第33話

勝敗は当然ながら、あっという間に着いた。

正に、赤子の手を捻る様に・・・とは、こういう事を言うのかもしれない。


元々、誰がどう見ても帝国側が有利だった。

門の上から雨の様に矢を降らせ、そして、地上から飛んでくる矢を盾と剣で落とす。

兵士の人数もさることながら、統率ですら帝国の方が遙か上をいっていた。

ほぼ、一方的な勝利の様なものだった。

国王であるガルドに複数の矢が刺さり倒れた事で、帝国の勝利となり戦は終結した。



血の匂いに集まってくる獣たちを牽制しながら、負傷者を収容し手当を施していく帝国側。


負傷者を収容する天幕内は、人数が人数なだけに正に右往左往しながら怪我人を治療していた。

軽傷者、重傷者、そして、手遅れな者。それぞれ別々の場所に収容されている。

手の施しようがない・・・後はただ死を待つのみの者が収容される天幕に、クロエはいた。

全身、矢傷で血まみれに横たわるガルドを見下ろすクロエの瞳からは、何の感情も読み取れない。

後ろに控えるケイト達は、初めて見るそのクロエの表情に一抹の不安がよぎる。


クロエが相当なショックを受けているのは、傍から見ても明らかだ。

ガルドの言葉をケイト達も聞いていた。クロエの為に世界征服をしようとしたのだと。いや、前の人生でも恐らくクロエを手に入れるがためにやったのだろう。

そうだとするならば、何故、クロエを殺したのか。前の人生でクロエはガルドと面識はないはずだ。

今世もそうだ。相手が一方的に知っていたとしても、クロエを殺してしまえば、世界征服の意味がない。


全くもって、意味が分からない・・・・


それがケイトを始め、イサーク達の正直な気持ちだ。

恐らく一番分からないと思っているのは、クロエ本人なのだろう。


そんなクロエは、横たわるガルドの横に膝を付き、彼の頭を膝の上に乗せた。

薄っすらと目を見開き驚くものの、既に指一本動かす力もない。

ガルドを見下ろすクロエの表情は、怒っているわけでもなくどこか淡々としたものだった。

腰に差していた短剣を取り、自分の指にスッと滑らせる。

見る間にぷっくりと赤い血が盛り上がり、それを有無を言わさずガルドの口の中に突っ込んだ。

思わず目を白黒させるガルドに「血を飲みなさい」と一言。

彼女が何をしたいのか分からなかった。

愛する人にとどめを刺されるのであれば、それもまた良し。

最後に愛しい人に抱かれて死ねるのは僥倖かもしれないなと、舌に乗るクロエの血をコクリと飲んだ。

それを確認し指を引き抜くと、すかさずケイトが指に布を巻いた。

既に呼吸も細くなり始めたガルドに、クロエは土に汚れた金髪を優しく撫でた。

「これは私が勝手にする事。自分の罪悪感を軽くしたいだけの、ただの自己満足」

其処でようやくクロエは表情を崩し、泣き笑いの様な顔になる。

「私の血で、貴方の運命のやり直しができるかはわからないけれど・・・もし、その可能性があるのなら、私は私を甦らせた神に祈ります」

ガルドは霞み始めた視界でじっとクロエを見つめながら、心地よいその声に、その言葉に耳を傾ける。

「今度は、間違えないで。大切な民を傷つけるのではなく、幸せにしてあげて。そして、貴方も一緒に幸せになるの」

そう言って、その額に唇を寄せた。

「次に目覚めた時に、会いましょう」

愛しい人の腕の中で死ねる。こんな穏やかな気持ちも、初めて感じるもの。

クロエにギュッと抱きしめられ、死の間際だと言うのに幸福感に満たされる。


あぁ・・・彼女の言うように次があるのなら・・・

間違えることなく、真っ直ぐにクロエに会いに行こう・・・・


ゆっくりと閉じられていく瞳。そして、どちらの物とも分からない涙が、その頬を静かに滑り落ちていった。











ゆっくりと開く瞼。目に飛び込んでくるのは見慣れた天井。

一瞬、此処がどこなのか分からなくなるほど、現実味のある長い長い夢を見ていた気がした。


何時、森から戻ってきたのだろうか・・・・


不意にそんな事を思う。

そして、自分の手を見て首を傾げた。

自分の手はこんなにも小さいのか、と。


寝台から下り、不意に巡らす視線の先に鏡があった。

其処に映るのは知っているはずなのに、とても懐かしい顔。


―――違う・・・


漠然と否定する言葉が頭の中を駆け巡る。

そして、突然全てを思い出した。


「俺は・・・死んだはずだ・・・」


彼は鏡を見つめながら、膝を付いた。

最後は愛しい人の腕の中で最期を迎えたはずだ。

何て幸せで、愚かしい人生だったのだろうかと、涙が零れた。

そして、彼女の言葉を思い出す。

「俺に、やり直せと言うのか・・・・あれだけの事をしたのに・・・」

何が起きて人生が巻き戻ったのかは分からない。

ただあの時、彼女は自分の血を飲めと言った。

それが、全てなのだろう。今となっては聞く術もない。

ずるずると床に蹲り、色んな感情が身体中を巡るようで苦しくて、その発露を見いだせず声を殺して泣く。

どれくらいそうしていただろうか。

涙を拭い、最後に囁いた彼女の「次に目覚めた時に、会いましょう」という言葉を胸に抱いた。


そして彼は翌年、リージェ国の使節としてフルール国の『花祭り』へと参加する。

国に着いて夜会までの時間を、誰もいない庭ではやる気持ちを抑え込む様に歩いていると、花の中に埋まる様に蹲る子供が見えた。

後ろ姿ではあるがそれを確認すると、彼の心臓があり得ないほどおおきく跳ね上がる。

今にも駆け出してしまいそうな足を抑えゆっくりと歩き、側に着くと紳士の様に片膝をついた。

「どうかしましたか?」

震えそうになる声を抑えながら声を掛ければ、その子供は涙に濡れたサファイアブルーの大きな瞳に彼の姿を映した。

彼の心は歓喜に打ち震え、今にも抱きしめてしまいそうなその腕をグッと抑え、手を差し伸べた。

「私と一緒に、ベンチに座りましょう?」

安心させるように微笑みながら「私はリージェ国第一王子のガルドと言います」と名乗れば、驚いたように目を瞬かせ、可愛らしい頬を恥ずかしそうにほんのり染めた。


―――そして、

「私はクロエ。クロエ・フルールです」


そう言って、小さな手を重ねたのだった。

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