10.倒るる強欲が槍を掴む

「よこせ、よこせ……! お前の財宝、私によこせ――ッ!」


 マモンが喚き、破片を踏み砕いて飛翔する。

 四枚の翼が爆発的な加速をもたらし、マモンの体を瞬時にベリアルの眼前へと跳ばした。

 ベルゼブルがその背後に一撃を加え――ようとしたが、後退した。


「ベリアル、その槍あぶない!」

「わかってる!」


 しかし逃げ切れず、ベリアルはとっさに灯芯剣で槍を受け止めた。

 重量と勢いで、破片に亀裂が走る。

 欲の矛先を見つけたマモンは、明らかに先ほどまでは膂力が違った。

 ベリアルは喘ぎつつ、自らを狙う槍――その穂先を睨んだ。


「お前、これ……ッ、ロンギヌスの欠片か! 悪魔が聖槍を使うのか!」

「かひ、ひひっ……言ったでしょう……」


 槍をめちゃくちゃに打ち込みながら、マモンは低い笑い声をあげた。

 救世主の血を浴びた槍――その欠片を用いる彼女もまた、無事では済まない。呪われた柄で反動を軽減させているものの、四本の腕は音を立てて焼けていく。

 白煙を上げる腕にさらに力を込めて、マモンは六つの眼でぎろりとベリアルを映した。


「欲しいものが手に入るなら、私はなんだってしますよ」


 黒渦から、影の手が一本放たれた。

 か細く伸びたそれは斬撃の狭間をかいくぐり、ベリアルの腹に突き入れられる。


「ガッ、ごほっ……!」


 瞬間――炎の剣が消失した。

 抵抗をなくした槍の穂先が振り下ろされ、ベリアルの左肩にざっくりとめり込んだ。

 視界が白く焼けた。焼けるような痛みが爆発的に肩から全身を駆け巡る。


「あぁあああああああ――ッ!」


 ベリアルは絶叫し、マモンの体を渾身の力で突き飛ばした。

 高笑いとともにマモンの体が吹き飛ぶ。勢いで槍が引き抜かれる。

 しかし、痛みは消えない。マモンの槍は、穂先が体内に残るように細工されていた。


「あっ、ぎいっ、痛ッ、ひ、き、ぐぁ――!」

「ベリアル!」


 地面に崩れ落ちるベリアルに、ベルゼブルが駆け寄る。彼女はベリアルの肩に突き刺さる槍の穂先を引き抜こうとしたものの、触れた瞬間に電光が弾けた。


「ッ――まずい、これ、触れないよ……!」

「もらったッ! もらったッ! もらったッ!」


 勝ち誇った声が地上と地獄の狭間に響き渡る。

 翼をばたつかせ、四本の手を振り回し、マモンが文字通り狂喜乱舞していた。黒く焦げ、ベリアルの血に濡れたその手の一つには、金の指輪が輝いていた。

 番号は六十八番――紛れもなく、ベリアルの小円環ゲーティアだった。


「わたくしの! わたくしの! 形勢逆転! 最高ッ、万歳ッ、絶頂感ッ……! かひっ、かきゃっ、かぎゃはははは――!」


 勝利に酔い痴れるマモンの叫びが響く。

 こんな時でも、欲が一瞬でも満たされると隙が生まれるのは変わらないようだ。

 それを逃さず、ベリアルは傷ついた肩から炎を噴き出した。


「ぎ、い、い……!」


 業火の勢いで、ロンギヌスの欠片をどうにか吹き飛ばそうとする。

 しかし、欠片はびくともしない。それどころか邪悪の力に反応し、聖なる力を宿したそれはますます肉の深いところに抉り込もうとしているようだった。

 ぎちッ、ぶつッ――筋繊維が切れ、血管が裂け、霊的細胞が壊されていく音が体に響く。


「が――ッ、ね、い、いた、ねえ、いたいっ、ねえ、ねえさ、ねえさ、ん――ッ」

「しっかりするんだ。あともう少し時間を稼がないと。とりあえず一か罰か、妖蛆で――」


 うわごとを繰り返すベリアルの肩に、険しい顔のベルゼブルが手を向ける。

 その時、嫌な痛みが頭に走った。

 頭蓋の周囲を鉄針で貫くようなそれが――懐かしい痛みがベリアルを現実へと引き戻す。


「ぐっ……ソロ、モン……」

「――ベリアルに命じる」


 ついに金の指輪を嵌めたマモンが、その手をベリアルへと向けていた。

 ベリアルは緑の瞳を細め、嘲笑する異形のカラスの顔を睨む。


「ただちに自分の霊素核を破壊しろ――!」

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