在職日数6日目

「まずは魔獣科からお見せしましょう。魔獣は人に好意を持つ者もあれば、敵対心を燃やす者もいます。従える魔獣の反発心が強ければ強いほど、魔導士の力は高いと言われています」


 医務室のドアを出て真っ直ぐ、左手側は吹き抜けになっており、朗らかな庭が現れる。風があるのか、植物がざわざわ揺れていた。こちらにはそこまで強風は来ないのだが、そういう造りをしているのだろうか。


「あー、あまり見ていると、木の実を投げられますよ」


「えっ?」

「あれはチェスナッツ・マンドラゴラモドキ。シャイなので木の実を投げられますが、死ぬことはありません。モドキなので根も動きませんし。……当たると痛いですがね」


 ガサガサと幹をゆすったかと思ったら、確かに何かの物体が飛んできた。太郎に当たることはなかったが、石壁にぶつかり足元にコロリと転がる実は、何本もの棘が突出している。まだ青いが、ところどころ茶色く実っていた。


「ははぁ、栗ですか」


 爆ぜた間には艶やかな栗の実。好物だが、謎の生物――いや植物か?――から投げられたものを食す勇気はない。残念だが素通りしてライランの後に続いた。


 やがて突き当たりに重厚な扉が見えてくる。深い赤銅色の金属で出来ていた。扉の横には、何やら記号が彫られたプレートが掲げられている。


「発言は翻訳していましたが、書き文字はまだでしたね。少し目をこちらに向けていただけますか?」


 言われて太郎は迷ったが、渋々素直に従った。日本人特有なのか、他人と目を合わせるのはあまり得意とは言えない。議員やマスコミにも視線を外して答えることがしばしばあった。


「終わりましたよ。これで文字も読めます。伝言だけだと、何かと不便ですからね」


 まるでトンボでも捕まえるかのように、数回小指を回される。不意に来た行為であったので、若干身を引いたが、すぐに終わってくれたようだ。しかし実感はないが変なことをされたのでは、という疑念は拭えなかった。


 しまった、もしかしたら良いように操られてしまったのでは。とも頭を過ったが、自分の意志で体も動かせるし、第一そんな超常現象は有り得ない。


 試しにプレートを読んでみると、確かに『魔獣科』と書いてあるように見える。おどろおどろしい内容なので、あまり見たくはなかったが。


「少し見ていただければ分かりますでしょう。大丈夫、良く躾けられていますから」


 呆然と立っていたのを見兼ねて、ライランは扉を少し開ける。頑丈そうな鉄門扉の割には、意外とすんなりと隙間を作ってくれた。実はこれも魔術が掛けられているのだが、そこは太郎の知るところではない。自由に学園内を行き来できるように、後で魔符でも渡しておこうとライランは思うのだった。


「こ……、これは――!?」


 こそっと青年の後に覗いてみれば、やはり生体実験場と思われる光景が広がっていた。目を何度もしばたたかせてみるが、その異様な景色に変わりはない。これがこの世界では普通なのか? とてもじゃないが、ついていけない。


「この学園にいる限りは魔獣に襲われることはないでしょう。こういう生き物がいるんだな、程度に思っておいてください」

「はぁ……?」


 とは言われても、全く実感がないので理解に苦しむ。安全そうに見える獣も、皮を剥げば凶暴なものに変わるのではないだろうか。そういえばライランもネコかコウモリか分からない何かを飼っていた。ほとんどネコの形をしていたが……、ちらちらと見遣ったがペットはどこかに置いてきたようだ。


「……? あぁ、カターナですか? あれはわたしの部屋で昼寝でもしていると思いますよ。見たいなら呼び出しますが――」

「いっ、いいえ、結構です! あの、もういいでしょうか!?」


「そうですね。では次へと参りましょう」


 彼は扉を閉めると、また歩き出す。今度は右に曲がった通路を道なりに進み、次の突き当たりまで向かった。プレートには『鋳造・加工科』の文字が変換されている。


「ここでは主に魔道具の生成や管理などを行っています。宝石や貴金属に宿る自然由来のものと、魔獣から採れる動物由来のものがあります。彼らが作ったものは自分たちのみならず、大陸全土に行き渡るのですよ」


