2-2:やっと笑ってくださいましたね

 話は以上だ、と言いたげに黒い瞳が藍色髪を映す。無言の要請にわかりました、と花菱ハナビシは話のバトンを受け取って。


「とまあ。こういった理由で、魔導書管理局は魔術界における中立機関のひとつなんです」

「そうですか……。ミスター・ベルリッジに相談をしたのは、ある意味正しい選択だったのですね」


 セレーナが眉尻を下げつつも微笑んで告げる。確かに下手に代を重ねた魔術師に頼むよりは、依頼主の意向に沿って任務を成し遂げるのは違いない。


「つまり当初は、管理局われわれ以外の依頼先を想定していた、と?」


 バリトンボイスがそう尋ねれば、こっくりと頷きが返って来る。


「イズミ様の仰る通りです。選択肢として確か――魔術まじゅつ法省ほうしょう、でしたでしょうか? そこに依頼することも考えていました」

「……魔術法省かぁ」


 花菱が何とも言えないという声の調子トーンで返し、イズミが少しだけ眉をひそめてから車窓の向こうへと視線を投げた。それだけで魔術法省に頼まなくて正解だった、ということがよく分かる。


「え、ええと。名称からして中立機関っぽいというか、法律とかを扱っているところだと思ったのですが」

「あー、セレーナ嬢の言う通り、中立機関ではあります。ありますが、……まあ取り締まる側も魔術師ですから」

「目の敵にされているからな。……関わりたくない」


 ちゃんと濁した花菱を知ってか知らずか――彼の場合は知らずにだろうが――忌々し気に零す。

 魔術師として生きる中で、家名の次に厄介なものが魔術法省。普段よりもぶっきらぼうなバリトンボイスが、そんなイズミの胸中をと共に表現していた。


「め、目の敵に、とは……なんだか物騒ですね……?」


 何となく局員二人の性格を掴んできたセレーナも、その不貞腐れ度合いに驚いだ表情を隠しきれず。花菱に向けてちらちらと視線を向けつつ、困ったようにを見せる。


「そう深刻なものではなく、ちょっと嫌われてるだけですよ」

「ちょっと、……とは?」


 怪訝そう手を顎に当てて、考えつつも首を傾げる仕草。

 それでも、イズミの表情と辻褄が合わない。と、セレーナは説明を求める視線で花菱を見つめた。


「魔術法省は、立場経歴に関係なく魔術法にて裁くことで秩序を保とうという機関なんです。また、我々は――」

「対し魔導書管理局は、依頼の解決。および局員の人脈による調整にて、魔術師同士の軋轢あつれきをなくす機関だ。後は、分かるだろう」


 聡い娘、とセレーナを内心評しているイズミは、主導権をもぎ取って彼なりのヒントだけを与える。刺すような視線で花菱を牽制しつつ、イズミによって考えさせる時間を与えられた彼女は。


「……根本的なアプローチの違いから、組織ぐるみで衝突している?」


 知識を以て、自分なりの答えを導き出す。答えを聞いたイズミは、無反応ながらもほんのり口の端を上げて満足そうであった。


「はい、それが現状ですね。まあ、水面下で、……ですけど」


 悪い人ばかりじゃあないんですけどね。

 魔術法省に友人が居る花菱はそう付け足すが、過去の合同任務において非協力的な者が居たことも事実だ。魔術界の秩序を保つ目的は同じであれど、その為に取る舵が百八十度違っている。それが、魔導書管理局と魔術法省なのであった。


「ミス・コルテンティア――あ、すみません。レイラ様は魔導書管理局員だとの話ではありましたが……」

「見届け人派遣を要請している可能性は十分にあるな」

「ということです。出会う可能性は無きにしも非ず、肩書きを無暗に告げぬようお願いします」

「ええ、わかりました。重々気を付けるようにします……!」


 しっかりと頷いたセレーナに、花菱は笑みで返す。護衛の依頼であることから要らぬやっかみを受けるのも、無駄な対立構造を生むのも、余分な手間がかかるので避けたいところである。


