第14話:突然の婚約者⁉
「す、すみません。未来の妻がこんなに暗い女で……嫌になりましたよね」
…………………………
………………
……
「も、もう一度、言ってもらってもよろしいでしょうか」
「だ、だから……」
目の前のお姫様は恥ずかしそうに自らの青みがかった白髪をクルクルといじりながら。
「私のような、ネガティブな考えを持った女と将来、結婚するなんて嫌ですよね」
スッーーーー、大きく息を吸う。
そして――
「大歓迎です!!!」
未来のお嫁さん、だと。
前言撤回! 何がなんでも助ける。
俺は男だぞ!
困っている女の子がいたら手を差し伸べるに決まっている、当たり前じゃないか!
「い、いいんですか」
アーリア姫、いや俺の将来のハニーは遠慮がちに言う。
「当たり前だろ。言わせんなよ、恥ずかしい(イケボ、多分)」
「う、嬉しいです」
あ~可愛い。
歳は一つしか変わらないのに、小柄で、健気で……何この小動物感。
守ってあげたくなる。母性本能ビンビン。
「な、なら、えっとその、も、もっと砕けた呼び方をしませんか? ……私、人の名前を呼び捨てにするの、実は憧れていて……」
と、潤んだ瞳を向けてくる。この攻撃、俺には効果バツグンだ!
「わ、わかった。いいよ」
「な、なら……」
彼女は、その小さな顔をまっすぐ向け、数度、口をモゴモゴさせた後。
「アキラ……」
と、上目遣いで呟く。
――最高、その一言に限る。
そう言えば俺、女性に下の名前を呼び捨てで言われたの、今までで母親だけなんじゃ……。
ブンブンと頭を振り、思い出してはならない過去に再び封印を施していると。
「……そのぉ~ア、アキラ。私も……」
今度は俺が呼ぶ番。
女子を“さん付け”以外で呼ぶのは恥ずかしいが、ここは男らしく!
「わかったよ、アーリア」
「はい!」
元気いっぱいの声が返ってきた。
まぁ先ほどまで、さんざん騒いだ俺だが、流石に美人局という言葉ぐらい知っている。
相手は一国のお姫様なので、そんなことはないと思うが、一応聞いておくか。
嫌ってことは一切、これっぽっちもないんでけど、と前置きし。
「なんで、俺と将来、結婚することになっているの?」
と、せっかくだから名前だけでなく言葉も崩して問いかける。
すると、――さも当然のように、こう答えた。
「姫である私と【勇者】となるアキラが結婚するのは当たり前ではないですか?」
……………………? そういうものだろうか。
というか、やっぱり義務的なものなのか。
無条件で俺のことが好きで、尽くしてくれる美少女は、どこにいるものやら。
少し落ち込みかけていると。
「……個人的にも、アキラのことは、すすす、好きですし」
と、消え入りそうな声で、なんとも嬉しいことを言ってくれるアーリア。
一瞬、妹の捜索を諦めて、アーリアと一緒に楽で楽しい人生を送ろうという悪魔的な考えが浮かび、頭を大きく振って追い出す。
流石の俺も今日会ったばかりの人の好意を、百%信じられるわけではない。
ではないが――
ここは一つ、男として誠意をもって返すべきだろう。
俺は軽く喉の調子を確認し、渾身のイケボで。
「ありがとう、アーリア。俺も、す、す、す、すぅぅぅぅすきだよ…………」
あれ? 『好き』って言葉を発音って、こんなに難しかったっけ……?
と、その時。
恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた俺の脳内に、一つの疑惑がよぎる。
一瞬、無視しようかと思ったが、よぎったら最後。頭から離れない。
クソ! せっかくの雰囲気が壊れそうだが仕方ない。男は度胸だ!