「ははぁ、職人と言ったところですかな」


 先程の魔獣科とは違って、こちらは人間だけだったので、少し安堵する。魔道具という言葉については深く考えないようにしたが、まともそうな生徒たちだ。各々真剣に工作を行っている。将来有望な匠になるのだろう。


 自分の息子も手に職を持った方が……、いや父と同じ政治の道を選んでくれるのも嬉しいものだ。政治家とは言わないまでも、例えば公務員や弁護士などを目指してくれても構わない。間違っても、こういう世界で良く分からない魔法使いなどを目指すことはあってはならない。

 ということは、自分がここへ来たのは、あながち間違いでもなかっただろうか。


 太郎はうんうんとひとり思案し、ライランを好奇の目にさせていたことに気付かなかった。きっと少し気に入ってくれたのだろう。魔力がないから、魔道具の外枠を作る技術を持って帰ってもらっても良かった。


「よろしければ、少し差し上げましょうか?」

「は!? いえいえ! そういうことを考えていたわけでは――!」

「いいじゃないですか、減るものでもないですし」


 むしろ増えているが、それとて逆に困る。立場上何かをいただくことはあるにはあるが、何かと全部貰うわけにもいかないのだ。特に金銭やそれに準ずるものは、頑なに拒否することにしている。


「これなんかどうですか?」


 ライランが差し出した物も、そうとう高価だと思われた。金を細く伸ばした籠のようなものの中に、水色で透明の宝石が固定されている。金メッキだとは思うが、石は拳大くらいはあった。

 これはさすがに受け取ることはできない。


「いやぁ、素晴らしいとは思いますが……申し訳ありません。わたくしの立場上、そのような立派な品をいただくわけにはまいりません」

「そうですか? けっこうよく手に入る素材で作ってあるんですがねぇ……」


 まじまじと観察するように手元の魔道具を見る。見たところ金とアクアマリンだし、そこまで採りづらいものでもなかった。鉱石は至るところで採れるので、そこまで高価でもない。この世界では魔獣から採れる材料の方が貴重であることを、双方は知らないのだ。


「んー、ではこれはどうです? ミドルドラゴンのヒゲです。紙に包んで焼けば煙草にも、持っていれば魔符代わりにもなりますよ」

「ド……、ドラゴンですか!?」


 ライランが持っているのは、親指ほどの大きさのハーバリウム。その中に大根のひげ根のようなものが詰まっている。いやいや、さすがに本物というわけではないだろう。


 ネコや綿毛などといった生き物たちは目の当たりにしたものの、太郎の思い描いているイメージとはかけ離れているし、ドラゴンと言ってもトカゲみたいなものだ、きっと。


「お守り代わりですよ。タロウさんも心細いでしょうから、これが守ってくださります」

「は、はぁ……」


 見たところそこまで価値のあるようなものには見えないし、これくらいは受け取ってもよさそうだ。向こうの好意でもあるし、あまり無下にはできない。この世界での心のよりどころがコレとは、しかし何とも心細いものであった。


「さて、お次はいよいよ魔法科ですね! タロウさんもそろそろ楽しくなってきたんじゃありませんか?」

「楽しくなんかなりませんよ……」


 懐に入れてみたはいいものの、あまり落ち着くものではなかったし、楽しくもならない。溜息混じりに答えてみたが、ライランの耳にはほとんど入ってはいないようだ。目を丸くして意外だ、とでも言いたげだった。


「そうですか? だんだんと慣れてきますよ。去年の子は目を輝かせていたんですがねぇ」


「去年の……って、日本の子ですか?」

「ええ。彼は魔法科で一通り魔術を習っていきました。魔獣も強いファスファラス=タイガーを従えて帰りましたよ」


 なに……? ファス……、タイガーとは虎か。そんな危険生物を、我が国民が? と言うより、ここは若者を危険に晒すような場所なのか?


 それなら、もしかして今年で終わらすように交渉すべきではないだろうか。

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