天罰執行 1

何かが起こるときは、ふたつ起こる。

始まりがあれば、終わりがあるように。


何かが起こるときは、ふたつ起こる。

どこかで誰かが生まれれば、どこかで誰かが死ぬように。


何かが起こるときは、ふたつ起こる。

出会いがあれば、別れがあるように。




“夜空の先を、月の先を見よ。我らの神々は、その黒き海にいる。”




どんな場所でも、出会いというものは起こりうる。

それが例え、燃え盛る赤い海の中でも。

両の眼が、両の眼を捉え続ける。決して離さない。果たしてその白き楕円に囚われているのか、その黒き深淵の奥底に見入ってしまったのか。

見つめれば見つめるほど、その黒い海の奥底に沈んでいく。

水の中では息が出来ないからなのか、火の中では生きられないからなのか、心の臓が早鐘を鳴らし警告する。

何を喚いているのかなぞ見当もつかない。それを理解するのは俺ではない、それは俺の役割ではない、脳の役割だ。

体の中身が騒ぎ立てても、内臓どもが逆らうというのならば、最早俺の一部ではない。どこへとでも好きなところに行くがいい。

俺は体に逆らい、手を伸ばす。心だけが後押しをする。お前だけは俺の一番の理解者だ。

この手はもう腕ではない。鉤爪だ。

果ての見えない美しき塔の入り口に登るため、鉤爪を投げつける。

どうか塔よ、拒まないでくれ。その美しき黒鉄の塔に傷をつけることを許してほしい。鉤爪を投げることがやめられないのだ。

そして塔は鉤爪は受け入れた。

いや、この時から鉤爪は手に戻った。歓喜に湧きあがれ臓物たちよ。手と手と塔と鉤爪の挑戦は、我々の勝利だ。

勝利の凱旋を始めようではないか。

姫に捕らわれた塔を連れ出すのは、お塔さま抱っこと相場は決まっている。

燃え盛る赤い海が天を崩し、地を焦がそうとも、この行進は止まらない。

この一歩一歩が誓いの言葉だ。最後まで歩き続けなければ、ゴールテープを破っても意味がない。

誓いを立てよう。誓いの言葉を述べよう。言の葉の代わりに軍靴を鳴らそう。

我が黒き塔を狙う者たちを、真っ白な塗料とハケを携えたペンキ塗りたちを、塔を壊そうとする大工たちを、ひとり残らず根絶やしにする。

彼女が正しい。彼女こそ正義。だから俺は間違っていない。つまり、俺の塔を狙う不届き者どもに、


—―偽りの正義に、天罰を下す。




「—―くん。……てるの—―」

何かが起こる時というものは、いつも男と女がそこにおり。男と女がよろしくやってる。

それはレトロな喫茶店でも例外ではない。

鳴らないチャイムベルに耳を澄ませ、人間の生活サイクルはこうも噛み合わないものかと実感する。はたまた風が吹いて桶屋からのキラーパスを待っているのか、この店は。

なぜこの店は潰れていないのか自然と考えてしまうほどの魔力を、このガランガランな風景は秘めている。

厳密に言えば、客はいる。二人だけ。男と女の二人組が。カップルではない。青木上葉アオキ アゲハ蜂須賀時子ハチスガ トキコは断じてそんな関係ではない。同じ町で育ったただの幼馴染に、そんな関係に神も仏も割り振らない。

「聞いてんのかって聞いてるの上葉くん!聞け!」

幼馴染ならではのテーブルの上に身を乗り出し、ボーっと上の空を通り越して遥か銀河の彼方に意識を飛ばしている男の耳を、引きちぎろうと試みるその様は、まさに天に割り振られた幼馴染のなせる技。耳ちぎり。略してミギ。

