第21話

「姉上!」


テラスに置かれたソファーで、ゆったりと手紙を読んでいたルナティアが声のする方を見れば、庭を横切ってルドルフが手を振りながら走ってくる姿が見えた。

「ルー、貴方また仕事をサイラスに押しつけてきたの?」

「押しつけてきたなんて人聞きの悪い。一年後には国王になるんだ。俺に頼ってばかりじゃ、国王になんてなれないだろ?」

そう言いながら、自分が飲むために置かれていたぬるい紅茶を一気に飲み干す弟を見上げ、ちょっと困った様に笑うルナティア。


此処はルナティアの故郷、シェルーラ国。

夫であるフィリップが亡くなり、息子が王位を継いだのを機に故郷へ戻ってきたのだが、筋金入りのシスコンでもあるルドルフが時間を見つけてはルナティアに張り付き、ゆっくりと一人で過ごす時間が中々とれないというのが、今現在の彼女の日常だった。

自分と一才しか違わない弟は、黒髪青目の誰が見ても美しい容姿をしている。

年を重ねそれに落ち着きと渋さが加わり、だが、年齢より遙かに若く見える彼は今だ女性に人気がある。

妻を五年前に亡くし、周りからは再婚を勧められるも、今だ独り身。本人は全くその気はないものの、その地位と容姿に、放っておけというのが無理な話である。

斯く言うルナティアにも婚姻の申込が殺到してるのだが、姉第一主義であるルドルフに全て本人の知らぬ間に握りつぶされているのが現状だ。

亡くなった妻より、次期国王になる息子より、姉であるルナティアが誰よりも大事であり、愛しているルドルフ。

無理矢理姉をさらった憎きフィリップも居なくなり、無事に生きて故郷に戻ってきた事を誰よりも喜んでいるのだから。

自分も後一年で身軽になる。そうすれば誰に邪魔される事無く、愛おしい姉と四六時中一緒に居られるのだ。

それを楽しみにしているというのに、何故再婚しなくてはならないのかが分からない・・・と言うのがルドルフの偽りない本心。

そんな事など露知らず、当事者であるルナティアは、ちょっと愛情過多よね、くらいにしか思っていないのもシスコンに拍車を掛ける原因となっていた。


そんな、拗らせシスコンのルドルフも暇なわけではない。一年後には彼の息子でもあるサイラスが王位を継ぐ。今はその引継ぎの真っ最中なのだから。

周りからの小言も本人はどこ何処吹く風と聞き流し、ルナティアの隣にどっかりと座り、手に持っている手紙を覗き込んだ。

「クロエから?」

「そうよ。読む?」

「いいの?」

と言いながらも、許可をもらう前にその手から手紙を奪い読み始めた。

その横顔を眺めながら、これでも民からは賢王と呼ばれているのだから、世の中分からないものだと溜息を吐いた。

だが、その賢王の息子も将来的に賢王と呼ばれるだろう事は容易に予想できた。


ジョージなんて、サイラスに比べたらお話にならないくらいダメダメよね。

フルール国も将来どうなるんだか・・・・


どれだけ一生懸命教育しても、どれだけ頭が良くても、くだらない女に引っかかってしまえば、全ての努力が無駄になってしまう。

正にジョージがそうだった。本人は知っているかはわからないが、フルール国民からの評判は最低。他国からも、同じような評価を受けていた。

それほどまでにあの婚約騒動が尾を引き、そしてロゼリンテの無能さが明るみに出てしまった今、王として、親としての資質など全てが最低評価だった。

それを覆すには並大抵の努力では無理だ。それを本人は知っているのか・・・不安しかない。

取り敢えず優秀な側近を数人ほど国に置いてきており、ジョージの補佐をさせている。

マルガリータから開放されて、生まれ変わったかのように真面目になったバカ息子だが、サイラスとは比べものにならない。

フルール国の行く末も気になるが、こればかりは本人の意識の問題だからしようが無いのだろう、と溜息を吐いた。


フルール国にいた頃は、殺される事が分かっていて、その時が近づくにつれ不安と緊張に、そして、それを回避するために誰かを疑い誰かを遠ざけ、心穏やかに暮らすことが出来なかった。

