VOL.8

『あら、やっぱり貴方だったの?』

 15分後、最上階フロアは駆け付けた兵庫県警の銃器対策課やら、マル暴やら、機捜やら、鑑識やらで一杯になり、俺はコワモテの刑事達に囲まれ、定番の嫌味や恫喝おどし文句を聞かされていると、耳に馴染なじんだディートリッヒばりのハスキーボイスが飛び込んできた。

 

 そこにいたのはコーヒー色のパンツスーツにグレーシルクのインナー。警官オマワリにしとくには勿体ないようなプロポーションとマスク・・・・そう、”切れ者マリー”こと、五十嵐真理警視だった。


『なんだ。あんたか。どこにでも顔を出すんだな』

 日頃雲の上と思われているエリート警視殿を、たかが私立探偵風情が『あんた』呼ばわりしたものだから、居並ぶ警官オマワリ連中は呆気にとられた体だった。


『ご挨拶ねぇ』彼女は笑いながらシガリロを咥えて銀のジッポで火を点ける。

『私が警察庁かすみがせきに出向中だって、ご存じでしょ?』

 ああ、そういやそうだったな。


 何でも今度関西の『怖い連中』の間でまた派手な悶着(要するに抗争事件ってやつだ)が起こりそうになっていて、これには外国人の組織も絡んでいる可能性もあるため、国際犯罪に精通しているという理由で、捜査の指揮監督に警察庁かすみがせきから派遣されて来たのだそうだ。


『あらましはさっき聞いたけど、またやらかしたのね。困った人』

『撃ちたくて撃ったんじゃないぜ。行きがかり上やむを得ずって奴だ』

 彼女は煙を空中に向かって吐き、居並ぶ警官たちに、

『この人、時々無茶をやるけど、決して間違ったことだけはしません。私が責任をを持ちますから』

 と一声かけると、連中はまだ何か言いたそうだったが、それ以上は五月蠅うるさくせず『後で報告書を忘れるな』と捨て台詞を残し、立ち去って行った。


『また警察官あんたに借りが出来ちまったな。イカさない話だ』俺はそう言って、シナモンスティックを咥える。

『ゴネたりしないで頂戴な。こっちだって探偵あなたのお陰でようやくその筋への武器の密売ルートの端緒が開けたのよ。これでチャラってことで、どう?』

 俺は苦笑し、肩をすくめた。

 マリー曰く、もともとあの貿易会社とくだんの銃砲店は、警察にマークされていたのだが、なかなか尻尾が掴めなかったのだそうだ。


 自称副社長の田沼伸介は、その武器の密売ルートを担当していたんだからな。今回の騒ぎが、大掃除のきっかけになるのは確かだろう。

『それから貴方のレコーダーだけど、証拠品として提出してくれない?』

『任意だろう?なら断る。俺達探偵にも守秘義務って奴があるんだ』

探偵免許ライセンスを取り消すって脅したら?』

『好きにするさ。警官オマワリの脅しにゃ慣れてる。それにアレは拳銃をつきつけた末に喋らせたんだ。証拠能力なんざあるまい。』

『仕方ないわね。負けたわ』彼女は短くなったシガリロを携帯用灰皿に放り込んで苦笑し、それ以上何も言わなかった。

 ビルの外に出ると、何時の間にか野次馬だらけで、大勢の制服が規制線を張って押し止めていた。

 俺が撃った三人(恐らくどこかの組織から派遣されていた用心棒だろう)はそれぞれ救急車に乗せられ、警察官同道で病院送りになった。

 副社長の田沼は手錠ワッパを打たれ、見るも哀れにしぼんだ姿で連行されていった。

 奴の女はワッパこそ打たれなかったが、別の車に乗せられ、後に続いた。

 これは後で聞いたことだが、田沼の上司である社長とやらは、現在国外に逃亡中とかで、その足取りはインターポールを通じて、各国の警察に照会中らしいが、今のところ居所は分かっていないという。

 よしんば身柄が拘束されたって、

田沼あいつが勝手にやったことだ。私は知らない”とシラを切り続けるだろうが。

”世界のクロサワ”の映画じゃないが、”悪い奴ほどよく眠る”ってとこだろう。

 さて、こっちの方はひとまず片付いた。

 しかし、まだ問題は残っていたな。

 とりあえず東京に戻るとしよう。


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