3

 少女の脅し文句に、バラッドは顔を顰めた。

 バラッドは床に倒れるセナンを未練がましく睨み、少女に視線を戻して拳銃をゆっくりと下ろした。



「どうしようというんだ。そのガキと、貴様に何の関係がある……!」



 バラッドの問いに、少女はフッと息を吐きだした。



「――ないわ。初対面だもの」


「だったら、そのガキは置いて――」


は義理堅いのよ。……貴方たち人間と違ってね」



 バラッドには返す言葉が無いようだった。

 歯ぎしりの音が、セナンの耳にも届いた。



「後悔するぞ……。貴様が逃げれば、ルベロンにいる貴様の仲間がどうなるか――」



 バラッドの言葉を遮って、少女がさらに激しく燃え上がった。



「彼らにこれ以上何かするつもりならッ、今すぐこの鉄蛇を鉄くずに変えてやるッッ!!」



 その声音は、地獄より深き場所から響いてくるようだった。

 セナンが聞き惚れた美しい声がまるで嘘のように、悪魔を彷彿とさせるガラガラの声に切り替わる。


 バラッドが息を呑む。


 少女が纏う炎の勢いが、元に戻った。

 少女が瞳を薄く細めてバラッドを睨む。



「……勘違いしない事ね、人間。私が今そうしないのは、ただの気まぐれだってこと。燃やすには惜しいと思えるものが、今ここにあるからよ」



 そう言って、赤髪――いや、炎髪の少女がセナンを振り返る。

 セナンは呼吸も忘れて、少女の橙の瞳をじっと見つめた。



「――セナンッ、無事か……ッ」



 幻想的な空気を破り、突如3車両目側のドアが開く。

 現われたのは大柄な少年ガスと、その足元には小柄な少女ミミの姿もあった。



「――って、なんじゃこりゃあっ!?」


「お、女の人が、も、燃えてるよぉ!」



 驚き、慌てふためく二人の脇をすり抜けて、クロウが床に倒れるセナンに駆け寄った。



「……足を」



 セナンの傍に膝を着き、クロウが呟く。



「あぁ、撃たれちまった……。ッ……」


 

