第7話 町に到着

 町へと歩きながら、アリアはこの世界の基本的な事を教えてくれた。


 十進法である事。

 1日は24時間で、ひと月は30日。1月から12月で1年が回る事。

 特殊な月の名がついていなくて、正直助かった。基本的な事は、あちらと変わらないようだ。特にこの国は四季に近い季節の移り変わりが日本と同じで、過ごしやすいのだとアリアは言う。

 中世ヨーロッパに近い世界だが、魔法のお陰で地球に近い設備もある。それ程不自由を感じてはいないそうだ。


 魔獣がいて、魔物もいる。

 ファンタジー定番のゴブリンやオーク等も存在している。基本はひとくくりにして魔物と呼ぶが、魔力を持つ獣が魔獣で、同じく魔力を持つ人型が魔物と分けて言う事もある。アリアが倒した牛も、魔牛だったそうだ。


 魔力のない獣もおり、そういう獣の一部は家畜にされている。


 その辺りまで聞いた所で、町が見えて来た。




 稜真が街道の少し高い位置から見下ろした町は、バインズという名だそうだ。何軒か建築中の建物が見える。通りを行きかう人々は活気にあふれ、これから発展して行く町である事が見て取れた。


 町は人の身長の倍くらいの、木製の塀で囲まれている。

 この地は魔物が多い為、外壁は必須らしい。領主が貧乏で中々予算が回らず、少しずつ石積みの塀に変えているのだそうだ。


 入り口では、兵士が入る人間を確認しているのが見えた。


「ギルドカードが身分証になるからね。そらはテイムした魔獣って事にした方がいいよ」

「分かった。そら、俺の肩に止まっていて。危ないかもしれないし、町では飛んじゃ駄目だよ?」

「クルル!」

 稜真がそらに語りかける優しい声に、またもや身悶みもだえるアリアだった。




「ただいま!」

 アリアが挨拶した門番の男は、叩き上げといった感じの年配の兵士。

「おう! お帰り嬢ちゃん。首尾はどうだ?」

「誰に聞いてるのよ。ばっちりに決まってるでしょ!」

「ガハハハ! そうか、そうか、お疲れさん! そっちの兄ちゃん、身分証は? 肩の鳥は魔獣か? 魔獣使いとは珍しいな。よし、いいぞ」

 矢継ぎ早の問いかけに押されながらも、町にはあっさり入ることが出来た。


 まず目についたのは、人々の髪の色だ。

 青やら緑やら、実に様々な髪の人間がいるが、黒髪も何人か見かけた。これなら目立つ事もないだろうと、稜真は安心した。


 冒険者ギルドは、町の中央に位置していた。見た限り、町では1番大きな建物だ。

 扉を開けると、右手に受付カウンターがある。左手の壁には紙が何枚も貼られており、それを見る冒険者らしき人が何人かいる。アリアは受付に声をかけると、奥の部屋に向かった。




 部屋の中では、強面のスキンヘッドの男が煙草をふかしていた。

「ただいま、おっちゃん! 牛、狩って来たよ」

「おう! お前にしては遅かったな。昨日の内に来ると思ってたぜ」

「ん~? ちょっとね」

「お前の事だから、心配はしてなかったがな」

「ふふん」

 ドヤ顔をするアリア。こんな小さな子なのに、どの人からも信頼されている事に稜真は驚いた。


「さて気合い入れるか!」

 男は表のカウンターに向かって声をかけた。

「おい。裏に何人か寄越してくれ!」

 男は返事を待たずに、裏に続く扉から出た。


 扉の外は中庭になっていた。そこで、アリアがアイテムボックスから取り出した牛は5頭だ。


「おお! さすがはアリアだな。どれも大物だ。カウンターで報酬貰ってくれ」

「は~い」

「そっちの見かけない顔は新人か? アリアの連れなら是非とも紹介して貰いたいが、手が離せんから今度頼むわ。どうせまた来んだろ?」

「私が来るまで暇そうにしてたくせにさ」

「お前待ちしてたんだよ!」

「それじゃ、次に来た時に紹介するね~」


 ひらひらと手を振り、アリアは室内へ戻る。稜真は軽く頭を下げ、その後を追う。入れ替わりに、何人かの男達とすれ違った。

「こりゃあ、大物だ。冬の食料がうるおうな」

「よし! 気合い入れて解体すんぞ!」




 ギルドを出たアリアは、ぐっと伸びをした。

「さて、今日は宿に泊まって、のんびりしよ~」

 稜真も聞きたい事は山ほどある。宿でゆっくり話を聞こうと思った。──が、その時。待ちかまえていたらしい3人の男に囲まれた。


「そういう訳には参りませんよ」


 執事風の男が冷徹な雰囲気でアリアを睨む。

 逃げようとしたアリアだが、退路は断たれていた。あっという間に縄で身動きを封じられ、地面に転がされてしまったのだ。


「よっしゃ! アリアヴィーテ様の捕獲、成功しました!!」

「3人がかりとは、卑怯よ~」

 執事風の男がアリアを見下ろしながら冷たく言う。

「旦那様のご命令です。大人しくなさって下さい。──マイケル、ラリー。逃げられないように、早く馬車に積み込みなさい」

「積み込むって、荷物扱い!?」

 アリアはジタバタと暴れている。


 稜真は余りの展開の速さに、どうする事も出来ずにいた。

 何か自分に出来る事はないか、このままではアリアが連れ去られてしまう、と焦りながら周囲を見回して気づいた。騒ぎを聞きつけ出て来たギルド職員も、周りの人々も、何やら緩い雰囲気なのだ。


