#34 予想外の来訪者

 照明がすべて消灯され、プロジェクタだけが光源となった薄暗い室内に、創平の輪郭が黒い影となって浮かび上がる。


 その黒い影が普段よりも落ち着いた口調で、


「プロジェクトの成否をはかる基準は様々です。知的財産IPの確立、新たな顧客層の開拓、新たな価値の創造、人材育成、ノウハウの構築……まぁ、なんだかんだ言ったところで、利益に勝るモノはありません」



【ユーフォー・アタック 定年イベント企画提案書】



 ワイヤレスプレゼンタでも用意していたのか、創平の口上とリンクするように、スクリーン上へ企画タイトルが映しだされた。


外様とざまの僕が言うのもなんですけど、これまで実施されたユーフォー・アタックの周年イベントは、そういう意味ではすべて失敗続きでした」


 不躾な物言いに、土岐が苦笑する。


「まぁね。はっきり言って、ぜんぶ大赤字だったし――なんでだと思う?」

「顧客モデルの設定不足。それ以外の理由もつき詰めれば山脈1個分くらいありそうですが、悪口にしか聞こえないかもなので、いまは止めておきましょう」


 1ミリも遠慮が感じられない物言いに、土岐が座ったまま楽しげに足をバタつかせた。


「くふふ。創平くんの持論だよね。誰に・どんな体験を与えるか、だっけ。さてさて、実例を拝聴するのは初めてだなぁ」


 創平のシルエットが一瞬だけ小さくなったのは、頷きでもしたからだろう。そして、


「どういった体験を与えるか――つまり実装すべき仕様ですけど――も、今回のケースでは重要なファクタになります。土岐さんならすでに解ってるでしょうけど、本作は移植・リメイクを含めれば商品タイトル数だけで33タイトルも市場に公開されちゃってまして……」


 机に両肘をついた土岐が、大きくため息を吐いた。


「うん、そうなんだ。遊びそのものが摩耗しきってるんだよね」


 スクリーン上の表示が、土岐の言葉に合わせるように次のスライドへと切り替わる。


「話が早くて助かります。そういった訳で、プロジェクトを成功させるためのポイントは2つ――適切な顧客モデルを定め、かつ彼らの購買欲をかき立てるような体験を付加させることだと僕は仮定してみました」



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開発コンセプト


●誰に?

当時の熱狂をなつかしむ世代。

65歳以上の男性がターゲット。


●どんな欲求?

自分のペースで気軽に退屈を解消したい。


●どんな便益性?

かつての思い出を「新体験」させる。


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「これが新しいユーフォー・アタックの開発コンセプトです」

「……体験の付加、だから、新体験っと…………はっはぁん」


 食い入るように画面を凝視していた土岐が、イタズラを思いついたような表情を浮かべて、


「つまり創平くんは、ユーフォー・アタックを再起動リブートさせようって魂胆なの?」

「ぶっちゃけるとその通りです」


 土岐が腰を浮かせ、椅子に深く座り直す。


「たしかに、これまで遊びそのものに手を加えることはしてなかったなぁ。初代オリジナルが偉大すぎたってのもあるけど――」

「アレンジしようがないほど、仕様がシンプル過ぎることも起因してますよね」


 ハッキリとは見えないが、創平の声に苦笑しているようなトーンが感じられた。土岐はほっそりとした顎に手を添えると、


「しかしまた、ターゲットが定年退職者って……これ本気かい?」

「当然。今回の企画だけに絞るのであれば、このチョイスは『アリ』だと判断しています。この年代のターゲットって、時間と金があり余ってるヒトが意外に多そうなんですよね」

「ソースは?」

「先週の空き時間に、久利生さんと街頭突撃インタビューして調査しました」


 タイミングよくスライドが切り替わって、アンケート結果をまとめたページが表示される。土岐は目尻を下げながら、


「これ、あとでレポートそのものも見せてちょうだい。すっごく読んでみたい…………で、で? 独自の特徴プロダクトアイデアはどうしようっていうんだい? うわぁ、ものすごく気になるなぁ」


 座ったままモジモジする土岐を見て、創平が軽く咳払いした。


「その前に、ちょっと伺いますけど――土岐さんは『守破離』って聞いたことがありますか?」

「京都のおいしい日本酒でしょ?」

「いや、違くて……どれだけ脳がアルコールに浸ってるんですか」


 呆れ顔の創平がため息をつく。


「守破離っていうのは、伝統芸能の発展や進化のプロセスを示した表現で、えっと――」

「芸事って、歌舞伎とか?」

「あ、そうそう。あとは茶道だったり……よっと」


 創平はスライドショーをいったん閉じて、真っ白なスライドをスクリーンに表示すると、テキストでなにやらメモを書き出していった。



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守:オリジナルを忠実に再現。

破:より面白くアレンジ。

離:経験を活かし、新たな作風オリジナルを作る。


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「簡単にまとめるとこんな感じですかね。ひっくるめて『型』って呼ぶんですけど」

「へぇ~、こんなの良く知ってるねぇ」


 感心というより、どこか楽しげに土岐がつぶやく。創平のシルエットが一瞬だけ、また小さくなった。


「日本の伝統芸能って、考えようによっては何百年も続くナンバリングタイトルみたいなものじゃないですか。知的財産IPを長く保持できるよう、過去の先達たちが考え抜き実践した英知の結晶こそが、『守破離』っていう型に凝縮されているんです」


 ふんふん、と土岐が相槌をうつ。


「型を知らず、土台がない状態でメチャクチャにされたコンテンツを『型なし』。型を学び、土台がある状態でプラスの付加価値をつけたものは『型やぶり』と呼ばれます。我々の目標はもちろん、型やぶりなユーフォー・アタックの創造です」


 挿入されたページが閉じられ、新しいスライドに切り替わった。



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プロダクトアイデア


守:オリジナルを忠実に再現

  → 1画面固定のシューティング


破:より面白くアレンジ

  → 複数人でハイスコアを競うバトルロワイアルモード


離:経験を活かし、新たな作風を作る

  → (見てのお楽しみ!)


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 スクリーンを注視していた土岐が、楽しげに笑い声をあげる。


「くふっ! なんだい、最後のコメントは……さっきから、ちょいちょいツッコまずにはいられない表現があるんだけど、こういうのが創平くんのプレゼンテクニックなの? それとも焦らし?」


 創平が肩をすくめて、


「いえ、文字通りの表現ですよ。言葉よりも適切な伝え方があると思ったから……とりあえず、土岐さんには先に体験だけ済ませてもらいましょうか」


 土岐が不思議そうな顔で「なにを?」と見返した。すると――唯一の光源だったプロジェクタの電源が切れ、室内が真っ暗闇になる。窓の外から差しこむ月や電灯の光が、土岐には妙に明るく感じられた。


「おいおい。なんだよ、創平くん。ビックリするじゃない、……か? ――って、んん!? な、なんだよ、アレはっ!?」


 おどけていた土岐の声色が、いっきに裏返って緊迫したものになる。ガンと鈍く響いた音は、椅子が倒れでもしたのだろう。


 土岐(と思われる小さな人影)が、一目散に窓辺へ駆け寄っていく。


 そして、外に広がる光景――会社の上空に、無数のユーフォーが編隊を組み、まさに降下しようとしている――を目の当たりにして、土岐は呆然と見入っていた。

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