 セナンは気丈に振る舞おうとするが、鋭い痛みに思わず顔を顰めて呻き声を上げた。

 クロウは唇を噛み、ガスを振り返る。



「ガス、セナンを運べ」


「お、おうよ……っ!」



 クロウに呼びかけられて、ガスがとセナンに駆け寄る。

 ガスはセナンの傍にしゃがむと、セナンの脇の下と膝の裏に逞しい両腕を差し入れた。



「持ち上げるぜ、セナン。準備はいいか」



 ガスの言葉に、セナンが頷く。



「あぁ、頼む……っ」


「よっ」



 ガスがセナンを抱え上げる瞬間、セナンの口から抑え込んだ呻きがもれる。



「……撤収だ」


「待ってくれ……」



 セナンがクロウの腕を引く。

 クロウは訝しんでセナンを見つめたが、セナンの瞳に映っているのは炎髪の少女だけだった。


 少女もまた、セナンを横目に見つめていた。

 セナンの言葉を待っているというよりは、事態がどう転ぶのかを見極めようとしているような、そんな視線だった。



「……君も、一緒に……」



 セナンが少女に手を伸ばす。

 セナンとバラッドを除く全員が、困惑を浮かべた。


 確認するように、クロウが口を開く。



「……セナン、彼女は――」



 クロウの腕を掴むセナンの手に力が入る。クロウはその手を一瞥し、再びセナンを見た。


 セナンが、強がるように笑って、クロウと、それから少女を見つめる。



「……俺が、と決めたんだ。君を、ここから……!」



 少女が目を見開いた。

 ミミが「わぁ」と赤くなった頬を抑え、クロウとガスが見つめあって、溜息を吐く。

 クロウが少女を振り返った。



「……ってことらしい。あんたにその気はあるか……?」


「わ、私は……」



 少女は目を泳がせて、口を開きかけたが、ゴーグル越しにセナンの穏やかな眼差しを受けてと口を閉ざすと、観念したように頷いた。



「か、彼には借りがあるから……、と、とりあえず今は、一緒に……」


「決まりだな」



 にんまりと笑って、ガスが言う。

 その言葉に、クロウもミミも頷いた瞬間。



「――待てッ!」



 バラッドの絶叫に近い呼び声が、貨物室内に響き渡った。



「……バラッド」



 ガスに抱えられるセナンが、浅い呼吸で弱々しく名前を呟いた。

 クロウが、ガスが、まじまじとセナンを見つめ、そしてセナンを激しく睨むバラッドを振り返る。



「……セナン、ヤツは?」



 ガスの静かな問いかけに、セナンはゆるゆると首を振り、



「……何でもない」



 と、そう言った。

 バラッドが獰猛にセナンを睨みつける。



「許さんぞッ、お前だけは! セナン・バージャック! 何処までも追いかけて、必ず俺がお前を捕まえるッ!」


「……行こう」



 セナンがガスにそう言うと、異を唱える者は誰もなく、クロウを先頭にぞろぞろと貨物室を出ていく。


 殿しんがりを務める炎髪の少女は、最後にバラッドの様子を見て背筋が凍り付くような感覚を覚えた。


 見えないはずのセナンの姿を、どこまでも捉えているような、狩人の目。

 少女は最後まで気を抜かず、貨物室を後にした。



 セナン一党が撤退を完了し、静まり返った貨物室。


 バラッドが握り拳を床に叩きつける。



「……俺の正義で、お前の正義を粉々に砕いてやる。首を洗って待っていろ……、セナン……!」



 バラッドは、呪詛を吐くように呟いた。



□■□



 セナンを抱えたガスがクロウに続いて外に出ると、外に止めてあった3台のうち1台の車から、薄紫の長髪を靡かせて美しい少女がセナンに駆け寄った。

 苦しむセナンを見て、その少女の顔から血の気が引いた。



「せ、セナン!? 一体どうして……!」



 その勢いに、セナンを抱えていたガスが半歩後退する。



「お、おい、脚を撃たれただけだって、呼吸は荒いけど、命に別状は――」



