君は誰!? 揺れる二人の心【6】

「あー、死ぬほど疲れたー」

「お疲れ様。本当にありがとう」


 自動販売機で買った棒付きアイスを頬張りながら帰途につく四人と一匹。但し、一人は露骨に疲弊しており今にも倒れそうなほど項垂れていた。

 あの場に居合わせた一般人への対処。精役によって記憶を曖昧にする能力を持った人間の手配から戦闘によって破損箇所がないかのチェック。監視カメラの映像削除。関係各所への連絡。正体の隠蔽に掛かった手間を考えれば、彼が疲れるのも当然だった。


「迷惑掛けてしまってごめんなさい。頭に血が上って自分を制御出来なかった」


 夕がぺこりと頭を下げる。

 やらかしたことをはっきりと自覚しているようで、アイスを持っていながらも瞳は誠意に満ちていた。


「本当だよ、もっと反省しろ」

「うぐ……」


 作業の揉み消しに金も時間も掛ったことは全員夜兎から聞かされている。真昼を守るために利用する金だとしても、無駄な浪費は極力避けたいのが現実だろう。


「で、でも、霜月さんはボクの為に怒ってくれたわけだし」

「だから余計に腹が立ってるんだよ……」

「んん?」


 理解の出来ない言葉に首を傾けるが親友は全く反応を見せなかった。


「ま、お前との付き合いも長いから今回は多めに見てやる」

「……!?」

「だが次は庇いきれないからな。覚えとけよ」


 言うだけ言って満足したのか、それとも気を使ってくれたのか先を進む小宵とアケボノの輪に入っていった。

 友が用意してくれた時間を無駄にしない為に、真昼は小さく口から緊張を吐き出した。


「霜月さん、ちょっといい?」

「……何?」


 立ち止まると彼女も続いて静止した。


「さっきのプールでの件なんだけど」

「……うん」

「ごめんなさい!!」


 過去にしてきたものよりも深く頭を下げる。騙されたとはいえ何も知らなかった夕を傷付けてしまったのだ。許して貰えるとは思っていないが、謝らずにはいられなかった。


「ちゃんと霜月さんに確かめるべきだったのに。一人で勝手にキレて酷い言葉をぶつけてごめんなさい!」


 とにかく一心不乱に思いのたけを口にする。

 だが、彼女がどういう反応をするのか想像しただけで恐ろしく、頭を上げることは出来なかった。

 頭を下げ続け、ひたすらに夕の言葉を待つ。緊張で脳が焼き切れるのではないかと感じるほど長い時間に、駄目だと感じ始めた時だった。


「気にしてない、と言えば嘘になる」

「っ!?」

「私はキミのことが嫌いじゃないし、出来る限り近くに居たいと思っていたから、やっぱりその……少し傷付いた」

「そう、だよね」


 言葉は時に刃物になる。

 ただただ感情に任せて刃物を振るったツケが今来ただけの話だった。

 予想していた辛い現実。

 正直泣きたかった。


「でも今となってはホッとしてる」

「ぇ?」

「だってあの言葉は、アメーバにも劣るゴミカス有機物に対してで、私に宛てたものじゃないもの」


 言葉の節々から偽者への恨みが伝わってくる。自分の姿で騒動を引き起こされたことを余程根に持っているらしかった。

 ちなみに騒ぎの張本人はというと、アケボノによって精器を回収された後、一定期間の監視付きだが無罪放免となった。深く反省していることと生まれがこの世界であることが一番の要因だ。偽物の行為が悪戯の範疇を超えない限りはそのまま解放されるだろう。


「それにキミは被害者なのに謝ってくれた。私が怒る理由は無いよ」

「霜月さん……」


 今にも消えそうな声で言う。


 泣きたかった。

 夕に許しを貰ったことで、まだ自分は彼女の傍に居て良いという事実が何よりも嬉しかった。


「でもまあ」

「──?」

「これだけ一緒に居るのに私じゃないことを見抜けなかったのは許せない、かな」

「し、霜月さん?」


 笑顔でいるが目が笑っていない。


「冗談だよ」


 しかしすぐに威圧感のある表情は解け、彼女はクスリと笑った。

 だが嘘だとということは真昼は察知出来ていた。本当に気にしていない人間は曇った笑い方をしない。


「ごめんね」

「……本当だよ、もっと反省して」


 言われて思わず吹いてしまった。まさか自分が言われたことをこのタイミングで返してくるとは思わなかったのだ。


「それはちょっと無くない?」

「無くないよ」


 問答を繰り広げているうちに、いつの間にかすっかり何時ものペースに戻ったことに真昼は気付いた。


 居心地が良い。楽しい。

 これがずっと続けばいいのに。


 願望にも似た感想を抱きながら真昼は今日一番の笑みを浮かべた。

 叶わぬ願いであることを知らずに。

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