第11話

あの後、国王陛下も合流し有意義な時間を過ごすことが出来た。

そして自室へ戻る直前に、ルナティアからのご褒美情報として明日『花の都』という大衆食堂に行ってみるよう勧められた。

「此処に居ても小蠅に纏わりつかれるだけよ?その食堂に行けばとてもいいものが見れるわ。イサーク様の士気を高める事請け合いよ」

年齢にそぐわないほど茶目っ気たっぷりにウィンクする王妃はとても可愛らしく、クロエと一緒にこの様に笑いながら年を重ねていきたいと、愚かにもまだ見ぬ未来への欲望が膨らんでいくのを止める事が出来なかった。


翌日、ルナティアの言う通り『花の都』という大衆食堂に向かうイサークとジャスパー。

年に一度の盛大な祭りという事もあり、町は大いに賑わっていた。

午後からは花の精霊に仮装した女性達のパレードもあるのだという。

「しっかし・・・お互い誰なのか本当にわからないくらいの変装っすね」

二人とも当然髪の色を変え、服装も旅人の様な少しくたびれた格好をし、顔半分を隠すようにストールを巻き、マントを羽織る。

「名前もミドルネームは使うなと言うお達しだし・・・・」

この世界にはミドルネームを持つ国も少なくない。帝国とフルール国もまたその一つで、クロエの本当に名は、クロエ・ノア・フルールと言う。

イサークはイサーク・ルイ・フェルノアというのがフルネームである。

前の生で帝国に嫁いでいたクロエはイサークの事をミドルネームのルイと呼んでいたので偽名として使ってしまえば、ばれる確率が大きくなるのだ。

ジャスパーに関してはクロエとは初対面になるらしい。

前の生での側近は候補のうちに除外したらしい。何から何まで徹底している。そして父やルナティア、まだ会う事ができないルドルフ国王には感謝の一言では納まりきらない感情が胸を満たす。

「今から俺はジャス。お前はイサだ」

「あー、互いの名前を交換しただけなんて・・・まぁ、ばれなきゃいいんだけどね」

そう言いながら、食堂へ向かったのだった。


その店は何処にでもある大衆食堂だった。

昼少し前ではあるが、既に店内は多くの客で忙しそうに店員が走り回っている。

その中でひときは目を惹く少女。茶色い髪に眼鏡をかけてはいるが青く澄んだ瞳。その顔立ちは昨日見た愛しい姫とそっくりで、イサークは暫し立ちつくしてしまった。

そんな彼に彼女は「お食事ですか?」と声を掛けてきた。

「あ、ええ。二人ですが」

「畏まりました。こちらへどうぞ」

と笑顔で席を案内してくれる彼女から目が離せない。


え・・・?彼女は姫だよな?絶対、クロエ姫だ。何故ここで働いているんだ?


