第3話 もう一つの人生

 ウォームアップは、毎回固定で合同だ。監督曰く、本当はその日の体調や身体的特徴などによって、オーダーメイドしたいそうだが、こればかりは現状では致し方無い。選手たちは、縦に揃ってピッチに挨拶した後、外郭(がいかく)を一周する。その際はできるだけ体の力をぬいて、跳んだり跳ねたり、乱雑に奇声を発したりしろとのことだ。周回を終えたら、円を作りストレッチをする。約10分程度。そんな時も戸辺は、コーチと打ち合わせをしたり、柔軟する選手に話しかけたり、相変わらず騒々しい。その後、一旦、集合がかかる。お喋り好きなものだ。

「今日から新入生が正式に部員・選手として戦っていく。心してかかるように。」

「はいっ!」

「じゃあ、今から三人パ

「すいません!遅くなりました。」

割って入る一人の甲高い声。一年FW、葉霧凛秋(はぎり りあき)だ。身長174㎝の超快速アタッカーだが、中学時代はほぼ無名の選手である。

「・・・。」

張りつめた空気のピッチ内と、あっけらかんとする坊主頭。しばらくの静寂と沈黙が続く。

「ちょっと、こっちに来なさい。」

打ち破ったのは戸辺であった。葉霧を手でこまねく。それに対して葉霧はゆっくりと首を捻り、後ろを確認する。

「葉霧!お前以外いないだろ。早く来い。」

二回ほどの強烈なジェスチャー。

「あ、はい。」

葉霧が向かってくることを確認すると、戸辺は素早くズボンの右ポケットから携帯を取り出す。

「おっ!おーーーぅ!」

噓のように盛り上がり始める部員たち。葉霧がたどり着くと更に拍車がかかる。何かを今か、今かと待ちわびるような歓声にこたえるように、戸辺の口が動く。

「ルーレットやります。」

携帯に視線を移しながら、そうつぶやいた。

「ぅーーイェーーーーィ!」

拍手喝采。さながら、タイトルを掲げた時のようなテンションだ。何にせよ、練習前に盛り上がれるに越したことはない。

「好きなの言ってけ。一つ!」

「一週間、ドリンク!」

「一つ!」

「ラインマン2日分!」

「一つ!」

「練習の雑用全般二日間!」

「一つ!」

「ビブス洗濯一週間!」

「オーケー。そのぐらいにしよう。」

戸辺は携帯に何かを打ち込み、それを葉霧に見せ、渡す。

「おい、葉霧。ルーレットだ。当たったものを今日からやってもらう。ボタンを押してみろ。」

「あ、はい。」

葉霧がボタンを押す。スタート。直後、部員は野次馬と化す。ルーレットは回る。始まったばかりであるのに、止まる瞬間ばかりを期待する。ルーレットは回る。対象者は余裕そうだ。ルーレットは回る。少しずつ、そして確実に勢いを弱めている。ルーレットは回る。じっくり運命を狙い定める。ルーレットは止まる。寸時、静寂に包まれる。

「ビブス洗濯一週間!」

一転、盛り上がりは最高潮に達する。オリジナルなかけ声も歌われるほどだ。

「葉霧、今日からビブス洗濯頼んだぞ。マネージャーにも伝えとくから、数えてもらって。後、期間内にサボったら、またあるから、気をつけろよ。」

戸辺は葉霧の肩を軽く叩く。

「あ・・・えっ!僕がやるんっすか?」

葉霧の的外れな返答に、一同笑いが起こる。

「いや、当たり前だろ。今、気づいたのか。頼むぞ。分かったら、さっさと着替えてこい。」

「わぁ、マシかぁ〜」

「ダッシュ!」

「ぅはい。」

ガックリしながら、部室へと小走りしていくのを見届け、再び戸辺が話し始める。

「悪かった。とんだ一名のせいで時間をくってしまった。大丈夫だ。時間通り終わる。」

腕時計を確認する。

「よし、じゃあ本題に戻ろう。今からまず四分間、三人パスと三対一をしてください。その後、合併して五対ニをやります。それで、どちらの状況でも意識して欲しいことが二つあります。一つ目は、ファーストタッチを狙い通り正確にコントロールしてください。セカンド、サードは最悪、おざなりになっても構いません。二つ目は、ボールを受ける直前に、右左両サイド首を振って確認してください。正直、初めは満足にできないと思います。ですが、この2つを意識した上でプレーできるかどうかが、今後を大きく変えることになります。まぁ、頑張って。じゃあ、七の数で点呼!」

