時をかけるコレクター

【アガレス:ソロモン72柱の悪魔。ワニの老人、またはワニに乗った老人の姿をしている。またオオタカを使い魔としているとされる。階級は公爵。能力は時間を司る、地震を起こすなど多数ある。一説にはルキフゲ・ロフォカレルキフグスの配下であるとされる。】


俺は門の前でゆっくりと息を吐くと、門番の人に事情を説明した。すると門に隣接する小部屋から執事服を着た老人が出てきて俺に言った。


「本日はようこそおいでくださいました。旦那様がお待ちです。」


広大な庭園を越えて、屋敷の中へと案内される。玄関ホールにも庭園で見た綺麗な花々がガラスケースの中で咲き誇っていた。まるで別世界に来たかの様な錯覚に陥った。そんな幻想的な空間を眺めていると、奥の部屋から先程の執事服の老人が現れた。


「こちらへどうぞ。」


そう言われて案内されたのは応接室だった。既に俺の席にはお茶の様な物が用意されていた。それから老人から屋敷の簡単な説明をされた。どうやらこの屋敷は改築されて間もないらしく、新しい家具も幾つかあるらしい。そして最後に……


「もうすぐ旦那様が公務を終えられてお戻りになります。」


どうやら屋敷の話はアガレス公の領主としての公務が終わるまで時間稼ぎだったようだ。老人が部屋を出て行った後、数分後にはドアが開かれ一人の男性が入ってきた。男性は初老だがガッシリとした体格で身長も190cm近くありそうだ。


「君が件の男か?」


その男性の第一声がこれだ。何とも言えない威圧感がある。しかし俺は臆することなく返事をした。


「初めまして、トモヤ・ハガヤといいます。」

「ジャミノフ・アガレスだ。宜しく頼む。」


そう言ってジャミノフさんは手を差し出してきた。俺もそれに応じて握手をする。ジャミノフさんの握力はその雰囲気通り強く、表情を変えずに耐えるのが精一杯だった。この人がエレノアさんの祖父に当たる人なんだろうけど、エレノアさんの穏やかな雰囲気とは違い、正に冷静沈着といった感じだ。それに加えてこの威圧感、これが領主として街を治める者のオーラってやつなのか?


「着いてきたまえ。」


握手を終えると、ジャミノフさんは場所を変えるべく歩き出した。俺はその後ろに着いて行く。部屋を出て廊下を渡り階段を上がり、また廊下を渡って行くと、黒い樹木で制作された大きな扉の前で立ち止まった。ジャミノフさんがその扉を開けると、中は明らかに高価な書物や調度品が置かれた書斎になっていた。


「そこに掛けてくれ。茶を用意する。」


ジャミノフさんはそう言うと奥の部屋に行き、先程の執事の老人と一緒に応接室で飲んだお茶とは別の物を用意して戻って来た。俺の前にカップを置かれると執事の老人は退室し、部屋には二人だけとなった。


「ありがとうございます。それで話というのは?」

「まずは孫の命を救ってくれたことに感謝をしたい。本当にありがとう。」


ジャミノフさんは頭を深く下げた。


「いえ、俺は当然のことをしただけです……それに一人では助けられなかったですから……」


これは俺の嘘偽り無い本音だ。今回は運が良かっただけだ。あのローブ男の強さや行動を考えるに、本当に紙一重だった。


「そうか。」


これについてはジャミノフさんも思うところがあるのか、それ以上は何も言わなかった。気まずい空気を変えるべく、俺はこの街に来てから……いやこの街の名前を知ってからずっと疑問だったことを聞くことにした。


「あの、突然なんですけど……ヴィクター・アガレスという人物に聞き覚えってありますか?」


その言葉を聞いて、ジャミノフさんの表情が初めて変わった。


「君は、何処でその名前を聞いたんだ?いや、まずは質問の答えだが……知っているよ。彼は……ヴィクター・アガレスは私の兄だった男だ。」


明らかに悲しそうな表情をしたジャミノフさんだったが、すぐに気持ちを切り替えて元の真剣な表情に戻る。それにしても、まさか予想はしていたが親族、それも兄弟とは……


「何年も前の話だ。私よりも貴族としての資質に恵まれていたが、そもそも兄は妾の子だ。反対意見も多く、本人自身も冒険者に憧れていてね。父上や本妻とも対立して家を飛び出して行ったよ……」