「あいででででで、聞いてませんでしたすいませんでした宇宙人と交信してました」

「すごいニヤニヤしていたけどなんの妄想していたの?あれか?学校にテロリストが攻め込んできて機転を利かせて撃退するあれか?」

ミギの儀から解放された耳を片手でやさしく包み込み、封印を施す。何人たりともここは通さん、という心持ちでなでる。

「いや、俺が王子様の鉤爪で、塔に捕らわれたお姫様と王子様がよろしくお願いします拒否権はない、しているときに、鉤爪になった俺が塔とよろしくお願いしますカギカギトウトウ、していた昔を思い出していた」

「上葉くんが飲んでいるメロンソーダの着色料にはハッパか?ハッパが使われているのか?」

手で仰いで匂いを感じ取ろうともがく時子の眼前に、否、目の前に迫っているが前ではない、横だ。回避運動は間に合わない。

「お客様さまー? 当喫茶店では愛情も友情も込めてドリンクを作ってはおりませんが、ハッパ入ってるって言い方はあれですねー。威力業務妨害ですねー。ほかのお客様に聞かれる前に追加のオーダーしな」

ドカッとおなごではなく相撲レスラーが奏でる音楽と共に、持ってきた丸イスに腰かけたるはこの喫茶店のBOSS。店長である。

「店長。聞かれる他のお客様が見当たらな、いででででで反対の耳をぉ……!」

「いるよ。あんたらには見えないけど。いるから」

幼馴染の特権であるミギを繰り出すこの霊能力者発言のこの女性は無論、上葉の幼馴染ではない。ただの喫茶店の店長である。一体いつからこの店に二人が入り浸るようになったかは、店長も覚えていない。ただこの喫茶店のBOSSである限り、客は私に逆らえないという考えの持ち主である。

「じゃあ私は紅茶のおかわりを」

「あ、じゃあ俺は」

「当店で一番高い飲み物のオーダーはいりまーす」

上葉の注文を勝手に未来予知し伝票に書き込み、そそくさと丸イスと共にカウンターにレッツゴー。有無を言わさず調理開始。

「一番高いドリンク!?メニュー!メニューを!……いやホントにたけぇ!店長なにこの源泉コーヒーって!お値段が四桁あるよ!?」

「分刻みじゃなくて時刻みで作るからねー。そりゃあ高いよ。いい豆使うし」

「ジキザミってなに!?初めて聞いたよ!?」

震える手つきでサイフの残りライフを確認する上葉を、時子は見ていた。見つめるというよりは、真顔で。

「あのさ上葉くん」

「はい」

「前から思ってたんだけど、いま言いたくなったから言いますね」

「はい。どうぞ」

「上葉くんさ、店長のお尻見すぎ」


—―氷河期かな。


マンモスも原始人も氷の中で時止められる最強の能力者氷河期かな。

そういえば少し前からネットで世界中の異常な寒波は氷河期が近づいてるからとか、度々話題に上がっているな。それだな。そうこれは氷河期だ。誰が何と言おうと氷河期だ。氷河期氷河期。博物館のマンモスもモンモスうれぴーの叫びと共に長き時から復活する氷河期の再来だ。と上葉の思考速度。この間に人類のギネス更新。

「み、見てねーっす……。ブラックホール見てました」

「見てたね。店長が立ち上がった瞬間いろいろ言いながら店長の顔から視線を下に落として、店長が後ろ向いたらエプロンに隠されてたあのシェ~クシィ~なヒップラインに釘付けだったね」

「ち、ちげーっす……細かくそれっぽく解説してもちげーっすから……」

「それが毎回」

「やめてくれぇ!」

カメが甲羅に頭を引っ込めるかのように、腕を頭にグルグルに巻き付けテーブルにアイアンヘッド。まるで粘土で作った謎のうどんの途中みたいなのを、全部まとめて丸める経過で出来上がるアレみたいな光景。小学生が無敵のバリアを張るかのように、すべての情報の遮断を試みる。

「そ、そもそもあれだ。店長は巨乳だ。そして時子お前も巨乳だ。俺はグラマラスよりスレンダーな女性が好みなんだ。だからなに口走ってんだ俺。黙れ俺。後生だ頼む。頼む黙れ俺」

