バイオテクノロジー・笹・自由の女神

 たった一晩のことだ。その一晩で見慣れた公園は観光名所へと変わってしまった。

 その公園は家の目の前にある。市が管理するのものでそこそこ大きい。夏なんかは虫が大量にわき出て辛い思いをするくらいには大きい。

 芝生の運動場を中心にそれぞれテーマにそって遊歩道が伸び、日曜日や祝日なんかは家族連れで大変賑わう公園だった。

 しかし、それも全部過去の話だ。今は平日だろうが雨だろうがたくさんの人が訪れる観光スポットへと変貌した。

 それも全部、突如として運動場に現れた正体不明の自由の女神のせいだった。建造された訳ではない。そんな計画はどこにもないと、市のお偉いさんが夕方のニュースで言っていた。だいたい一晩であんなものが作れるなんて人智を越えているとまで言っていた。そりゃそうだろうと思う。

 実際あれが立つ前日にその公園にいたからわかるが、その時は影も形もなかったので、それが一晩で本物と同じ大きさのものが立っているなんて。だれが信じるのだろう。

 しかし、それは受け入れなければならない事実なのだ。事実人々はその自由の女神を受け入れた。市も話題になったのをいいことに観光に使い始め、あれよあれよと言う間に近隣で一番大きな観光スポットになっている。

 その間も有識者たちによる、研究は続けられた。人々が騒いでいる間にも正体不明な立像の分析はされていたのだ。しかし、大した成果は上がっていないらしい。わかったのは笹で出来ていることくらい。

 はて?笹。確かに色は笹だ。それは最初から話題にはなっていた。しかし、あれだけ大きなものが植物で成り立っているなんてだれが信じるのだろう。中も空洞ではないらしく、ぎっしり笹がつまっているらしい。大量の笹がなにか不思議なちからで組み上げられて作られている。それがあの自由の女神の正体だ。

「ねえ。今日はなんか式典やるんでしょ?竹彦もいくよね?」

 学校の帰り道、熊野がそう話しかけてきた。散々観光業でお世話になっている自由の女神に感謝する日を制定したらしく、それが現れてちょうど一年の今日なのだ。朝家をでるときからすでに辺りはお祭りムードで、町行く人々もどこか浮わついている様子だった。

 目の前だし、いかない理由もなく行くことを伝える。なぜだか喜んだ熊野を横目に遠くからでも見える笹の自由の女神を見つめていた。

 その夜。花火がうち上がり、屋台が立ち並ぶ公園はいつも以上に人で溢れかえっていた。

 人を避けながら歩くのに疲れたので熊野と一緒に自由の女神から少し離れたベンチで休息することにした。

「結局のところ。あれってなんなんだろうね」

 普段と違い、浴衣姿の熊野を直視できず。自由の女神を見上げながら熊野の問いを考える。

 だれが見ようとあれは自由の女神だ。大きさも本物とほとんど変わらない。ただ笹であるだけ。

 なんの目的でと問われると分からない。だれが作ったのかと問われても分からない。自由の象徴たる女神はなにを思ってこの街を見下ろしているのだろう。

 しばらく、そんなやりとりをしていると辺りが騒がしくなっているのに気づく。

「なにかあったのかな」

 熊野が心配そうな顔をするので、見てくるよと。ひとり駆け出した。騒がしい方向に向かっているとその異常に気がついた。

 笹が燃えているのだ。屋台で使っている火が飛び移ったのか。ライトアップの電源が漏電したのか原因はわからないが、確かに笹の自由の女神の足元から火が強くなっているのが分かる。大勢の人が慌てて水をかけるけれど、火の回りの方が明らかに早くて、どんどん、どんどん自由の女神は火に包まれていく。巨大な笹が燃えるのを人のちからでどうにかできるはずもなく。舞い落ちる火の粉の被害から逃げるために人々はその場からいなくなった。

 そうして、一晩で現れた笹の自由の女神は一晩でその姿を消した。

 危ないからとしばらく立ち入り禁止になっている。それでも、警備が常にされているわけではないので、夜。人気の無い時間にこっそりと、自由の女神があった場所へと訪れてみた。

 芝生が焼け焦げている。月がちょうど雲間から見えて、その光景を強調する。

 ふと、先客がいることに気がついた。恐る恐る近づいてみると熊野だ。

「あれ?竹彦。どうしたのこんなところで」

 それはこっちのセリフたど返すと。そうだね。と納得されてしまった。

「ここに笹を植えたの私なんだ」

 笹を植えた?なんのことだ。

「バイオテクノロジーの塊だったんだ。あの笹。形状を遺伝子レベルで記憶させてるの。成長もそこまでは必ず行くように設定してある。栄養は困っちゃった。ここの土ちっとも栄養残ってないんだもの。だから直接注入し続けなくちゃならなくて大変だったなぁ」

 なんの話をしているのだ。まったく頭には行ってこない。

「これはねエネルギーを貯めるための存在だったの。私が未来に帰るためのエネルギー。でも、なくなっちゃった。また植えないといけないの。ね、竹彦」

 次の日。公園には笹の自由の女神がそびえ立ってたと言う。

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