Dream is my life.


 今日は静かな駅のロータリーを歩く。


「へー、妹さん、役者目指すんだ」

「お母さん、了解してくれたの? 厳しい人だったよね、確か」


 今週最後の練習日は、いつもと同じように終わった。何が正しいのかも、何が足りないのかも分からないまま、何年も続けてきたバンド練習。ライブで観客の歓声を受けることもあるけれど、まだ全然赤字のライブのための練習。今日は助っ人のキーボードも揃う、大事な練習日だった。高校からバンドを一緒にしているベースとドラムと帰りながら、何気ない話で疲れを追い払っていた。

 分かれ道で、不自然にベースの八尾が足を止めた。


「言いにくいんだけどさ」


 そう言って八尾とドラムの梓が顔を見合わせる。


「私ら、そろそろ就職しようかと思ってるんだよね」


 二人は苦笑して私を見ていた。


「つまり?」


 意図が読めずに聞き返すと、二人はもう一度顔を見合わせた。そして視線でなにかやり取りを始めた。私はただどちらかが喋り出すのを待つことしかできない。


「解散、しない?」


 息が止まった。知っているはずの言葉なのに、すぐに理解できなかった。

 就職してもバンドを続けている人はいる。アルバイトじゃなきゃバンドを続けてはいけない、なんてわけでもない。続けようと思えば、いつまでだって続けられる。夢追人には期限もなければ、条件もない。だけどバンドは、三人で始めたバンドは、二人がいなきゃ続けられない。


「バンド始めたときに言ってたよね」

「本気でやれるうちは本気でやるけど、誰かが辞めるときは口出ししないって」


 言葉を返せずにできた間で、二人は言葉を連ねる。

 それは、そんな日は来ないと思っていたから頷いたのであって、夢の終わりを見据えて約束したんじゃない。

 解散したいなんて。まるで、死刑宣告だ。

 クリアになってきた頭で、説得のための言葉を練りあげようとした。


「別にあんたにも辞めろって言ってるんじゃないよ。続けるなら、続けて欲しい。あんたの歌、好きだからさ、私ら」

「歌詞とかね」


 だけど二人は完成を待ってくれなくて、説得の余地を打ち消した。

 もう、二人の顔を見れない。

 白いタイルは薄汚れていて、踏み潰されてきた月日を感じた。二人はいつから、解散を考えていたのだろう。私はいつから、その輪の中から外れていたのだろう。

 新曲を作って、作って、不安をまぎらわせながら、夢を追いかけていた。はずなのに。


「私ら疲れちゃったんだよ。本気でやることに」

「気力がね、もう無くなっちゃったんだ」


 私はただ「分かった」と呟いた。

 「ごめん」の言葉を置いて、二人は私の元から去っていく。

 歌が好きだって言われても、歌詞が好きだって言われても、バンドは一人じゃできない。

 引き際を、二人で話し合っていたのだ。それが、ただただ悔しい。

 しんどいのは私も一緒だよ。だからもっとやろうよ、まだまだやれるよ。夢は叶うよ。

 そう無邪気に言えなかった自分が、腹立たしい。

 私の横を、カップルが通りすぎる。白いタイルはまた、足跡を残された。


「あれ? 今日はココ居ないんだね」

「ん? ああ、路上ライブ? 最近見かけないから、もう辞めたんじゃない? 誰も聞いてなかったし」


 カップルの視線の先。ロータリーの隅に、立ちすくむ。

 置いてけぼりにされて、まるで、崖の縁に居るみたいだ。

 ギターをとりだす。

 音を奏でれば、人の話し声の合間を縫って、メロディーが広がる。




 誰がなにを認めて、誰がなにを好んで、誰かに誉められて。

 そんなの、本当はどうでも良いんだ。


 夢が叶う。

 それは私にとってご褒美みたいなもので、きっと目標なんかじゃない。


 ここが崖の縁でも、飛び降りた先だとしても。

 私は、歌うことを辞めない。

 だって、歌い続けたいから。


 涙をのむ夜。

 震える足で踏みしめる、果てしない夜陰。

 夢の道、私の道。

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