それに比べ故郷はやはり良いもので、今だ問題山積ではあるが、フルール国にいた頃より心に余裕ができていた。それは、第一関門の年齢を超えた事もひとつの要因なのだろう。

不意に庭に目を向ければ、今朝から咲き始めたというこの国の国花でもある、真っ赤な百花王が風に揺れている。

初めて逆行を体験し、全ての始まりだったあの日も、百花王が咲き始めた頃の季節だったなと、感慨深く目を閉じた。


ルナティアが人生の一周目を終え目覚めたのは、三才の時。

次第に意識が薄れるなか、侍女の悲鳴を最後に意識が途切れ、気付けば懐かしい自室で目覚めた。

小さくなって逆行したと気付いた時は、正に絶望感しかなかった。

シェルーラ国には時折不思議な力持つ者が生まれてくる。それは主に王族か最も近い血筋からで、黒髪青目を持つ者しかが現れる事は無かった。

王族と血縁関係でも、薄まった血では発現する事はなく、黒髪青目の子供も生まれる事はない。

だが、黒髪青目だからといって必ずしもその力が現れるわけではない。

ルナティアの父親である前国王も黒髪青目だったが、普通に天寿を全うしたのだから。

だが、王族として生まれた者には必ずその不思議な力の事を伝えられる。勿論、門外不出極秘事項として。

これまで力を発現させた先人の手記が残っており、それはどんな怖い話より恐ろしいものだった。

何度も何度も逆行した先人の話は、正にトラウマになってしまうほど悲惨なもの。

ただ、逆行も何らかの原因があるようで、それを解決しなければ天寿を全うする事が出来ないようなのだ。

その我侭な理由に「いじめか?」と思ったのはルナティアだけではない筈だ。

そして過去にもルナティア達の様に、何人かの世界が重なり、問題を解決した時もあったようだ。

だがルナティアの一周目で、彼女の周りに逆行した人はいなかった。毒殺され逆行した時には、何が原因だったのかさっぱり分からない状態で目覚めたのだから。

毒殺された事は確かに色んな意味で問題ではあるが、それが原因ではないような気がしていた。毒殺を回避し、その先に要因があるのかもしれないと。

だが気の強いルナティアは、一方的に毒殺された事にも憤慨していたが、何をさせたいのか全く分からないこの運命に逆らいたくて、絶対にフルール国には嫁がないと心に決めた。

先人でも前とは全く違う運命を辿り、それから脱出した人もいる。

ルナティアの辿った一度目は、毒殺だけではなく息子夫婦との仲も最悪で、二度と体験したくないものだった。

正直、話の通じない馬鹿を相手にするのは疲れる。例えそれが自分の息子であっても、だ。

毒殺に、男好きで怠慢な息子の嫁。それに入れ込む息子。そして、その嫁に瓜二つのバカな方の孫娘。何度も言うが、二度と会いたくないし体験したくない。

目覚めた足で早速、父王と会い状況を話し、フルール国の王太子フィリップが来ても顔を会せないよう画策した。―――が、それは脆くも崩れ去った事は言うまでも無い―――

そして、彼と出会う前に、国内の王族に近い子息と婚約。これで大丈夫だと胸を撫で下ろしたのだが、運命の強制力というのだろうか、やはりフィリップと結婚せざるおえない状況となったのだ。

という事はフルール国に嫁ぐ事がある意味、辿れねばならない道だったのかもしれない。

そうなるとまた、あのバカ息子家族を相手しなくてはいけないのかと、げんなりした。

どう考えてもフルール国には嫁ぎたくなくて、しつこく迫るフィリップに全てを話したのだが・・・・

「ならば、私がどんな脅威からも貴女を守りましょう!」

と、聞く耳を持たない。恐らくルナティアの話を信じているとは言うものの、心の底から信じていたわけではなかったのだと思う。

ただ信じる、守る、そう言えば頷くと思っていたのだろう。それが分かっていたから、ルナティアは頑として頷く事はなかった。

一周目もそうだったが、フィリップのルナティアに対する執着はある意味病的なもので、結婚してからも、どんなに年を重ねてもそれは衰える事はなかった。

よそ見もせず妻一筋。その点に関しては、理想的な夫だと思う。ただ、その無駄に発揮する一途さがジョージに受け継がれて、良くない方へと作用したのかもしれないと思うと、如何いかんともしがたいものがある。

二周目では父王やルドルフ達と一緒にあらがったが、フィリップの「では、国を捨てシェルーラ国に婿入りします!」宣言に、皆が膝から崩れ落ちた事は言うまでもない。

国際問題は避けたかったので、結局はフルール国へと嫁いだのだが・・・結果は、又も同じだった。

そして三周目。目覚めて懐かしい自室の天井を見た時には、重々しい溜息しかでてこなかった。


「トータル百歳ちょい・・・何年生きたらいいのよ・・・・」


今だ何が逆行の要因となっているのかが分からない事に、後何回逆行すればいいのかと、絶望に涙も出なかった。






*百花王・・・・・牡丹の別名です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る