#28 ロケハン日和

 大きさも形も雑多な人影が、ひっきりなしに視界を横切っていく。


「じゃあ、あの……柱に寄りかかってスマホを見ている女性の職業は?」

「ん~、む、む、む、む……」


 創平が指さした1人を、久利生は眉間にシワを寄せてジッと睨みつけた。暫くしてペチンと指を鳴らすと、


「見えたっ! 今日はお休みで彼氏と待ち合わせ中の営業職っ!」

「根拠は?」

「身なりがちゃんとしてるっス。つまり、定職があるってことっス」

「ふんふん」

「ネイルが派手だし、ヒールも履きなれてる感じがするんスよ……つまり、ヒトと対面する機会が多くて、なにかを売り込むような仕事だって思ったっス。経理だとそんな恰好じゃ仕事になんないし、月〆処理で今日は休めるハズないんスよね」  

「へぇ、鋭い視点じゃない」

「え!? むふふ……やっぱ、そう思います? ただ、髪とか服の色は落ち着いた感じなのが――なんだろ、これから会う男の好みっスかね? だったら爆発しろ」

「絶好調じゃない。続けて」

「あとは……うーん、もうギブ、思いつかないっス――どうスか? 遊部さんのご意見は?」


 満面の笑みでふり返る久利生に、創平は小さく咳払いすると、


「この道二十年のベテラン声優さん」

「え! ……あ、はぁ!?」


 断定するような物言いに、久利生が両手を握りしめて詰め寄っていった。


「なんで? どうして分かったんすか? 遊部さん、もしかして声豚さんだったんスか?」

「ちがう。失礼だな、キミは……以前、ゲームの収録に参加してもらったから、覚えてたんだよ」


 創平は食ってかかる久利生を「どうどう」と手で制すと、証拠とばかり声優事務所のプロフィール画面を表示したスマホを見せた。そして、


「池袋って、何個か音声収録スタジオがあってね。どれも小さいけど、ゲームやアニメの収録には、いまだに結構需要があるんだよ」

「マジっすか、知らんかった……」

「で、いまはマネージャと合流待ちじゃない? 手荷物がないのは……あぁ、オーディションに参加するのかな。スマホで見てるのは、今日テストする台詞じゃない? すごく欲しい役柄なのかもしれないね。見てごらん、今も口が少し動いてる――ギリギリまで練習してることから、彼女の真摯な人柄がわかるよね」


 久利生は不満げに頬をふくらませると、


「もぉー、ずーるーいー! 知ってるヒトだったら、分かって当然っスよー!!」


 そばにいた通行人の何人かが、ギャアギャアと騒ぐ2人(正確には久利生だけ。創平は声もなく笑っている)を怪訝そうに見て、何事だと迷惑そうに眉根を寄せた。



 ユーフォー・アタックのコンセプトを探しだして二日目の水曜日。

 時刻はそろそろ11時を迎えようとしている。



 創平と久利生はゲームセンタを視察するため、今日は朝から池袋に直行していた。2人はJR池袋駅東口――いけふくろう前の階段上にあるスペースで人間観察をしながら、時間を潰していたところである。


 創平がチラリと腕時計を見て、


「開店時間からけっこう経ったけど、そろそろ現地に向かわなくて大丈夫?」

「あぁ、はいはい。そっスね。歩いてれば丁度いいかも。それじゃあ、行きましょっか」


 そう言って、久利生は慣れた調子で街を歩きだす。不慣れな創平を先導するつもりなのか、たわいもないことを話しつつも、時折ふり返っては創平の姿を確認する様子が健気さを感じさせる。



 天気は快晴、ロケハン日和。

 街は平日だというのに、大勢のヒトで賑わいを見せていた。



 今日は会社に帰社するつもりはなかったので、創平はジーンズにパーカと普段よりカジュアルな恰好をしている。久利生はスカートに薄手のシャツを着て、ややアメカジ寄りの装いだ。