「ところで、魔術法ではどのようなことが禁じられているのでしょう?」

「……気になられますか?」

「気に、なります。知らず知らずのうちに違反してしまったらと思うと……!」

「そう難しい話じゃない。魔術師たるものが守るべきと教えられる、三つの掟がある。――ミス・ハナビシ」


 そう言ってイズミは三本の指を立てると、花菱に視線を遣る。言ってみろということだろう。ごくり、と唾を飲んでから、かつてベルリッジに教え込まれた掟を花菱はそらんじた。


「一つ、世に魔術を知らしめること無かれ」


 一本、指が折り畳まれる。


「一つ、人間であるのを忘ること無かれ」


 更に一本、折り畳まれる。


「一つ、永遠の命を生み出すこと無かれ」


 最後の一本が折り畳まれる。


「……で合ってますかね、ミスタ・カーティス?」

嗚呼ああ、上出来だ。……イズミで構わない。これらに反しなければ、少なからず睨まれることはないだろう」

「有難うございます……!! 三つの掟をとりあえずは守るよう、注力します」

「そうするといい。ただ」


 ぷつり、と響いていたバリトンボイスが途切れる。まるで息継ぎをするように、続きを強調するように。


「無論、例外は存在する。異端組織と呼ばれる連中が、その最たる例だ」

「異端、組織?」


 セレーナに視線を向けられたイズミは、黙ってその瞳に花菱を映し込む。

 魔術界の仕来しきたりや歴史といった部分が、生来の魔術師たるイズミの領分。そして、現在の魔術界における異端組織や魔導書グリモワール関連の事件といった部分は、局員として活動する花菱の領分だということだろう。

 セレーナが視線を辿り、目が合ったところで花菱は口を開いた。


「――“プロメテウスの樹”という組織を、ご存知ですか?」


 問いに対して、直ぐにふるふると首を振って返される。予想通りの反応ではあったが、形式的に尋ねてしまうのが花菱のさがというか。


「異端組織、“プロメテウスの樹”。彼らは三つの掟、その全てを最終的に破らんと活動している組織です」

「三つの掟、全てをとは……また大きく敵対したものですね」

「確かに、そうですね」


 驚きで見開かれるアンバーの瞳に、ふふっと思わず笑みを見せる。実際には笑い事ではない話ではあるが、魔術師らしからぬセレーナの反応が花菱にとってはらしく――新鮮なのだ。


「あ、やっと笑ってくださいましたね!」

「え? あ、……すみません、そんなに仏頂面でしたか?」

「いいえ! そんなことはありませんが、その、笑顔が可愛らしいなあ、って」


 ふふふ、と楽し気に笑うセレーナ。その言葉に、どうにもむず痒さで花菱の口元が不自然に歪められた。


「それはその、有難う、ゴザイマス」

「いいえ! もっと笑ってくださると嬉しいです」

「……善処、しますね」


 それがにやけそうになる口の形を、花菱が必死に隠し通そうと押しとどめている結果。そう分かったイズミはフッと口の端を持ち上げる。

 隣人の様子に気が付くこと無く、口元に握りこぶしを当ててわざとらしく一つ咳をすると。


「話を、戻しましょう」


 何とか澄ました真面目な顔を作り上げ、花菱は話を舵を取り直した。


「魔術とは、元々この地球という天体ほしに由来する技術と言われています。神々の加護を祖とし、大地の恵み、大いなるちからの、人間へ継承です」

「北欧神話におけるルーン文字――フサルクは、主神オーディンが手に入れた魔力を持った文字、とされていますものね」

「はい。ですが、科学が人々の認識の礎となり、現代においては魔術という神秘が減衰しています」


 魔術師は、科学を宇宙ソラから来た技術と呼ぶ。

 魔力の根源たる神秘を定義し、人々が心のうちに感じる不思議を、大いなる自然に対する価値観を一変させた――外なる技術体系であると。


「私達は文明を築き上げる為に、地球ほしの力を削り殺いでしまった」


 魔術師が扱う魔術は、魔力を使うことにより力を循環させていくが、科学は違う。不可逆的な反応や、限りある資源を用いて繁栄しているのが事実。

 だからといって文明の利器りきを忌避することはすれども、魔術師は全面的に否定している訳ではない。何故ならその恩恵を少なからず享受し、現代に無くてはならないものとして認めているからである。