「一、ニ、三、四、五、六、七、一、ニ、・・・

六、七、一。」

一人余った。三年FW鬼島保治(きしま やすはる)だ。

「よし、じゃあ、最後は八人でやろう。三対一の二組に分かれて、その後、お前たちは四対四のゲームだ。鬼島、お前、ラッキーボーイだな。」

鬼島は少しはにかむ。

「オーケィ。じゃあ、散らばれ。」

練習が始まった。


 青年は緊張していた。普段、それほどナーバスになるたちではないのだが、今日は別である。脳裏に鮮烈に焼きついた畏怖。あの漢が目の前にいる。

「司馬!何をためらう。しっかりしろ!」

副主将三年FW、ニ椛縁(にかば えん)。昨夕の容疑者である。

「あ、はい。すいません。」

スルーしてしまったボールを拾いに走る。あまりにもニ椛に気を取られ過ぎていた。拾ったボールを運び戻る。

「あ、えっと、大、大丈夫?し、司馬、くん。」

「ああ、悪い。問題ないよ。続けよう、・・・続けよう。」

ボールを再び蹴り出す。本当は礼儀として、苗字を呼び返そうと思ったが、出てこなかった。相手が同学年の中で一番ひょろ長いやつだとしても、現時点で同級生たちに関心はなかった。


 「はい。じゃあ、五対ニ!あ、お前たちはゲームね。」

号令で再編されていく。並行するように、適当な練習着に着替えた葉霧は、スパイクを持ったままピッチに入り、練習の準備を始める。それを見ていた戸辺は即座に

「おい!お前ら、よく聞け。」

注意が傾く。

「終わりは、葉霧のウォームアップが終わったらにしよう。いいか!?」

「はい!」

戸辺は、全体練習の観察をコーチ陣に任せ、芝の上でスパイクをはく葉霧のもとまで詰め寄り、腰をかがめてしきりに何かを話し出す。何を求めているのか、そのために今、何を練習しているのか、そこで何を見るべきか、などを徹底的に教え込む。葉霧は、最初こそ内容量に圧倒されついていけなかったが、最終的にはやるべきことだけは理解したようだ。その様子を感じとった戸辺は、その場から立ち去る。そして一人のコーチを呼びつけ、葉霧のウォームアップの手伝いをするよう指示し、再び練習に取りくむ選手たちに目を向ける。


 その頃、菅木はピンチをむかえていた。技術レベルが違う事は分かっていたが、それにしても運が悪い。偶然組まされたメンバーたちは主力ばかり。唯一の同学年枠も、超期待の新人司馬である。逃げ場はどこにもない。目の前では、狭いスペースでボールが行ったり来たり。どれもワンタッチ、ワンタッチと正確に捌かれる。はっきり言って、全く入っていけない。もういっそボールが来ないことまで願っていた。しかし、そんなに都合よくはいかないのが常である。フリーマンをとばした浮き玉が菅木の正面にやってきた。反射的に胸に当てたのだが、そのボールは長く、終いにはカットされ、あらぬ方にとんでいってしまう。

「頼むよ。でっかい子。」

声の主は、2年MF、寺笛丸子(てらぶえ まるこ)。身長164㎝でチーム一の小人。天才的なパスセンスと高いスキルが売りだが、果敢なデュエルなど守備でも貢献してくれる選手である。

「すいません。」

ボールを拾いにいく菅木。

「どすっていった子だよね。君、あの子から身長貰ったら?」

「いや、だまれよ。」

右サイドコンビのジャレ合いに、ニ椛が睨みをきかせる。

「ああ、分かってるよ副主将。ねぇ?」

まびる伊出。一方、阿部は咄嗟に

「あ、あの子、確かCBだよね。同ポジションで同級生なんだし、見てあげなよ。」

司馬の肩に腕を回し、そう言った。

「ずるっ。」

後輩を避難所にする阿部に伊出から一言。

「黙れよ!で、どうなの、司馬。」

ボールを拾い上げ、戻ってくる菅木を見つめる司馬。

「いや、・・・名前、知らないですし。」

淡々と答える。

「えっ!冷たくない?」

思わずハモる右二人。それに対して、司馬は少し考えてからこう返す。

「それって、冷たい事ですか?」

誰かにとっての当たり前は、また誰かにとっての倫理とは一致しない。AはAという事象は変わらないが、あくまで善なのか、悪なのかは、集団が決めたものでしかない。一人と二人の間に妙な空気が流れる。その瞬間、大きなクラップ音が二回。二椛だ。

「いつまで遊んでいる。やるぞ。」

「オ、オーケー、やろう。」

「そ、そうだね。」

そう答え、そそくさと五対二に戻る阿部と伊出。そんな二人を横目に司馬は密かに、同級生を観察してみようと思い始めていた。練習は続くーーー

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