第13話 Vampire

 「ピーーーーーっ!」

西洋ボール。後半開始。秦が後ろへと戻す。ボールは中盤を経由して右CB千のもとへ。

「二椛さん。そのまんまです。つめてください。」

左を切るよう安藤が指示を出す。すると、千はGK夫津木へとさらに下げる。

「伊出さん!」

指示を仰ぐ必要もなく、既に伊出は右のコースを断ち切って詰め寄っていた。

"はまる!"

しかし、ボールは夫津木の右足からゴールラインとほぼ平行に蹴り出される。それは弧を描くように中に走り込んできた二椛の前を横切り、千の足元へ。

「ヤバッ!」

千がノーマークで受けたことをいち早く認識した津上が中を切りながら、持ち前の走力で駆ける。

「朝!前!」

「兄貴だろ!兄弟!?」

千は朝に攻め上がって受けるよう要求し、右足から配球する。その時、津上の脚がコースを遮断するように伸びてくる。しかし、無念にもその足は僅かにかすめただけで、あっさりと供給されてしまった。

「尾樽部!」

津上は倒れながらも上半身をひねり反転させ、後ろへとげきをとばす。

「えっ!あっ。」

反応が遅れた。伴田兄は簡単に前を向いてボールを受け取ってしまう。

「…っ。」

一方前線の中央では、トップ下の秦が厚田を逆サイドへと押し、朝とほぼ横並びの位置に入る。

「朝くん!」

朝は左に首を振って秦を確認する。吊り出された尾樽部もそれを確認し、中へとポジションを移そうとする。しかし、朝は右足で大きく外へとボールをずらした。当てが外れた尾樽部も今度こそと思い、もつれた足を外へと引きずる。朝と尾樽部の目があった。しかし、そこに浮かぶのは不敵な笑顔だけ。尾樽部に一抹の不安が生じたその頃、もう彼の足元にはなにもなかった。では、いったいどこにそれがあるというのか。答えはその僅か後ろ。秦の足元に他ならなかった。アグレッシブさが売りの左CBの臼井がこれ以上の展開を妨害するため、果敢に前へとのりだす。

「馬鹿!下がれ!」

追いつく厚田が臼井に激怒する。

「朝くん!もう一回!」

「もう一回!?」

朝は少しの愚痴をこぼしながらも、重たくなった芝生の上を外回りに中に絞って、ペナルティエリアへと侵入する。案の定、ボールは秦の右足から厚田と臼井の左を前後に通り抜けた。最終ラインの崩壊。もう残るは期待できないオフサイド判定とナイスセーブにかけるしかない。そう思われたその時、ボールは内から外へと掻っ攫われた。

「あ、あぶっ。」

勢い余ってつまづく朝を背にまとまった短髪の青年が立つ。

「ナイス!司馬!」

雨は勢いを弱め、声が通るようになってきた。当然、歓声も。

!!」

走る。

「…了解。」

大きく開いた左足から前方へフィードが放たれる。ハーフラインの少し奥で二椛が待ち構えた。そこに後ろから千がついてマッチアップ。しかし迫りくる低弾道のボールが今にもその胸に届くかという直前、ひょうひょうと伊出が空中でトラップしてみせる。そして着地。水しぶきが舞う。

「安藤!左中だ!走れ!」

前方で動きの止まる安藤に指示する戸辺の後ろでは何やらわちゃわちゃとしていた。

「なぁなぁ!おい!竹江!お前あんなんできたか?」

設置されたテントの下、担架の上に横向きに寝転がる竹江の左肩を平手で金辺が叩く。

「いたい、いたい、いたいわ!」

その度に竹江は手を振り払うのだが、俗に言うヤンキー座りをきめた男は聞いてなんかいない。

「凄いなぁ、凄いなぁ、なぁ、菅木!」

手前で旗審をつとめる菅木に飛び火する。

「あ、はい。そう…ですね。」

立ち上がり今度は菅木のもとにいこうとする。

「おい!金辺!お前、スパイク忘れたんだからはしゃぎすぎんな。」

ベンチからの先輩の声に振り返る。

「あ、はい。そうでした。すいません。すいません。」


一方ピッチでは、伊出が左足で縦に持ち運ぶ。伴田弟もすぐについていこうとしたが、二椛がファーへと流れたことにより反応が遅れホルダーに時間が生まれてしまった。その一方、相方のCBは切り替えてファーへと流れる二椛を抑えようと準備をする。しかしその時、彼の視界にもう一人写り込んでしまった。二椛とクロスするように走ってきた青年。安藤だ。

「ニア!」

慌ててリスクの高い安藤に対応しようとしたが、二椛も捨てきれずどちらつかずの鈍いポジションに入ってしまった。叫ぶ守護神夫津木も不安に思い、ニアをきるように構える。そしていよいよ千を振り切った伊出から左足のアーリークロス。高めの弾道はニアへ走り込む安藤の頭へ。とはいかず、もう一度内巻きに曲がってファーで待つ二椛の足元へと落ちる。

「ワンタッチで踏み込み、ツータッチでシュート、!!」

夫津木は急いで体勢を立て直すも右枠上に突き刺さった弾丸をとめるには無理があった。会場が湧き上がる。追い風は突如弓川に吹き始めた。

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