夢に挑む


「なあ、俺、今度の舞台、これで出ようと思うんだけど」

「マジか」


 となりの寝室から出てきた相方の姿に絶句する。

 でっかい青のマフラーに杖、薄汚れた白い布を巻き付けただけの服に、酒屋の紺色のエプロン。海賊ハット。長い白髪に、首を隠すほどの白いひげ。なにより威風堂々とした立ち姿。

 どこから突っ込めば良いのか。


「設定は?」


 悩んだ末に、一先ず話を聞こうと眉根を寄せる。


「勇者になろうとしたけどなれなくて、海賊になったはいいけどしょうに合わずに怠けてたら無人島に置いていかれて、亀と遊んでたら、亀の主人である海の魔女にサボった罰だと亀が魔法をかけられるんだけど、それに巻き込まれておじいさんにされたあげく、異次元に放り出されて、現代で酒屋のバイトを始めた老人」

「長ぇよ」


 一寸の迷いもなく言いきる相方に、怒りが呆れに変わる。少しずつ冷静になってきた頭で、相方の言葉をなぞる。青いマフラーは勇者を、薄汚れた白い布は無人島からの帰還を表しているのか。肩にあるぬいぐるみは魔法をかけられた亀の姿、ということだろう。


「それで、どんな漫才をするつもりだ?」

「漫才を考えるのはお前の役目だろ?」


 静まったはずの怒りが、再び甦る。

 相方の言うように、俺は今、二人暮らしの部屋のリビングで、ノートを広げて漫才を考えている。結成して三年。一度たりとも相方が漫才を考えたことはなかった。それを不満に思うことはあれど、書けと押し付けたことはない。だからって、命令して良いとは言ってないが。


「お前、今度のコンテストで優勝しなきゃ事務所にみ限られんだぞ! 大事なもんだろ! なのに出落ちネタを持ってくんじょねぇ! そんなふざけた格好でネタやっても、なんも面白くなんねぇよ! コントじゃねぇんだ! 出直してこい!」


 怒りに任せて怒鳴り散らす。


「悪い悪い」


 クレームものの怒声も相方は意に介さず、悪びれもなく謝ってきた。腹の底から沸き上がる熱を、俺はどうやって処理すれば良いのだろう。俺は怒りのやり場を模索することで一杯一杯だ。


「でもさ、頭ひとつ突き出るにはなんか突拍子もないことしねぇとって言ってたじゃん、お前」

「だからってそんなもん、使えるか!」


 机を大仰に叩くと、やっと俺の怒りを察してくれたようだ。相方は顔色こそ変わらないものの、俺の目の前で正座した。


「俺はお前の書いた漫才が大好きだ! それはお前がプロだろうとアマだろうと関係ない!」


 突然の雄叫びに、退く。俺の怒声より大きな声は、壁越しのノック音に制された。ノック音というか、壁を殴った音だったが。


「食っていくことも確かに大事だが、俺は飯のためにお前の漫才が消えちまう方が嫌だ」


 どうやら相方は、ノック音に耳を貸す気はないようだ。声量は小さくなったが、声の圧は変わらない。実に腹に響く。


「お互い良い年だが、これからも頼む」


 激しい音をたてて額を床にぶつける相方に、のけ反りそうになった。が、なんとか持ちこたえる。俺は姿勢を正した。

 認められようと認められまいと、解散する気がないことは分かった。しかし、それは今の格好の説明にはなっていない。


「何が言いたい?」


 静かに聞く。


「頭ひとつ分。俺が突き抜ける! だがら、お前はそれを使って、お前の漫才を完成させてくれ!」


 顔はあげず、床に向かって叫ぶ相方に、ほとほと呆れる。壁に穴が開いたらどうすんだと、怒鳴りつけてやりたい。なのに、口元が弛む。

 俺はにやけそうになった口元をきゅっと結ぶと、ため息一つでなんとも言えない感情を吐き出した。


「だったらそのネタ、俺にも検討させろ」


 俺の言葉に顔をあげた相方は、実に嬉しそうな笑顔を向けてきた。土下座したとき、どんな顔をしていたのか。余裕綽々に見えて、案外、相方も相方なりに切羽詰まっていたのかもしれない。


「じゃあ、どうする?」

「要素を三つは消せ」

「亀やめるか?」

「杖持った老人は酒屋のバイトに受かんねぇよ。力仕事だろうが!」


 徐々に白熱していく会議に、また壁が叩かれた。

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