03 だって熱いんだもん

 ☆


 石窟の大広間。並んだ卓の一角で、俺は小さなオッチャンたちにラーメン(仮)を振る舞った。

 急増にしてはわれながら上手くできたものだと自負している、魚醤の独特な風味が効いた一品だ。

 しかし彼らの中に一人だけ、どうしてもラーメンを口に運ばない者がいた。

「どうした? 髪の毛かゴキブリでも入ってたか。そんなことはねえように気を付けてはいたんだがな」

「……い、いや。だってこれ、めっちゃ湯気出てるじゃん。熱いじゃん」

 彼が食べられない理由を述べると、周りのオッチャンたちが一様に爆笑した。

 ラーメンは、熱いもんなんだけどな。

「げしゃしゃしゃしゃ。まだ猫舌がなおっとらんのかお前は」

「まだまだお子ちゃまじゃのう」

「ワシらがガキの頃は、焼けた石を鍋の中に放り込んで、猛烈に熱いままハフハフ言いながら食ったもんだ」

 どうやら彼はオッチャンの中でも若いらしく(繰り返すが、見た目はいい年に見える)、熱い料理は苦手な猫舌くんだったようだ。


「なかなか変わった味じゃが、旨かったぞい」

「もう少し味が濃くてもええくらいやのう」

 食い終わったオッチャンたちがそれぞれ感想をくれる。

「次は、肉を増やしてくれよ」

 猫舌くんも時間をかけながら、なんとか完食してくれた。ありがたいことだ。

「味も量ももう少し増し増しにしたほうがいいってことか。オッチャンら、体格ちっこい割にガッツリ食うんだなあ。頼もしい限りだぜ」

 肉はともかくとして、味自体は一般的なラーメンと同じ、もしくはやや濃いくらいに設定して作った。

 それでもさらに濃くていいという感想がつくのは意外だったな。

 彼らの健啖ぶりに俺が驚いていると、長老が説明してくれた。

「この村は石炭の採掘と鉄鉱の採掘、それらを使った製鉄を基幹産業にしとるんじゃ。他にはある程度の農作物と酒じゃな。その利益で他の村や町から商人が来たときに必要な物資を買って揃えるんじゃよ」

 ふむ。採掘となれば重労働だろう。塩分の高いものを食べたがるのはそのあたりが起因しているわけだな。

 他の男がさらに補足説明する。

「村の男たちは交代で山の作業に出入りしてるからのう、一度山に入ったら二、三日間は作業のために山に籠りっぱなしになる。明日からはワシらも交代で山に入るから、次にお前の作る飯を食うのも数日後になってしまうな」

 だから食堂の規模に比べて、今は人が少ないのか。交代の連中が帰って来るタイミングで、この大食堂が戦場のように忙しくなるわけだな。

「山に入ってる間、飯はどうしてるんだ?」

「干し肉やパンを簡単に腹に入れる程度じゃな。じゃから、帰って来てゆっくり落ち着いて食う飯はガッツリモリモリ食いたいわけなんじゃ」

 なるほど。よくわからない世界だが、飯をモリモリ気持ちよく食べることが生活の中で大きな喜びだというのは変わらないらしい。

 オッチャンたちの仕事が終わった後、あったかい醤油チャーシューメンの大盛りで気持ちよく出迎えたいもんだな。

 

 ☆


 俺は大豆醤油製造のアテをつけるため、酒の工房を案内してもらった。

 醤油に応用できる作業設備や道具がある程度整っているだろうと見越してのことだ。

 ここは洞窟の内部に手を加えて、半地上、半洞窟の環境で作業しているらしい。近づいただけでアルコールの香りが漂っていた。

「おめぇが、外から来たっちゅうやつかぁ~? ずいぶんとやせっぽちのひょろひょろだなぁおぃ~。そんなんでまともにぃ、酒が作れるんかぁ~?」

 いきなり酔っぱらいにからまれた。

 他のオッチャンたちも小柄だが、さらに一回り小柄で、心なしか他の住人より若く見える酔っぱらいだった。

「いや、俺は酒を造りに来たわけじゃなくてだな」

「なんだぁ~!? 俺の作った酒が飲めねえってのかこの野郎ぅ~!!」

 話が通じねえ。これだから酔っぱらいは。そして酒くっせえ。

「気にしなくていいぜ、このおっさんはいつも酒工房の雑務を少し手伝って、おこぼれで酒を飲ませてもらってこの辺をうろついてるだけだから、あんまり相手にすんなよ」

 俺をここに案内してくれたのは猫舌くんだった。彼も明日から鉱山に入ってひたすら石炭を採掘するらしい。勤労は尊い。

「それで生活が成り立ってるのがスゲエな。体壊して死ぬぞ、そのうち」

「あのおっさんは半分だけ精霊だから、酒で体を壊したりとかあんまりしないんだよ。酒房の守り神っつうか、中途半端な立ち位置でさ。まあとにかくあんまり構うな。優しくすると付け上がるし、いじめたりすると呪われるぜ」