 ガスが呆れ交じりにそう言うと、薄紫髪の少女は目尻に涙を溜めてガスを睨んだ。



「脚を撃たれたですって!? よくもそんな言い方ができるわねッ! セナンが苦しそうにしてるのにッ!」


「わ、悪かった! 今のは言葉の綾ってやつで……」



 ガスはしどろもどろになりながら、少女を落ち着かせようと懸命に頭を下げる。

 見かねたクロウが溜息を吐いて二人の間に割って入った。



「……イヴリーン、その辺に……」



 が、触らぬ神に何とやら、今度はクロウに少女の怒りの矛先が向く。



「あんたもよ! ガスだけじゃない、クロウ、……それにシオン! あんたたちが居ながらこの有様はないんじゃないの!?」


「……それは」



 イヴリーンと呼ばれた少女の言葉に、クロウは言葉を失った。

 目を泳がせて、言葉を探すクロウ。しかし、結局どれも言い訳だと飲み込んで、クロウは静かに目を閉じた。



「……お前の言う通りだ、すまなかっ――」


「――ミミが、役立たずだから……」



 頭を下げようとしたクロウの言葉を遮って、ミミの涙声がその場に居る全員を動揺させた。



「ミミが、無茶を言ってマルク、とっ、代わってもらっだから……。だがら゛っ……!」



 大粒の涙を零すミミ。

 発端となったイヴリーンが一番慌てて、口をパクパクと開閉した。



「――違う……」



 そこへ、憔悴しきったセナンの声が響く。

 皆の視線が、ガスに抱えられるセナンへと集まった。



「……これは、俺の失態だ……。俺が、……力不足だっただけだ……」


「ゼナン~……!」



 ミミがぐしゃぐしゃになった顔で、セナンを見上げる。



「お前らの……、せいじゃない……」


「セナン……」



 皆が神妙に俯く中、セナンは掠れた声で笑った。



「……全員生きてる。……早いとこ、ずらかろう」



 セナンの言葉に、皆がそれぞれ頷いた。

 イヴリーンがしゃがみ込み、ミミの目尻を優しく拭う。



「……意地悪言って、ごめんなさいね。ミミ……」



 イヴリーンの謝罪に、ミミが鼻水を強く啜って、力なく首を左右に振った。



「ううん……。ミミ、もっと強くなる……」


「ミミ……」



 ミミがと笑うと、心なしか場の雰囲気が明るくなった。

 イヴリーンは咳ばらいをして、クロウとガス、そして2車両目の屋根に立つシオンを見上げてこう言った。



「……その、皆にも……ごめんなさい。私なんか、戦えないのに……。皆の気持ち、考えてなかったわ」


「……いや、イヴリーンは間違っていない。取りあえず、セナンを車に運ぼう。弾を抜いて、手当しないと」



 クロウの言葉に、ガスが「だな」と頷いてセナンを車に運んでいく。

 そこでようやく、イヴリーンの興味が炎髪の少女へと向けられた。露骨に歓迎しない眼差しで、少女を見つめる。



「……で、こっちのメラメラしてる女は何?」



 イヴリーンに人差し指を向けられた炎髪の少女がむっと顔を顰める。



「私は……」


「……自己紹介は帰り道で頼む」



 クロウが面倒くさそうに眉間をつまんで呟いた。

 イヴリーンと炎髪の少女は互いに何か言いたげだったが、有無を言わさぬ空気を読んでか口を閉ざした。


 クロウはそんな二人の様子に深い溜息を吐き、そして気が付いたように炎髪の少女を振り返る。



「……ところであんた、その炎は……、その、のか?」


「できないことはないですけど……」



 首を傾げる炎髪の少女に、クロウが続ける。



「……3台とも普通の車なんだ」


「……はぁ」



 いまいち分かっていない様子の少女に、イヴリーンが腰に手を当てて言い放つ。



「要するに、――ってことよ」




 スマート・キング・ルベロン号の乗客が騒然として、わらわらと外に出てくる様子を見ながら、助手席で物憂げに風に吹かれるマルクは、後部座席で必死に悲鳴を堪えるセナンと、その手当をするシオンをちらりと振り返った。



