彼らにとっては異世界じゃない物語 ~グレスリング王国の冒険者たち~

埜上 純

第1話 ザレア村の青年アルとレネオ

 訓練用に作ったカカシを、青年アルは木刀で目一杯叩くと、疲れているはずの身体から力が湧き上がるのを感じた。

 ――――レベルアップした時の感触だ。


「よっしゃ、とうとうレベル10になったぜ!」

 短い黒髪と少し焼けた肌から健康的な印象を受けるその青年は、満足げにそう言った。



 その世界には総合的な強さを数値化したレベルが存在する。

 産まれたばかりの赤ん坊は、皆レベル1から始まり、成長に合わせてレベルも上がる。


 ただ、普通に生活しているだけでは、大人になってもレベル6〜8ぐらいにしかならない。

 それ以上レベルを上げるには、初等学校に通うか誰かに訓練してもらうのが一般的だ。


 アル達が住む小さな村ザレアには、学校なんてなかったが、村に住み着いた元冒険者のブライアンが二人の先生になってくれたおかげで、レベル10に到達することができた。



 青年レネオはアルの様子を近くで見ていた。

 一瞬、女性と見紛うほど綺麗な顔立ちをした金髪の青年は、アルより一足先に休憩を取っていた。


「やったね、アル! これで僕たちも冒険者になれるよ」

「ああ! 俺は戦士に。レネオは魔法使いに。な、先生!」


 そう言って二人は恩師ブライアンに視線を向けた。


「――――そうだな」

 いつも無愛想な彼が、髭を触りながら微かに笑顔を見せた。


 今日はレベルが上がりそうだったので、朝早くから張り切っていたアルは、力が抜けるようにその場で座り込み大きく溜息をついた。


 アルがレベル10に上がったのは、幼なじみのレネオに遅れて一週間後だった。

 レベル9になった日は、14歳の誕生日前日だったので、一つレベル上げるのに一年半かかったことになる。


「レネオごめん、やっと追いついた。ちょっと待たせちゃったな」

「いや、アルは戦士系、僕は魔法使い系で、訓練の方法が違うんだから、ぴったり同じ日に上がったりしないよ」


「ま、そうかもしれないけど。どっちにしても……」


 アルは木刀を地面に置き、腰からショートソードを抜いた。

 鉄で出来たその剣は、アルの腕の長さよりも少し短く、刀身の幅は柄に近い部分が最も広く、先端にいくに従って細く尖っていた。


「これで、装備レベルが10のコイツを使うことができるぞ!」

 疲れと嬉しさで、だらしなく顔の筋肉がゆがんだ。


 それからアルは左手を目の前にかざし、自分のステータス画面を開く。


 名前 アル

 年齢 15歳

 レベル 10

 種族 人間

 職業 村人

 HP  109/109

 MP  57/57

 攻撃力 35

 防御力 29

 武器 ショートソード

 防具 布の服


 基礎パラメータ

  筋力 :118

  生命力:115

  知力 :83

  精神力:101

  敏捷性:98

  器用さ:107


「おおっ! 昨日見たときは確か攻撃力11だったから、かなり上がってやがる!! やっぱ木刀とは違うぜ!」


 アルは立ち上がって、ズボンのホコリを払いショートソードを片手で構えた。

 そして軽く力を込め縦に横に振るうと、空を切る音がする。


「どうだ、レネオ! 戦士っぽく見えるだろ?」

「ハハッ。うん、ぐっと雰囲気出てきた!」


 レネオは親指を立て返事をした。


「だろ?」


 アルはそう言ってショートソードをさやに仕舞うと、レネオに近づいて拳を突き出した。

 レネオもそれに反応し、拳をアルに合わせる。

 五年の歳月をかけた達成感が、アル達二人を包み込んだ。



 二人が初めてブライアンに会ったのは9歳のときだった。

 五十歳を迎え肉体的な限界を感じて冒険者を引退した彼は、街の喧騒をのがれるためにこの村へ移住してきた。

 村からほとんど出ることのないアル達にとって、元冒険者は物珍しく、すぐになついていった。


 最初の頃は、冒険の話が聞きたくて彼の家に通いつめた。

 村に住まわせてもらっているブライアンとしては、村の子供を邪険にはできず、たまに冒険談を聞かせていたのだった。

 そのうち飽きるだろうと思っていたが、子供達は必要以上に興味を持つようになり、一年が経った頃には、


「おっちゃん、俺達も冒険者になりたい!」

「僕達の先生になってよ」


 と言い出すようになった。


 思いもよらない話だったのだが、意外にどちらの両親も賛成するので、週に一回か二回のペースで、ブライアンが訓練をみることになった。

 魔法戦士だったブライアンは、レベル一桁の子供ぐらいなら、戦士希望のアルも魔法使い希望のレネオも教える事が出来た。


 アル達は、子供ながらに訓練には真剣に向き合い、ブライアンから教えてもらわない日も二人で訓練を続けた。

 冒険者になる決心は固く、片田舎に住む自分達が不利なことは感じていたのだ。


 そのため冒険者になるのに必要なレベル10を必死で目指し、ずっと手を抜くことはなかった。

 長くは続かないだろうと、タカを括っていたブライアンだったが、いつしか二人の真剣な姿勢に感化され、一人前の冒険者へ育て上げることに情熱を注ぐようになっていった。


 それからの二人はいつも、どんな冒険者になろう、どんな冒険をしよう、そんなことを語り合ってきた。

 お互いの個性を生かし戦士と魔法使いになることも、冒険に必要なスキルをそれぞれどちらが担当するかも、二人で決めた。

 アルとレネオは五年掛けて冒険者になる準備をしてきたのだ。


「なあレネオ。五年は長かったな」

「ねえアル。五年は長かったね」


「これで俺たちは……」

「これで僕たちは……」


 二人は嬉しそうに顔を見合わせ、声を揃えた。

「冒険者だ!!」

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