 なんだそりゃ。妖精さんは酔っ払いか。しかもありがたいのかありがたくないのか、よくわからないポジションか。よくわからん世界だ。

 ……実家の近所にもそういう大人って一人や二人いた気がするな。


 猫舌くんに礼を言って別れ、俺は大豆醤油を作る作業に手を付けた。

 ラーメンに使うメイン食材に関しては若い頃から人一倍の執着心を発揮して調べたり、農家や工場を見学していたので概要は知っている。

 ただ、自分で大豆から醤油を作るなんてのは、さすがに初体験だ。

「なんだ貴様、豆から酒を作ろうとしているのであるか」

 俺が作業をしていると、工房の職人が一人、興味深そうに質問してきた。

 しゃべり方が独特で尊大なオッチャンである。

「いや、酒に似た作り方をするが、これは醤油と言う調味料を作っているところだぜ」

「調味料なら塩や香油、酢やコショウなどがあるではないか。それでは不十分だというのであるか。われらが魂を込めて作っている酒も、料理の奥深さを演出するには格好の素材であるぞ」

 なんだかプライドの高そうな職人発言をしているな。

 心の中で、この人を「親方」と呼ぶことにする。

「もちろんそれらも旨い。だが醤油はまた格別だ。特に醤油の味に慣れ親しむと、それなしでは精神の均衡を保てないくらいだぜ」

 俺だけじゃなく、日本人の中にゴマンとそういう人間はいるはず。俺調べ。ソースはない。醤油の話だけに。

「ふむ、貴様は外来の『ヒト』であるそうだな。われらの知らぬ世界の技術があるのやもしれぬ。よほどの自信であるな。完成した暁にはわれにも飲ませるがよい。ついでに作り方を教えろ」

「いや、ゴクゴク飲むもんじゃねえってばよ」

 徴兵逃れか。


 完成したら自分にも、という言葉はなんだったのか、親方はそれからと言うもの、俺の作業にしょっちゅうおせっかいを焼きに来た。

 見知らぬモノ作りに興味があるのか、はたまたここの住人に共通する親切心か。

 どちらにせよ親方の協力もあり、作業が四苦八苦しながらも進んだ。

 何せ酒造りのプロなので、要領を説明すると大豆の仕込みから発酵から、すんなりと理屈を覚えてくれるのだ。

 俺はしばらくの間、夕方は大食堂でおばちゃんたちの調理を手伝い、それ以外の時間は工房に寝泊まりして醤油の作業に没頭した。


 ☆


 そんな幸せな日々が続いたある日。 

「炭鉱に来てる別の村のやつから聞いたんだけどさ、そいつの村にも、ジローみたいに外から来た『ヒト』がいるらしいぜ」

 猫舌くんに新作の冷やしラーメン(肉多め)を試食してもらっているときにそんな話が出た。

 もう一人、いつも世話になっているお礼に今日は親方にも試食名目でラーメンを振る舞っている。

「マジかよ、ラーメン食わせに行きたいな」

 きっとラーメンのない世界でさみしく過ごしているに違いない。

「長老も、会って話を聞いてみればいいんじゃないかって言ってたし、行ってみればいいんじゃねえ?」 

「でも醤油の仕込みがなあ……」

「発酵反応が活発でない今の時期なら数日はわれと工房の他の面子でも品質を確認できるのである。遠慮せずに行ってくるがよい」

 親方がそう申し出てくれた。どうしてここの人たちはこんなに親切で優秀なんだろうな。

「そういうことならちょっくら行ってくるか。醤油が完成してないのが悔やまれるぜ」

 

 と言う流れで、俺は山を二つ越えたところにいるという、もう一人の「外から来た『ヒト』」にラーメンを振る舞う旅に出ることになった。

 往復するとおよそ三日の道のりだという。

 猫舌くんが炭鉱の仕事を休んで案内について来てくれる。

 さてどんな人だろう。どんなラーメンが好きだろう。

 相手が小麦アレルギーでないことを祈るばかりだった。

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