「ぐうッ、うっ、あ、はぁッ……!」



 咥えていた耐熱グローブが、セナンの口から車内に落ちる。

 シオンはピンセットで摘まみだした血まみれの鉛玉を走る車の外に放って、セナンの額を布で拭った。



「弾は取った。もう安心で御座る」


「はぁ……、はぁ……。シオン、助かった……」



 ぼんやりとした眼差しで、シオンを見上げるセナン。

 シオンは無表情を微かに和らげ頷くと、救急箱から包帯を取りだした。



「次は止血。膝を少し曲げるで御座る」



 シオンは言って、セナンの右足をほんの少し折り曲げた。

 セナンが呻く。

 苦しむセナンから目を逸らし、マルクはドアの縁に肘をついた。



「……まさか、



 マルクの呟きは、風に乗って消えてしまう様な小さな声だったが、耳のいいセナンにはその言葉がしっかりと届いていた。



「……負け、てねぇ……っ」



 マルクは少し驚いたようにセナンを振り返った。



「……ぇ、っと。……けど、勝ってもないだろ?」



 言葉を選ぶような間を誤魔化すように、マルクは茶化す。

 セナンは拗ねたようにそっぽを向いた。


 気まずい沈黙。

 「でも」と車を運転するジオが、ぽつりと言った。



「セナンさんが手こずるような奴が出てくるなんて、思ってなかったっす」


「……確かにな」



 黙りこくるセナンの代わりに、マルクが相槌をうった。



「セナンさんがそいつを抑えてなかったら、全員無事じゃなかったかもしれないっすね」



 淡々と核心を突くジオの言葉に、誰も何も言うことができなかった。




 セナンたちが同乗する車の後方。

 追随する2つの車両のうち1つでは、ギスギスした空気が漂っていた。


 前傾姿勢でハンドルを握るイヴリーンの顰め面を横目で確認して、クロウが小さく溜息を吐く。

 後部座席には大きな布で身体を包んだ赤髪の少女が乗っていた。


 イヴリーンはバックミラー越しに少女を睨み、低い声音でこう言った。



「……、セナンに何言われたか分かんないけど――」


「フォティア・サラマンドラです。先ほど自己紹介したはずですが、名前で呼ばないのであれば無意味ではありませんか」



 ツンとしたフォティアの声音に、イヴリーンの眉根が更に寄る。

 クロウは肩をびくつかせ、我関せずとばかりに外の景色をじっと見つめることに専念した。



「良い度胸だわ……。じゃあ、フォティア。勘違いしないように言っておくけど、セナンは別にあんただから助けた訳じゃないのよ」


「……別に、そんな風には思ってませんが。ただ彼は……、セナンは、私が人でないと知って猶、『一緒に』と、そう言ってくれて……」



 フォティアは自分の事を『盗む』と言ったセナンを思い出して、顔を隠すように俯いた。



「……セナンはね、そういう人なの。誰にでも優しくて、困ってる奴を放っておけない。誰にでも手を差し伸べる、そういう人……」



 イヴリーンは少し寂しそうに、しかし自慢げにそう言った。

 クロウが外を見たまま静かに微笑み、フォティアはイヴリーンの背中をじっと見つめた。



「――だから勝手に一人でんじゃないわよっ!」


「盛り上がっ……!? 私はそんなつもりじゃ……!」



 フォティアが赤面し、運転席に身を乗り出す。

 「どーだかねぇ」と嫌らしく笑うイヴリーンと、そんな態度を詰るフォティアを見て、クロウは二人の相性が良いのか悪いのか分からなくなった。




 クロウたちの乗る車の横を走る最後の1車両。

 ガスと並んで後部座席に座るミミが、運転席の方を見つめて首を傾げた。



「――精霊さん?」



 ミミのオウム返しに、運転席に座るモヒカン頭の少年がハンドルを握りながらコクリと頷く。



「ああ。いつか、何かの本で読んだことがある。精霊ってのはほとんどが人間よりも小さい体しか持たないが、より強い力を持つ精霊の王や、その縁者は人間と変わらない容姿をしていると。精霊によっては巨人とも呼べる背丈の者もいるらしい」


「ってこたぁ、あのメラメラ姉ちゃんはその精霊の王とやらの縁者ってことか」



 ガスが顎を擦って頷くと、ミミが瞳を輝かせた。



「お姫様!?」


「そんなとこだろうな」



 モヒカンの少年が笑って頷くと、ガスが眉をひそめて首を捻る。



「でもよ、そんな奴がどうしてルベロンの奴らに捕まってたんだ……?」


「知らないのか? 程度はあるが、今は何処でも精霊は人間に隷属してるんだ。火・水・風・土、どれも人間の暮らしを豊かにするのに欠かせないからな。精霊を使えば、効率もいい。ルベロンは中でも、近年精霊狩りにご執心だ」



