第4話 幼馴染みの記憶がない

 「うわー、先輩の家ってちょー景色のいい高層マンションじゃないですか!あれ東京タワーですよ!あっちにはスカイツリーまで見えますよ!」


 僕の家なんだからそんなの分かってる、・・・言えないけど。


 小悪魔の家で勉強するって手もあったけど、家族に紹介されると面倒なので我が家に連れてきてしまったのだ。


 「向こうには何が見えるんですか?」


 だから記憶がないって何度も言ってるのに、わざとか?ひっかけか?天然か?

 危なくレインボーブリッジって普通に答えるとこだっただろ。


 「うーん、やっぱり覚えてない。なにが見えるんだろう?」


 「へへへ、私の家でっす!!」


 ・・・記憶があってもそんなの知らん。


 「じゃあ勉強始めるか?僕はあっちの部屋で---」


 「芸術的なスルーかまさないでくださいよー!とりあえず勉強の前にさっぱりしたいのでシャワー貸してください!」


 「キモイからマジムリ」


 「最上級の拒絶しないでください!!」


 さっさと勉強して早く帰ってもらいたいのに、これ以上の隙を見せるわけにはいかない。

 独り暮らしは前に話してるから、既成事実でもつくるつもりだろうがそうはいくか。スキャンダルは懲り懲りだ。


 「僕は記憶がないから本気で勉強しないとまずいんだよ」


 「そ、そうですよね・・・ごめんなさい。わたし・・・記憶を失った先輩を慰めてあげようかと・・」


 小悪魔なりに気を使っていたのか。方法が間違えているけど。


 その後もくっついてきたり、甘えようとしてきたものの真面目にテスト勉強をしてくれた。

 僕も仕方がないので、教科書を読んでいるをしながら脳に記憶してあるラノベを読んでくつろいだ。完全記憶能力はこんな時も便利なのだ。


 「ねえメモリー先輩?先輩は・・・いろいろ寂しくないですか?家でもひとりだし学校でも孤立しているし。わ、わたしの記憶もないみたいだし・・・」


 「まったく。煩わしさもないし気疲れとも無縁だからひとりは気楽でいいよ。白石さんを思い出しても大差ないと思うよ」


 「ガーン!!その扱いは前とまったく変わらないじゃないですかー!・・・でも元気みたいで安心しました!わたしそろそろ帰りますね!」


 「ああ」


 「帰りますね!」


 「どうぞ」


 「か・え・り・ま・す・ね!」


 「・・・下まで送っていくよ」


 「はい!お願いしまーす!」


 満面の笑みを浮かべている。こんな些細な事でそこまでストレートに喜ぶのか。


 「あれ?先輩部屋に戻らないんですか?」


 「ああ、夕飯の材料を買いにスーパーに買い出しだよ」


 「嫁としてお供します!」


 彼女でもないし、友人かも怪しいのにそれはない。

 時間も無駄にはしたくないので、特に反論せずにスーパーへと向かった。今晩はカレーの予定である。


 「あ、見てください!北あかりだって!これにしましょう、あかりをいっぱい食べてください!」


 「僕はメークインの方が・・・」


 「あかりの方がかわいいしきっと美味しいですよ!」


 またこのパターンか・・・

 ちゃっかり北が抜けてるだろ。

 黙って北あかりをカゴに入れた時だった。


 トマトやきゅうりが並ぶ向かいの列に元カノが立ってこちらを睨んでいた。


 こんな偶然と誰もが思うかもしれないけど、カラクリさえ分かればたいした事はない。


 僕たちは元々はなのだから。


 祖父と一緒に住んでいたアパートの敷地を含め、再開発で跡地に高層マンションが立っている。

 祖父との想い出の地を記憶だけにはしたくなかったので、ここに住んでいるのだ。


 元カノの家も近所なので、スーパーで会う事はちょくちょくある。


 「こんにちは」


 元カノだった事さえ覚えていない僕が挨拶をすると、彼女は軽く会釈をした。


 特に用事もないのでお肉コーナーへと移動しようと歩き出すと、


 「・・・あのさ、小さい頃の記憶も全部覚えていないの?」


 「忘れました」


 そう、記憶はしているけど僕はのだ。


 「ま、待って!聞きたい・・確認したい事がまだ・・」


 僕は振り向かずにそのまま買い物を続けて店を出た。


 「随分と静かだったね」


 「嫁としての余裕です!・・・とゆーのは冗談で間に入れる空気じゃありませんでした」


 「ありがとう」


 なぜ礼を言ったのか自分でも分からない。


 「ご褒美にカレーご馳走してください!」


 「あ、少し思い出した。うちは女性入室禁止だった」


 「もう!そんなわけないくせにー!」


 僕は退院後、初めて笑った。

 改めて小悪魔に心の中でありがとうと呟きながら。


 ちなみにカレーはひとりで食べた。

 北あかりの甘い味はずっと記憶に残るだろう。

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