第15話 re(中編)

ーゴールキックー

「可変するよ!4から3!」

敵軍主将は確認をとる。一方、アウェイチームは2枚のCBを残して高めに位置どる。杉の足元からボールが離れた。インプレー。その親権は臼井へ。するとすぐ様、ホームチームは前線から彼に圧をかけにきた。まず右がLSBへのパスコースをきる。ついで左が右CB司馬への横ルートをしめる。

"前"

最善手である津上への縦パスは切られていた。それなら手前は?これも消されていた。アンカー厚田には秦がはりつき、その奥の寺笛にはスライドにより前に上がることのできる左MFが目を光らせているからだ。

「うぁ。」

明らかに臼井は嫌がっていた。焦りとはまた別の感情で。

"いや、でも、前いけるなぁ"

ポカンと空いた前方へそれとなく右足で運び込もうとする。

"臼井!"

脳内でよぎる。それは誰かの。耳元にいる誰かの声。その瞬間、彼は見つけた。霧の向こうに微かに覗く蜘蛛の巣を。


 ー「なぁ、臼井!」

「はい。」

「君の長所はなんだ?知りたいんだ。教えて欲しい。」

「長所、長所かぁ〜…声、声だと思います。」

「声、声ね。…そうか。で、それはなんだ?」

「えっ。はい。…。」

「ごめん。質問が悪かったな。まぁ、それは後でいいや。うん。」

「…。」

「じゃあ、その"声"というものは、どんな感情から来てる?」

「感情、…やる気だと思います。」

「やる気ね、オーケィ。でも、君はその"やる気"だけをもってるわけじゃないだろ?少しプレーを見たら分かる。君はもっと素晴らしい能力をもってるんだ!そのメンタリティのおかげでね。何だか分かるかい?」

「メンタリティ、いや、分かんないっす。」

「オーケィ。じゃあ、知ろう。君はアグレッシブさっていうものを持っているんだ。」

「アグレッシブ。積極性ですか?」

「積極性か。確かに言語的にはそうだ。でも今は、ただ君が積極的だ、と言う意味では話してない。」

「…。」

「君はもっと考えて動けるだろ?そして、その上で大胆なプレーが選択できる。それも味方のためにね。」

「なる、ほど。」

「でも、時にはそのベクトルを変える必要があるよ。前だけじゃなくてね。例えば、後ろにその勇敢さを向けてみよう。」

「後ろ…。」

「今、君は後方から組み立てる時、圧をかけられていても、躊躇なくスペースに持ち上がれるよね?ホント、いい心臓もってる。でも、もう一つの可能性を考える必要があるよ。敵がそれ自体を狙ってる時だ。…その場合、君ならどうする?」

「えーとっ。ガツンと当たって突き飛ばします。」

「確かにね。それも面白いアイデアだ。ただし、毎回できればね。」

「うぁ。」

「いいリアクションするね。そう、それはきついだろ?だから、バックパスを検討して欲しいんだ。」

「あ、はい。」

「意外とあっさりいうね。今まで言われたことあるとか?」

「いいえ。」

「あっ、そう。」

「…。」

「まぁ、いいや。じゃあ、やってみてくれ。特にキーパーに戻すときなんか勇気いると思うけど、慣れてこう。まだ、二年もあるんだ。問題は何もない。」

そういって、左胸を拳で軽く二回叩いた。ー


少し前

「右が覆って、左がしめて、中が…。」

ぶつぶつと語るスキンヘッドのおじさんは、無造作に腰をかける。

"かかった"

その時、タワシ頭の青年の身体が開く。

「…えっ。」

バックパス。からのワンタッチフィード。グラウンダー性の球はガンマ線のように透過する。

「いや、まじか。」

ワイドに開く尾樽部に兄は必死によせにいく。白い歯が見えた。

「くそったれ。」

腹を立てたところでどうしようもなかった。左足からアーリークロス。

「千!」

前に滑っていきそうな脚を捻じ曲げ急転し叫ぶ。それに呼応して弟は予測される落下地点へと向かう。しかし、その脚は挫かれた。二椛にせり合われてしまったのだ。

「どけよ!!」

不安と使命と焦燥。もう声を荒げるしかなかった。

"低い"

一方、待ち構える夫津木も、弾道を手ではとらえきれず、バックステップをふむ。そして、警戒すべき左に目をやった瞬間。

「…。」

言葉を失った。そこには、無惨にも置き去りにされたDFがニ人。そしてその右には曲者が一人。ボールは右端に突き刺さった。

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