 しばらくして、あまりの人いきれに創平がウンザリしながら、


「久利生さん。視察だったら、新宿でも良かったんじゃない? 有名な店もあるし、久利生さんも小田急線だから、そっちの方が近かったでしょ?」


 久利生は口もとに指をあて、


「んー、交通の便だけなら、そうなんスけどね。来場者の内訳を考えた場合、こっちの方が理想的かなって」

「どうして?」

「池袋の客層のほうが、平日と休日で差が少ないんスよ」

「へぇ、それは知らなかった」

「えっへへ。入社研修でいろんなゲーセンに行かされたんスけどね、その時のこと思いだしたんスよ。だから――」


 お客さんの顔を見るなら、こっちの方がいいということなんだろう。人混みをうまく避けて歩きながら、久利生が得意そうに微笑んだ。


「それに筐体の種類だって、新宿より池袋のほうが豊富だって知ってました?」

「ふぅん……遊びのチョイスが多いってことは、それだけ多様なニーズがある証拠なんだろうね」


 予想外に行き届いた配慮に、創平は思わず感心する。土岐が久利生のことを気に入っている素振りを見せていたが、どうやらそれも伊達だてではないらしい。



 そうこうしているうちに、早くも目当てのゲームセンタにたどり着いた。全8フロアを誇る大型店――池袋でもっともゲーム機器が充実している(らしい)、トウア社直営店舗である。


 開店時刻から一時間、ヒトの『入り』は上々――とはいいにくい盛況ぶりだ。創平は店内を物珍しそうに見渡しながら、


「どこもかしこも、プライズばかりだね」

「このフロアはそっスね。今だとエレメカがゲーセンの収益の主軸になっちゃってますから」

「いわゆる筐体ってどうなの?」

「だいたいがお店の奥とか、二階とか……」

「導線としては弱い場所にあるのね」


 きっぱりと断定され、久利生は苦笑する。創平はお構いなしに店内を進むと、二階へ続く階段を上っていった。久利生は小走りに追いかけると、


「遊部さん、アレ、アレ」


 階段を上がりきったすぐ側の筐体を指さす。ポップを見るかぎり、対戦型のカードゲームらしい。


「このゲーム、トウア社うちの新作なんスよ」


 創平が「へぇ」と嘆息して、興味深そうに覗きこむ。マッチング中の演出なのか、自社広告CMをディスプレイに表示しているシーンが印象的だった。


「これって、ガチの広告だよね。待ち時間をうまく活用しようって考えなのかな」

「あ、それ、特許申請したらしいっスよ」

「こんな演出も特許申請できるんだ……どこに需要があるんだろう?」


 創平は腕を組んでジッと眺めている。アーケード筐体はそれ自体がひとつのハード――つまり特許の塊だと言う。だからリリースがコンシューマに比べて、段違いに遅くなってしまうという弊害をもっていることを、創平は学んでいた。


 久利生は唐突に黙ってしまった創平を催促するように、


「じゃあ、今日一日かけて、いろんな店を視察してみましょっか。目標はもちろん――」

「あぁ、そうだね。アーケードのお客さんの動向をみて、企画案に使えそうなニーズを探らないと」


 創平はごそごそと背負っていたバックを漁りながら、


「ここってトウアの系列店だけどさ、お客さんの撮影って大丈夫かな」

「……ん? 記念写真でも頼むんすか?」

「いや、客層を測る資料にしようと思って。ナイショで記録を採りたいだけ」


 創平がスマホを掲げるのを見て、久利生は苦笑を浮かべると、大げさにため息をつくジェスチャをした。


「遊部さん。それ、どう前向きにとらえても盗撮っスよ。ちょっと待っててください、店長さんと顔なじみだから、スタッフにだけは話を通しておくっス。近ごろのゲーセンは防犯ガチ勢っスからね。無許可で撮影してるのバレたら、お巡りさん呼ばれるっスよー」


 久利生が店の奥に向かって走っていく。バツが悪そうに見送っていた創平だったが、近くに設置されている灰皿を目ざとく見つけると、そそくさと無言のまま喫煙態勢に移ろうとしていた。

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