第29話

どんなに愛おしくてもクロエを抱く事は叶わない。だが欲望だけは募るばかり。

そんな時、とある貴族令嬢がガルドの目に留まった。

黒い髪に空の様な青い目。容姿は全くクロエには似ていなかったのだが・・・―――あぁ、本物を手に入れるまで、身代わりを側に置けばいいではないか・・・・と、思ったのだ。

それからの彼は、見境なくクロエに似た女を集めていった。クロエを正妃として迎えた暁には、彼女等は不要となるのだが、それまでは精々役に立ってくれればいいと。

その一方で、クロエを正妃として迎えようと水面下で準備も進めてもいた。

それには自分が国王になるのが一番である。いや、この世界の覇者となればいい。

そうすればクロエが女王になろうと関係が無い。

この大陸を統べる覇者の妻となるのだから。


国内の問題も山積していたが、それは国王を傀儡にすればいいだけの話。

『魔薬』も改良を重ね、身近な人間で実験を始めていた。

元々身体が余り丈夫では無かった国王。騙しうちの様に父王に盛る微量の『魔薬』は、何年もの歳月をかけゆっくりとその身を侵していった。


世界を手中に収めるには、まず強力な軍隊が必要だった。いくらリージェ国の軍隊でも帝国クラスまで底上げするには時間がかかる。

それでは遅い。

ならば帝国をそのまま手に入れればいい。ガルドは数少ない信頼する部下、イズとキトナに帝国を手に入れるよう指示を出す。

そして、アドラを帝国皇太子イサークに嫁がせようと画策しはじめた。

だが、事態は彼が思い描く様には進まなかった。

それどころか後退しているのではと思うほど、散々だった。


帝国に送った部下達は一人残らず捕縛され、自白させられた後、送り返されてきた。

はじめは白を切っていたが、それすら許されないほどの証拠を揃えられて。

顔には出さなかったが、渋々事実を認め帝国の使者が帰った後、部下は全て処分させた。

苛立ちが収まらないガルド。なんとしても帝国は手に入れたい。

ならば、別方向から攻めてみるか・・・と、謝罪と称し、アドラとイサークを会わせる為に帝国へと向かった。

訪問を拒否されたものの、何とか面会へとこぎつけ、この度のお詫びにと人質も兼ねアドラとの婚姻を提案。

それらは素気無く断られ、翌日には帝国を追い出されてしまった。

アドラはイサークに一目惚れしたらしいが、イサークは全く興味を持たなかった。

アドラは美しい娘だ。赤みの強い金髪にガルドと同じ碧眼。まさに大輪の薔薇のような華やかさと気品を持っていた。

十人中、十人全ての人間が好意を持つほどに美少女だ。そのアドラに何一つ興味を示さなかった、皇太子。


中々に手強い。皇帝といい皇太子といい。

何故こうも思い通りにならないのだ!面白くない!


ガルドは苛立った。何もかもうまくいかない。裏目にばかり出てしまう。

各国に飛ばした間者や魔薬の売人、部下。そのほとんどが捕らえられてしまっていた。

その苛立ちの矛先は己の後宮へと向けられ、何人もの女が命を落とした。

血濡れた手を見てガルドは思う。


自分がまだ王太子だから駄目なのだ。

国王になればいいのではないか。国王になれば全ての権限を振るえる。

だが、あと少しだ。あと少しで、あの男は壊れる。


苛立ちの中、クロエを迎えるための準備と画策を進めていく中、衝撃的な知らせが届いた。

フルール国の国王が崩御。新たなる国王は跡継ぎにロゼリンテを指名した。

そして、クロエは帝国へと嫁ぐ事も。

何の冗談かと、ガルドは思った。

あれほど婚姻を望み、何度も申し込んでいたというのに、それを無視し帝国に嫁がせるなど。

だが、これは好機かもしれないとガルドは思い直す。

上手くいけば、クロエと帝国を一気に手に入れる事が出来るのではと。

そう考えると、今までの失敗もこの日の為の礎の様な気がして、途端に上機嫌になった。


そして、クロエと帝国を手に入れるための算段を始める。

愛おしいクロエが、自分の隣で微笑む様を想像しながら。

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