主役度 ★★★★☆

在職日数24日目

 太郎が森乙女(フォールネス)集団に攫われてから一晩、結局のところテダンどころか助けに来る音沙汰すらない。初老の異世界人は心細さを久々に味わった。


「湿気があるからですかね。少し冷えますね。……孤独死って、こんな感じなんでしょうか」


 それならばより一層社会福祉に力を入れて……。ご老人もそうですが、以前の、子どもに対しての政策も考えねばなりませんね。


 そのようなことを考えているうちに、だんだんと空は白んできてしまう。また朝が来るのだ。ちなみに夜、この開けた場所で見た月も三つ、しっかりと確認できた。もしや窓ガラスに何かか写っていて三つに見えただけかもしれないと一縷の期待をしていたのだが、そうではなかったらしい。


 しかし仕様がない。ここはそういう世界なのだ。あまりそういった言葉で片付けるのは好きではないが、納得し受け入れなければ世界が進まないこともあるだろう。早く日本へ帰って、国民のために働かなければ。数えてみればもう二カ月近くになる。そろそろこのソルアンジェルス大陸とも別れるときが来るのだろう。


「ん……、何やら騒がしいですね……?」


 バタバタと下の階で粗暴な足音が聞こえる。恐らくここは彼女たちが必死に作った客間で、高い所に作られていた。部族に相応しい、高床式である。豪勢な食事を摂らされて、夜になるからとここに押し込められていた。

 しかし吹き抜けなので、居心地は最悪だ。それに見張りが多く付けられていたので、心休まる雰囲気ではない。ぼうっと星を見つめるだけの時間を過ごしていたのだ。


「ソーマスク、起きているか!?」

「ふぇっ!? な、何事です!?」


 ノックの文化があるのか不明だが――少なくともライランはノックしてくれていた――、ベトがずけずけと部屋に入ってくる。余談ではあるが、太郎の趣味とはまた違うけれど、彼女たちの衣装は肌の露出が多くて目のやり場に困ることがあった。

 太郎は夜伽前の乙女よろしく、葉っぱのシーツを胸元に引き寄せる。


「矢文だ。破壊派から宣戦布告が届いた。ゴーダの子孫を巡って戦争を起こす」

「え、ええっ!? そんな、困りますよ!!」

「そうだな。ソーマスクは我々と一緒にいたいだろう。案ずるな、必ず勝つ」


 まるで兵士だ。彼女らにとってその認識は間違っていないのだろうが、それでも女性を矢面に立たせることには気が引ける。若干話の軸はズレているものの、それでも男として渋く感じた。


「神輿はやめだ、ソーマスクは籠に入れよう。皆の者、準備を!」

「ま、待ってください! その……神輿は何かと問題があるので乗れませんが……籠も必要ありません!」

「ならばどうするのだ?」


 太郎は緊張で唾を呑み込み、意を決して戦場に臨むことにする。数秒考えたがここにはタクシーはない。ならばしょうがないと老体に鞭打って、歩きで向かうと公言した。


「ならアタイの背中に乗りな。歩くより早い」

「そっ、それは――うひゃっ!?」


 否定するより早くベトは太郎を背負って駆けていく。息を呑むほど素早く、下ろして、との要望も喉の奥に引っ込んでしまった。

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