そう言いながら昔を懐かしむ様に話すジャミノフさんからは寂しさを感じた。しかし、同時に少しだけ嬉しそうにも見える。


「それからは旧帝国の軍事政策である……」

……」


俺は被せる様に言った。俺の言葉に驚いた様子を見せたが、すぐに話を続けた。


「あぁ、そうだ。ガリア平原攻略戦で帝国騎士団も冒険者も全滅した。あの瞬間から帝国の崩壊が始まったんだ。恐らくだが、兄は帝国の政治が危ういことを察していたのだろう。だが、それでも帝国の冒険者として生きて……死ぬことを選んだ。」

「ジャミノフさんは……何故、領主に?」


俺は核心に触れる質問をした……気がする。そこまで情勢を知る人がなんで領主をしているのか不思議だったのだ。他王国でもっと良い生活が出来るはずなのに。


「私は帝国が嫌いなんだ。帝国の貴族として生まれたことが呪わしい程にな……だから私は帝国の血を引くプロイツもゼーラントも自分の死体を埋める場所になどしたくないんだよ……」


ジャミノフさんは少し自嘲気味に笑った。


「私が領主になった理由なんてそんなものだよ……さて、次は君の番だ。どこで兄のことを知ったんだね?」


俺はガリア平原に何者かに転移させられたこと。ガリア平原で絶望的なサバイバルを行ったこと。そして、ジャミノフさんの兄であるヴィクター・アガレスさんの遺品を発見し、今も所持していることを丁寧に話した。


「そうか……」

俺の話を聞き終えたジャミノフさんは深く息を吐いた後、絞り出すように言った。


「兄の死体と遺品を見つけたのか……辛いものを見せたな……」

「いえ、そんなことは……」


ジャミノフさんは俺の言葉を遮るように続ける。


「兄は最後まで冒険者として生きた。それが明白な事実として残ったのなら……そして兄が残した物が誰かの命を繋ぐ糧となったのならば、それは喜ばしいことだ。」


ジャミノフさんは椅子から立ち上がると、俺の方へ歩み寄ってきた。その顔には微笑みが浮かぶ。


「ありがとう。兄を見つけてくれて……日記帳については私が預かろう。それと槍は……君が持つべきだ。兄もそれをきっと望んでいる……」


俺は持っていたヴィクターさんの日記帳をジャミノフさんに差し出した。日記帳を受け取ったジャミノフさんは少しの間、表紙を見つめた後、それを自らの机の上に置いた。


「これからどうするつもりかね?この街で冒険者を続けてほしいと思うのは、私のエゴだろうが……」

「そうですね……少し考えてみようと思います。」

「分かった。それと孫が君に会いたがっている。顔を見せてやってほしい。」

「はい。」

「では、また会おう。」


こうして俺はジャミノフさんの書斎から出た。今思えば、エレノアさんの穏やかな気質はジャミノフさんから受け継いだものなのだろうと思った。確かに強烈な威圧感をしている人物ではあったが、それは長い貴族社会の中で争うには力が必要だということを学んだ結果なのかもしれない。親しい人に見せる太陽の様な暖かさをアガレス家は持っているのだろう。


《条件を達成しました。シークレットスキル『死者の加護』を個体名"トモヤ・ハガヤ"に公開します。》


――――――――――――――――――――――――

「……帝国が滅んで、もう40余りか。」


ジャミノフ・アガレスは兄の書いたとされる日記帳に話しかける様に独り言を呟いた。


「兄さんが殴ったミレーン家の当主は今では長い付き合いの友人だよ。彼の紹介で家内が出来た。」


当然日記帳は何も答えない。代わりにジャミノフの記憶の中のヴィクター・アガレスが答える。


―あの時は悪かったよ。でもあいつもお前のことタンポポ野郎とか言うからおあいこだろ?

「息子は家内に似て、繊細な子でね。」

―おいおい。独り身だった俺と違って、お前には可愛い孫もいるじゃねぇか。この野郎、嫌味か?


