでとほほです。


 いつもなら家で引きこもりモードになるわたしは、サイン会の為だけになんとか頑張った。


 サイン会の列に並び大好きな小説を持って順番を待つ。

 はぁ~ドキドキしてきた。これではまるでわたしは乙女じゃん。


「次の方どうぞー」


 係りの方に声を掛けられる。やったー!いよいよ順番が回ってきた!


「応援してくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


「……」


「あの……大丈夫ですか?はい、本にサインしましたのであとは握手です」


「きゃ!?」


 わたしの体に電撃が走った。違う電流だわ。電撃じゃ死んじゃうよ。

 握手した手がとても暖かくて溶けてしまいそうになる。心臓はもう破裂してしまったかもしれない。


 ……わたしはこの人に一目惚れしていた。わたしが女の子として再び生まれた瞬間だった。


「きゃ!?」なんて可愛い声を出したことがない。

 どうして男の子の格好をして来てしまったのだろうといまさら思う。


「ご、ごめん強く握りすぎたかな?痛くない?」

 そうだ。まだ握手したままだ。


「大丈夫です。あの……失礼ですけどどちらの高校かお聞きしてもいいですか?わたし今年受験で」


 これってストーカーですって言ってるもんじゃない!私のバカ!


「〇×高校だよ。受験生?体に気を付けて受験頑張ってね。うちの学校来たら後輩だね」


 ……超有名進学校じゃない。こうしちゃいられない!


「ありがとうございます!入学できたら真っ先に告白しに行きますのでよろしくお願いします!」


「告白?あはは、きみ面白いね。挨拶だよね?待ってるよ」


 ……きっと男の子だと思われてる。

 今日から勉強もオシャレも頑張らなくちゃ。

 

 こうしてわたしは努力の結果、中学を卒業する頃には美少女と呼ばれるくらいの女子力を身につけて先輩のいるこの学校に合格することが出来た。入学してたくさんの友達もできた。毎日が楽しく過ごせるのも、すべて先輩のおかげ。


 だからわたしが先輩を裏切ることは絶対にない。


 全てを話してたとえ嫌われることになったとしても……


 

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