席に座ってからも彼女を目で追うイサークに、隣にいた男がニヤニヤしながら声を掛ける。

「あんたもノアちゃんに一目惚れか?」

「え?彼女、ノアさんと言うのか?」

「そうさ。この店の看板娘で、彼女目当ての男がいっぱいいるんだぜ。ほら、周りよく見てみ」

そう言われ、ぐるりと見渡せば若い男たちがしまりのない顔で彼女を見つめ、何かにつけ呼んでいた。

そんな客にも嫌な顔一つせず、笑顔で対応していく彼女。

昨夜の夜会での強張った顔とは全く違い、楽しそうな笑顔全開だ。

あんな笑顔を自分にも向けられたい・・・そんな欲望と、その子は俺の婚約者だ、という独占欲で知らず知らずのうちに握る拳に力が入る。

「兄ちゃんよ。そんな目で睨んでも周りが怖がるだけだって」

そう言われ肩を叩かれ、はっとした様にクロエから視線を外した。

「まぁ、彼女は誰が告白しても絶対に落ちないから、諦めな。それより兄ちゃん、見かけない顔だな。何処から来たんだい?」

「あぁ、今旅の途中で東の方から帝国に向う所なんだが、この国で祭りがあると聞いて立ち寄ったんだ」

「へぇ、じゃあ、初めてかい?」

「そうなんだ。随分と活気のある国なんだな」

「まぁね。今の国王夫妻が頑張ってくださっているからな」

「へぇ、随分と人気があるんだな。この国の王様は」

ジャスパーが感心したように漏らす。

「国王夫妻は誰もが敬愛している。だが・・・王太子夫妻は、ダメだ」

「もしかして王太子妃?」

「そうだ・・・あの婚約騒動は他国にも知れ渡るほどの醜聞だからな」

「王太子は優秀だと聞くが・・・」

「どんな優秀な人間も、女で躓きゃあ全てパァさ。第一王女に比べ第二王女なんて母親にそっくりで目も当てられないそうだしな」

「・・・・いいのか?そんな事言って」

「いいんだよ。皆が言ってる事だからな。クロエ王女が将来的に王位を継いでくれればいいが、あの女が絶対邪魔すると思うんだよな」

あの女、とは当然マルガリータの事。誰かに聞かれ不敬に問われるのではと、イサーク達の方がハラハラしてしまうが、彼はどこ吹く風だ。

「ま、王子が国王になった時点でこの国はどうなるんだか。人口が一気に減るかもな」

何とも不吉な事を言い、がははっと笑いながら酒を呷る彼に圧倒されていると、クロエが食事を運んできてくれた。

「お待たせしました」

「あぁ、ノアちゃんありがとよ。そうそう、またノアちゃんのファンが増えちまったぜ。罪作りだよなぁ」

「ベレンさんてば、またそんなこと言って」

「いやいや、本当だって。特にこの兄ちゃんが・・・って、名前なんての?」

「あ、ジャスだ。こっちはイサ」

「このジャスって兄ちゃん、一目惚れだって」

そんなベレンの事など慣れたもので、クロエはにっこり笑う。

「ベレンさん、他のお客様に絡むのであればお酒はもう出しませんよ。奥様にも言われていますからね」

「なに!?カミさんに?それは困る!!内緒にしといてくれ!!」

「ふふふ、今回だけですよ。ジャスさん、イサさん、ごめんなさいね。どうぞごゆっくり」

そう言って立ち去るクロエに、イサークの胸は乙女の様にキュンキュンだ。


待ってくれ・・・何だあの可愛らしさは・・・ルナティア様は俺の士気を上げるためと言っていたが・・・参った・・・上がりすぎてどうしていいかわからん!


悶絶するイサークに呆れたように苦笑するジャスパー。

この国に滞在する間、毎日のように店に通い、そして帝国に戻ってからも数か月に一度は必ず長期の休暇をもぎ取り、その度フルール国へと通い始めるけなげなイサーク。

おかげでクロエにめでたく名前を覚えてもらうまでになっていた。


そして今日、彼女が嫁いできた。

全てから解き放たれたかのように楽しそうに笑うクロエの笑顔が、イサークの慰めでもあり希望だった。

だから、何の憂いもなく心から笑えるような世界にしなくてはいけない。

そんな決意と共に顔を上げるイサークは、正に『氷の皇帝』。

「明日、姫の所に伺う。ユミル、ロイド達に連絡を」

「承知しました」

「ジャスパー、リージェ国とアドラ姫の監視を強めろ」

「御意」

「アランド、他国の動きを至急調べろ。ユミルの影を使え。一応ルナティア様が守っていたとはいえ、姫の優秀さは皆が知る所。ただ指をくわえるていという事はないだろう」

「即急に手配します」


皆が室内から出ていくとイサークは一人窓の外に目をやる。

思い浮かべるのはクロエの屈託のない笑顔と、恐怖に強張る顔。

そして窓に映るのは、自信なさげな自分の顔。


しっかりしろ!今世の俺は俺だ。彼女を幸せにするのは俺だ。


ギュッと目を閉じそして開けば、そこに居るのは何時もの自信に満ちた己の顔だった。

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