第5話 世界一の海の向こう

 高らかに笛がなる。一セット目終了ー

汗まみれの晴れやかな顔をした青年たちがベンチに帰ってくる。一人ずつと握手をして回る戸辺。思い思いに散らばり、ドリンクを飲む選手たち。

「オーケィ。みんなよくやってくれた。休め、休め。十分に水分をとってくれ。とったままでいい。休んだままでいいから聞いて欲しい。いいか。お前たち、次の45分、戦える力は残っているか。」

何気なくいったその一言の意図はおそらく今日一強いものであっただろう。それでも個人差はあるのだが。

「オーケィ。大丈夫そうだ。よし、じゃあ、メンバー変えます。一年だけでいきます。…なに?驚いた?いや、それもお前たちの努力あってこそだ。ありがとう。本当に感謝してる。あ、そうだ。司馬は残れよ。オーケィ。じゃあ、一年集合!」

拍子抜けの本日のスターティング。その中で一人、司馬は試合前の事を思い出す。


 「司馬。ちょっといいか。」

上級生に一人混じりアップをこなしていた司馬を戸辺が呼び止め、ベンチの前まで来るように要求する。

「はい。」

戸辺は膝の上で手を組み、じっくりと間を置いてから口を開く。

「もし、お前が監督なら、誰を試合に出す?同学年のCBとしてだ。」

質問という皮を被った提案。

「すいません。誰がいますか?」

素早くも呆気ない返事に、思わず笑顔が溢れる。

「あー、オッケー…。やっぱ、そうか。凄いわ、お前。」

逆説的な賞賛を送る。

「よし、あのなー。」

そう言って、戸辺は司馬に新入部員全員を軽く紹介する。

「オーケィ。分かったか?…じゃあ、誰を選ぶ?」

「あ、はい。大丈夫です。じゃあ、小佐で。」

「お、おう。もう覚えたんか。早いな。」

「あ、はい。顔と名前が一致しないだけだったんで。」

戸辺のキレのないツッコミをすぐ様、右から左へ受け流す。ちなみに小佐というのは、一年CB、小佐堂摩(こざ どうま)。184cmに溢れんばかりの胸筋。それに加えてスピードも兼ね備える。その高い対人守備能力に県内中からスカウトがかかった選手だ。

「お、おう。そうか。」

なんとも緩い表情で、戸辺は受け答えるが、それもつかの間。司馬が瞬きをして、次に開いた瞬間。その顔つきは恐いくらいに豹変していた。

「よし、分かった。小佐だな。小佐でいいんだな。」

抉るように見上げる。一呼吸おいて、司馬が口を開いた瞬間、戸辺の左中頭部にボールがぶつかる。

「す、すいません。」

走ってきた菅木は戸辺の前で素早く頭を下げる。戸辺は右手を軽く上げ返事をすると、菅木はボールを追っていった。

「で、小佐だな。オッケー、ありがとう。戻っていいよ。」

戸辺は立ち上がり、両手を腰にあて、視線を外した。

「いや、すいません。ちょっといいですか。」

「なんだ。」

目線が合う。

「やっぱさっきの、あいつにしてもらえませんか。」

思わず発した言葉。身体が正面を向く。

「それはどういう

「小佐じゃなくて、菅木にしてもらえませんか。」

風が駆け抜けた。二人の間を右から左へ。いったいどこへ向かっているのだろうか。どこまで続いているのだろうか。

「きっと、お前はもう、変わらんよな。」

戸辺は、独り言のようにそう呟き、唾を飲み込む。

「オーケィ。君を信じる。そんなことを誰かも言ってたしな。」

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