「もしかして、先代【勇者】であるサオリ先生も王家の誰かと結婚したことがあるの?」
わざわざ過去形にした。
あの言動からして現在、サオリ先生は結婚してないだろうから。
同様の理由で婚約者がいるという可能性もないと言っていいだろう。
すると、アーリアは少し拗ねたような口調で。
「サオリお姉……サオリ様は誰とも結婚してないですよ。あの人は一度、完全に『勇者の恩恵』に飲み込まれてしまいましたから」
「…………?」
予想の斜め上どころか、完全に死角からの答えに口をつむぐ。
何も理解していない俺、他人の黒い過去を勝手に話したことに罪悪感を覚えるアーリア。
気まずい空気が流れ、話が止まってしまう。
ここは少し惜しいが話を変えるしかなさそうだな。
「アーリアは俺に聞きたいこととかないのか?」
と、少し強引に話題を変える。
彼女は小さな手を顎に添え、少しの時間悩み。
「アキラはどうして『勇者の恩恵』の後継者になったのですか?」
「……へ?」
返ってきたのは意外な質問。
てっきり、趣味とか好きな食べ物とかを聞かれるのかと思ったのに……
ちなみに好きな食べ物は、“美少女が素手で握ったおにぎり”です!
「え~と、そもそも、俺は『恩恵』ってのが何なのかよく知らないんだよね」
「え! なら何故サオリ様から【勇者】を継承したのですか? とても危険な代物なのに」
何故と言われましても、どっかの女神にほぼ強制的に押し売られたんだけど……。
流石にそれは未来の【勇者】としてどうなのか、と自分でも思うなぁ。
ここは本当ではないけど、嘘でもないことで躱すことにしよう。
「俺は今、ある人を探してるんだ。でも、その人がどこで何をしているのか全く分からない。だから【勇者】となり名を上げ、俺はここにいるぞ、とその人に伝えたいんだ」
本当のことでは無いとは言え、本心に限りなく近いことなので、言っているうちに恥ずかしくなってきた。
俺の頬を掻きながらの言葉を聞き、彼女は不意にうつむき――
「では、アキラは『人類全員のため』ではなく『誰か一人のため』にその力を揮う(ふるう)おつもりですか?」
と、陰りのある口調で問うてきた。
あぁー! しまった! 良いこと言ったと思っていたけど。
解釈の仕方によっては人類のための力を私的に使っている言わば、裏切り者になるのか。
「えっと、その、あの~」
取り繕おうと口を開くが、そこから言葉が出てくることはなく。
ただただ見苦しい姿を顕わにするだけ。
「……あ、アーリア?」
と、苦し紛れに、名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと顔を上げ。
そして、儚げな笑みを浮かべ。
「そうですね。そっちの方がいいかもしれませんね。そういう考えの方が『恩恵』の侵食に耐えられそうですし」
「……ん?」
「そ、その『誰か』が私ではないことが少しショックですが……」
と、頬を膨らませ、顔をプイッと横に向ける。
その姿――きゃわわ過ぎる!
って、萌えてる場合じゃない。さっき、恐ろしいワードが聞こえたのだが!
「ねぇアーリア、『恩恵』の侵食って何? それに危険な代物とも聞こえたけど……」
「し、知らないんですか⁉ 『恩恵』の危険性を!」
「全く、さっぱり、これっぽっちも知らない」
ポカ~ンと口を開けたままフリーズしてしまったアーリア。
所有者の運動能力と思考能力が強化される、くらいしか教えてもらえなかったからな。
まぁ、確かに、俺の体のことにしては無関心すぎたかもしれない。
「危険性って何があるの?」
いい機会なので、詳しく聞いてみることにする。
「サオリ様は何も教えてくれなかったのですか?」
「常時に能力に上方補正が入るってことぐらいしか教えてくれませんでしたね」
「う~ん、そうですか」
俺の担任の先生が、教えていないことを言っていいのかどうか考え込み。
頭を悩ませるアーリアをよそに、何も考えずに脳内白紙のまま、言葉を発する。
「自分のことだし、知って困るってことはなんじゃない?」
俺の能天気な発言に、首をひねりながらも。
「そ、そうですね。大丈夫ですよね⁉」
なら! と気合を入れて話し始める。
「そもそも『恩恵』は、能力補正以外にもう一つ、強力な力を有しているんです」
「もう一つ?」
「はい、それは“力の抽出”です」
『恩恵』の隠された能力がアーリアの口から語られる。
俺はこの時ようやく、サオリ先生から譲られ、女神ノエルから受け取った謎の力――『恩恵』とはどんなものなのかを知るのだった。
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