「またやってる。お屋敷に勤めるのも大変だねぇ」

「ははっ! お嬢さんも懲りないよなぁ」

 そんな声が届き、稜真はようやく緊張を解いた。何よりも、アリアに緊迫感がないのだ。


「オズワルド~。その子連れて行くから、馬車に乗せて~」

 馬車に積み込まれながら、アリアが言う。

「その子? こちらの方ですか?」

 オズワルドと呼ばれた男は、稜真を観察するような視線を向けて来た。稜真はどんな反応をするのが正解なのか掴めず、とりあえず頭を下げた。さっきから、同じ事をしているなぁ、と思いながら。


「ふむ、仕方ありませんね。あなた、お嬢様のお言いつけです。馬車に乗りなさい」

 男の1人が、御者台に上って手綱を握る。


 うながされた稜真が、そらを肩に乗せたまま馬車に乗りこむと、床に転がるアリアに巻かれたロープが増えていた。


「ラリーの馬鹿! ここまでやらなくっても、いいじゃないのさ!」

「だってお嬢様は、どんだけ縛っても逃げるじゃないですか。何度も何度も逃げられて…。俺、その度にオズワルドさんに叱られたんですよ…」

「それは、悪かったと思うけど…」

「お屋敷に着くまで、我慢して下さい」


 ラリーと呼ばれた男は馬車を降りると、繋いであった馬に乗った。オズワルドと稜真が座席に座ると、馬車が動き出した。


、お嬢様なんですよね。この扱いは、ひどくないですか?」

「稜真ぁ…。これって言い方、ひどいよぉ…。ね、私の扱いひどいよね? 稜真もそう思うよね? ほらほらオズワルド! 縄をほどいて!」

 ジロリとアリアを見下したオズワルドは、深々とため息をついて見せた。

「ここまでしないと逃げるのですよ、この方は。本当はこうして縛ったくらいでは生易しいのですが、今回はあなたを連れて行けと言うからには、逃げないでしょう」


「逃げないと分かってるなら、どうして縛るの~」と、床の芋虫が何やら言っている。

「お仕置きですが、何か? あなた様の捕獲に、どれだけの時間がかかったとお思いですか?」

「…あぅ…」

 扱いは確かにひどいが、床にクッションが敷き詰めてある辺り、気を使われているのだろう。




 2時間ほどで着いたのは、石造りの塀で囲まれた、先ほどよりも大きな町だ。そして馬車が止まったのは、町の奥にあるお屋敷だった。ようやくアリアは芋虫状態から解放された。


「それではわたくしは、旦那様に報告してまいります。お早めにいらして下さい」

 逃げないと分かっているので、オズワルドは先にお屋敷に入って行った。

 よろけながら馬車を降りたアリアは、大きく体を伸ばした。


「2時間も縛りっぱなしって、本当に扱いがひどいんだから!」

「──なぁ、アリア? お前の家か? ここ」

「そうよ」

「大きなお屋敷だな」

「ボロいけどね」

「アリア、本当にお嬢様なんだ…」

「貧乏だけどね」

「まるで、貴族が住むお屋敷のように見えるんだけど?」

「貴族だからね」

「……はい?」


 ──アリアの本名は、アリアヴィーテ・メルヴィルと言い、なんと伯爵令嬢だそうだ。


 ギルドカードにアリアとしか記載されてなかったのは、名前のアリア以下を非表示にしていたからだった。それにしても、ご令嬢が魔牛を一刀両断とは…、稜真は開いた口がふさがらなかった。

 アリアは、呆然とお屋敷を見上げる稜真の手を、正面から両手で握りしめた。

「ん?」

 稜真は我にかえった。アリアは真摯な表情で、稜真を見つめている。


「安心して、稜真。あなたの事は、私が責任もって面倒みるから。レベル上げも協力する。もしも貴族の私が嫌で、この先離れて行くとしても…。いいえ、離れてしまってもずっと、私が援助して面倒見るからね。大丈夫。全部私に任せておいて」


(──またこいつ、悲壮感漂わせて…。ったく! 俺は、お屋敷や貴族様に気後れしていたんじゃなくて、アリアがこのお屋敷のお嬢様、伯爵令嬢だって事に驚いていただけだぞ)


 稜真はアリアの思いつめた表情を変えてやりたいと思った。


(こうなったら──)


 稜真が思い付いた手段は、正直現実でやるのはどうかと思う。だが、ここは乙女ゲームの世界なのだから、問題ないと自分に言い聞かせて覚悟を決めた。

 そして仕事用の声を作ると、アリアの耳元で色気たっぷりにささやいた。


「…ねぇ、アリア。ずっと俺の面倒見るって、それって…さ。プロポーズ?」


「ひぃやぁあああ~~っ!?」


 瞬時に真っ赤になったアリアは、腰が抜けてへたり込んだのだった。



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