 モヒカンの少年がそう言うと、ガスとミミは揃って表情を沈ませる。



「俺らと同じ……、いや、場合によっちゃそれ以上かよ……」


「かわいそう……」



 モヒカンの少年はイヴリーンと揉めている様子のフォティアをちらりと見て、小さく呟く。



「ま、あれがそれだけの目的で捕らえられたのかは知らないけどな……」


「でもっ、セナンが助けたよっ!」



 鼻息荒くミミが言うと、ガスが「だよなぁ!」と大声で笑った。

 ガスの豪快な笑い声を真似して笑うミミ。二人でひとしきり笑うと、ガスが「それにしても」と、モヒカンの少年の背中を見た。



「やっぱりペイスは物知りだよなぁ!」


「だよなぁっ!」



 ミミがガスを真似ると、ペイスと呼ばれた少年が微妙な表情を浮かべた。



「お前らだけじゃ不安なんだろ、セナンもよ」


「つまり、俺らは三人でバランスが良いってことだよなぁ!」


「だよなぁっ!」



 ペイスはフッと息を吐き出すと、笑みを含んだ声で「かもな」と短く頷いた。

 そしてすぐに顔を引き締めると真面目な声で、



「俺も一つ、知りたいことがある」



 と言った。

 ガスもペイスの雰囲気が変わったのを肌で感じて、明るい笑顔を引っ込めた。沈黙をもってペイスの言葉を促す。



「セナンに手傷を負わせた奴。一体何者だ?」


「バラッド……とか言う奴だ。俺も詳しい事は知らねぇが、雰囲気からしてただモンじゃなかったぜ」



 ガスが腕を組んで答えると、ペイスは考えるように沈黙し、



「……となると、騎士ナイツ……、もしくは聖騎士パラディンか。何にせよ、厄介な連中と乗り合わせたな」


「セナンが居なけりゃ、どうなってたか……」



 ガスが神妙に呟くと、ペイスは一つ咳ばらいをした。



「ここだけの話なんだが、いいか」



 ペイスが言うと、ガスとミミが顔を見合わせる。



「なんだぁ? 改まって」


「ああ。今回の作戦なんだが、妙だと思ってな」


「妙?」



 ガスが首を捻ると、ミミも首を捻った。



「ブリーフィングの時点で、見張りが何人かいることは分かっていたよな」


「ああ、それでセナンは奇襲を――」



 ガスの言葉を遮って、ペイスは「なのに」と言葉を続けた。



「どうして、ナイツの情報は無かった? その上、直前で突入部隊の編制を変えたよな? 結果的に、ミミにとって最悪の初陣になっちまった」


「そりゃ、いつも相手の戦力を正確に把握できるわけじゃねぇだろうし……。行けると思ったから、ミミを出したんだろ?」


「……だったらいいがな、俺は引っかかるんだよ。情報不足ならそれなりに対処のしようもあったはずだ。第一、ミミに経験を積ませるにしても、やりようは他にいくらでもあるだろう?」



 責められているわけではないにせよ、ミミは己の無力さを痛感して膝を抱えた。

 だが、ガスはそんなミミの様子にも気が付かず、ペイスの背中をじっと見つめていた。ガスの頬を冷や汗が伝い、顎先に溜まって落ちる。



「……お、おい。待てよペイス……。それじゃ、それじゃあまるで、俺らの中の誰かを疑ってるみたいじゃ……」


「――だから、ここだけの話なんだ」



 ガスは言葉を失った。

 ペイスはガスの表情を窺って、さらに言葉を付け加える。



「セナンが生きて戻ったことを、心の内で残念がっている奴が、俺らの近くに居る気がするんだ」


「……目処は、付いてんのか」



 ガスが爪を噛みながら、静かに言う。

 ペイスが頷くと、ガスは絶望を瞳に浮かべた。



「とはいえ、証拠があるわけじゃない。少し……、いや、俺の中でかなりってだけだ」



 ペイスの気やすめに、ガスが両手で顔を覆う。そのまま、感情を飲み込むように大きく深呼吸したガスは、ギラギラした瞳でペイスの横顔を見つめる。

 普段と様子の違うガスに、ミミが少し怯えた顔をした。



「誰なんだ」


「……言ってもいいのか?」



 覚悟を試すようにペイスが言うと、ガスは黙って頷いた。



「……一人で突っ走らないと、約束してくれ。ガス」



 もったいぶるペイスに、ガスが呆れる。



「するっての! 気が変わらない内にさっさと教えろっ、お前が言い出したんだからな、ペイス!」


「あ、ああ……」



 ガスに痛いところを着かれて狼狽えるペイス。重たい口を開きかけたところで、



「――あッ! やっぱり、ま、待て待てっ!」



 と、どういう訳かガスが慌てて止めに入った。



「……なんだ」



 今度はペイスが呆れた声音で呟いた。



「み、ミミにも聞かせんのか……?」



 不安そうにガスが言うと、ペイスは振り向きもせずにこう言った。



「当然だ。ミミも仲間なんだからな」


「け、けどよ……」



 不安そうにミミを見つめるガス。

 対するミミは、鼻息荒く両手の拳をぎゅっと握る。

 


「ミミ、聞くよ! 仲間外れはもうやだもんっ!」



 そう言われると、ガスには反論の余地がない。しょんぼりと肩を落とし、



「……聞かせてくれ」



 と呟いた。

 ペイスは頷くと、今度は迷わず静かな声で、



「……うちのだ」



 とそう言った。

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