 しかし、全面的に受け入れることもできない。


「このまま地球という天体の滅びを危ぶんだ魔術師達が組織したのが、“プロメテウスの樹”だそうです」


 魔術の根源たる神秘が減衰すれば、天体そのものから生まれ出た技術を失えば、いずれ地球は滅ぶだろうからだ。これらは魔術師にとって周知の事実であり、故に神秘を隠匿するための掟が存在する。

 “プロメテウスの樹”が異端たる所以は、その観念の先の行動にある。


「その滅びを回避するために、どのような目標を掲げているのでしょう?」

「……俺も気になっていた。三つの掟に背く結果を招かんと、活動しているんだろう?」

「そう、ですね」


 不安そうなセレーナと、興味深そうなイズミの視線を受けて花菱は首肯する。

 プロメテウス――ギリシア神話に出てくる男神。そして人類を哀れみ、神々の目を盗んで火を渡した神である。また、知られる限り最も長く生きた樹に付けられた名とも一致する。


「……端的に言うと“プロメテウスの樹”の目標とは、現代における神代しんだい回帰かいき


 それを冠するのは、現代の“プロメテウス”たらんという常人たらぬ思想ゆえに。人々以上に長き世を、樹のように生き継ぐ可能性があると信じているがゆえに。

 花菱は、知っていた。


「神降ろしを実現するため――神の器の鋳造を目的としています」


 火という文明の礎を魔術に置き換え、人類を非魔術師とし、おのれが新たな時代の転換点を創り上げんとする。

 それが、“プロメテウスの樹”に属する魔術師達の悲願なのである。


「現在は情報収集を主とする斥候役せっこうやくが動き回っていることが確認されています。彼らはとにかく


 現状は開発に用いる技術の収集をしているのか、優秀な幻惑魔術ヴィオ・マギアの使い手を引き込み、斥候役として様々なところへ潜り込ませているのみである。つまりは。


「危害を加えられるようなことは無いかと思われますが……選考会参加者に成り替わっている可能性も十分にあります」

「俺の目ならば、確実に見破ることができる」

「ということで、不審な者が居れば私か、イズミさんに」

「分かりました。……異端組織についても、頭の隅に記憶しておきま――」


 す。

 その一文字が空気を震わすことはなく。代わりに耳に届くのは、ドゴン、という突如として響く衝突音。


「きゃあっ?!」

「くっ……」


 前後に大きく揺れ、左右に振れる車体。反動で倒れ込んできたセレーナを花菱が抱き留め、素早く体内に流れる魔力を励起させるイズミ。


結界よEOLF,安定と護りをIS, THORN!」


 いくつかのルーンが宙に浮かび上がり、三人の身体が浮いて球状の防御結界が張られる。瞬間、横転する車体と、耳をつんざくような馬のいななき。

 何かに衝突しただけではこれ程の衝撃が起こる訳もなく、明らかに人為的なものであった。


「しゅ、襲撃でしょうか!?」

多分ねMaybe.


 続いて慌ただしくひづめが鳴る音から、どうやら馬車を引いていた馬は逃げていったらしい。結界が解かれて、車内でしゃがみ身を寄せる三人。更にドン、ドドンと物理的に衝撃を加えられる音とともに、目に見えて車体がへこんでいく。


「どうして、今……?!」

「さあな。ミス・ハナビシは全面的な防御を、反撃は俺が」

「了解です。セレーナ嬢は私から離れないでください」

「わ、分かりました!」


 脱出口である客室の出入り口は、横転したことで丁度頭の上に位置していた。

 頭上の丈夫そうな木製装飾へ手を掛け、何度か引っ張って強度を確かめるイズミ。頑丈さを確認する間も、加え続けられる攻撃で車体が軋む音をあげる。


「車外に先行して時間を稼ぐ。その間に脱出し馬車の進行方向へ走れ、いいな」

「イズミ様は……?!」

「襲撃者を威嚇してから後続する。スリーカウントで出るぞ、力よTYR


 身体強化のルーンが、イズミの細腕で自身の全体重を支えることを可能にする。装飾具を取っ手代わりに掴み、たった数歩分の助走スペースを確保すると。


Three,Two,One,


 イズミが渾身のちからで出入り口を蹴り上げて、蹴り開けた。


「――行くぞ!!Go!!

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