机につっぷしたまま早口でまくし立て弁明する上葉を見るのは、とても愉快だなと思う時子は、自分はSなのだと再認識する。そしてスレンダーな女性が好き発言で思い出したことがひとつ。

「ああ、じゃああの話って本当なんだ」

「なにがぁ?」

「黒髪ロングのスレンダーな子と同棲してるって話」

「誰が言ってたぁ!」

刹那の間にトランスフォームし顔を上げながら叫ぶ上葉と、それに体が反応して思わずビクッてなってしまった時子。お互いに反応速度がギネスを更新。ギネスブックにそもそも記録があるかないか知らないが。

村椿ムラツバキくんが言ってたって話」

氷雨ヒサメが!?アイツ大学来てるのか。あのバイト以来ずっと音信不通なんだが」

「いや来てないと思うよ。会ってないし。又聞きの又聞き。まあその反応からして事実だね同棲は。ホッホッホッ」

魔女みたいな笑い声をあげる時子はまさに悪魔である。上葉にとっては悪魔と魔女が合体して悪魔女である。

「嘘かもよ~。これ自体が演技かもよ~」

「んじゃあ上葉くんがいない時を狙って上葉くんの家に行くわ」

「お願い。許して。女王陛下」

「はーい、それじゃあリピートアフタミー。わたーし青木上葉はぁ?」

「ワターシ、アオキアゲハはぁ、店長のヘイシリをお目眼でカーチェイスしてぇ、ジーパンとベルトの締め付けで生まれぇる、肌とジーンズの間のブラックホールをギョーシしてましたぁ。これで満足かァ!」

満足そうに小刻みに震えながら笑う時子。そして彼女のその手は、指は、横を指し示していた。

その指先に誘導されながら横を見る上葉。

両の眼が、両の眼を捉え続ける。決して離さない。果たしてその白き楕円に囚われているのか、その黒き深淵の奥底に見入ってしまったのか。

見つめれば見つめるほど、その黒い海の奥底に沈んでいく。

というか店長が丸イスと共に再びテーブルに腰かけており、頬杖をつきながら、バッチリ聞いていた。そして二人の目の前には注文した紅茶と源泉コーヒーが、音を殺しながら着席していた。

「て、店長。このコーヒー作るの時刻みって言ってなかった……」

「ああ、源泉コーヒーは誰も頼まないからな。私が飲む用に作りかけていたのがあったんだ。料理番組の冷蔵庫で冷やしたものがこちらになります的な」

店長はおもむろに空いている手で上葉に向かって手を開いて見せる。

「え?なに?パー?俺はパーってか?頭がパッパラパーってこと?」

「五万でいいよ」

「大変だ時子さん。この喫茶店はエロ同人の導入ページだった」

「なんでちょっとうれしそうなの」

「いや、イヤだからね俺。若い子が好みだから。だって店長って……あれ店長っていくつ?」

「あん?えっとねー……確かいま50……いくつだったかな」

「え!?店長その見た目で50!?若!美魔女だ美魔女!どう見ても20代。しわがない。タイトルは、そう、美魔女は喫茶店の店長。コイツァ都市伝説の新たな1ページのにおいがプンプンするぜ!」

なぜかテンションが上がり始めた時子をしり目に、うわ始まった。と上葉はつぶやく。蜂須賀時子。すなわち都市伝説系女子。都市伝説サーの姫。別に女子のメンバーもいるが。噂好きの女が進化すると、陰謀論とか大好きな都市伝説好きの女になります。

「安っぽい都市伝説ねぇ。ただ単に素材が良いだけよ。私特に何もしてないし」

笑いながらどさくさに紛れてご自慢しながら、さらにどさくさに紛れて上葉が一口だけ飲んだ源泉コーヒーを流れるように盗み、のどへ流す。一連の動作が華麗すぎて声を出す暇もなく、上葉は大事な四桁を奪われた。

「アンタは小さい時からよくしゃべる子だったよ。ついたあだ名は壊れたラジオ。久しぶりに聞かせてよ。最近の若者に流行りの都市伝説をね。どうせアンタら以外、誰も来やしないから、さ」

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