「帝国は最後まで愚かだったよ。多くの者が大量発生した魔物に特攻を挑み、そして死んだ。父上や母も、本気で帝国を救うつもりだったんだろう。」

―まあ、あの人達らしいよ。


「帝国の生き残りの大半はプロイツに身を寄せた。私もそれなりにうまくやったよ。」

―ああ。知ってる。


「だが、息子夫婦も、家内も、帝国の環境に慣れ過ぎたのか、結局身体を壊してしまってな。最後の身内はエレノアだけだ。」

―ああ。それも知ってる。


「ままならないな……何もかも……」


ジャミノフはそう言って目を瞑り暫く黙っていたが、身を上げて窓を開けて外の景色を見つめる。すると庭園で同年代のメイド達と茶会の用意をするエレノアの姿があった。それだけではなく、庭園を越えて門を越えた先にアガレス領の賑わう町並みが見えた。

そして薄っすらと若葉の匂いを含んだ風が書斎に舞い込み、日記帳のページをパラパラと捲っていく。ジャミノフの目に移りこんだのはヴィクターが描いたであろう二人の子供。それは若き頃の兄弟の肖像画。


―ただいま。

「おかえり兄さん……」


――――――――――――――――――――――――

「トモヤ!!」


声のした方に顔を向けるとエレノアさんが笑顔でこちらを見ながら、手を振っていた。


「エレノアさん!」


俺は手を振り返した。エレノアさんはお茶会をしているようだ。エレノアさんの隣にはメイド服を着た女性がいる。俺はエレノアさんの元へと向かった。


「紹介するわ。彼女はミーシャよ。」

「ミーシャといいます。お嬢様を助けてくださり誠にありがとうございました。」

「こちらこそ、エレノアさんを守れて良かったです。」

「二人とも自己紹介が終わったみたいだし、トモヤもそこに座って。」

「はい。」


俺は席についた。すると、ミーシャさんがケーキなどのお菓子を持ってきてくれたので、遠慮なく頂いた。


「美味しい……」

「ミーシャのお菓子、美味しいでしょ?」

「はい。とても美味しいです。」

「ふふ、お口に合ってよかったです。」

「それでね、トモヤ。今日は貴方にプレゼントがあるの!」

「プレゼント……ですか?」

「うん。ちょっと待ってて。」


エレノアさんが持ってきたのは……


「じゃーん!!」

「これは宝石……ですか?」


それは黄色の水晶だった。


「そう!!この前、街で見つけたの。トモヤに似合うと思って。」

「確かに綺麗な石だ……」

「気に入ってくれた?」

「はい。大切にします!」


そしてしばらくお茶会を楽しんで、俺は屋敷を後にした。


――――――――――――――――――――――――

現在のステータス

生命力:C

魔 力:C

体 力:C


攻撃力:C

防御力:C

魔力攻:D

魔力防:D

走 力:C


現在使用可能なスキル

●身体、精神、霊魂に影響するスキル

『旋律』音や歌声を響かせ、自分や他者に影響を与えるスキル。

『鑑定』情報を調べ、表示するスキル。※現在表示できる情報は全情報の10分の1である。

『簡易演算(レベル1)』簡単な計算を解きやすくし、記憶力や思考力を高める。

『考察(レベル9)』物事を予想し、記憶力や思考力を高める。

『解読』文や言語を理解するスキル。

『敵意感知』近くにいる人族や魔物の敵意を感知するスキル。

『加速(レベル1)』身体の速度を上昇させるスキル。


●技術

『解体技術』解体の技術を高めるスキル。対象はモノだけではない。

『貫槍技術』貫通に特化した槍の技術を高める。


●耐性

『寒冷耐性(レベル3)』寒さを和らげて、活動しやすくする。

『苦痛耐性(レベル4)』痛みを和らげて、活動しやすくする。

『毒耐性(レベル1)』毒を弱体化させて、活動しやすくする。

『爆音耐性(レベル1)』音のダメージを和らげて、活動しやすくする。


●魔法

『火魔法(レベル3)』火を操る魔法。

『生活魔法』モノを綺麗にしたり、簡易的な回復を行う。


●加護

『死者の加護』死した者から生きる者に与えられる加護 。

現在の持ち物

銀の槍(無名):ヴィクター・アガレスが使っていた槍。

冒険者カード:名前、性別、年齢が書かれたカード。特殊な魔法道具が使われているため個人を特定できる。

毛布:ハウンドの皮をつなぎ合わせた物。粗末だが、トモヤがこの世界で初めて作ったもの。

黄色の水晶:エレノアからのプレゼント。微かにオーラを感じる。←new

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