プロローグー4 畑中

 私は変わるものを見るのが好きだ。新しく何かを受け入れ、取入れ、恐れず、変わっていくものが好きだ。


 そういう点では、入学式初日に見つけた子は理想だった。


 名前は川瀬 美春。


 活発で、自分の気持ちに正直で、何より偶々同棲しているとおぼしき相手に電話しているときの愛しさや想いがにじみ出ているような感じが好きだった。


 それから目をつけて、たまたま英語の授業が同じだったから、そこから友達になった。


 最初はやりたいことを迷っていたようだが、ほどなくしてそれも見つけてきた。


 この子はこれからも見ていて楽しい、そう確信できた。


 ただ、余計な金魚のふんが一つついていたが。


 

 その日、食堂の入り口に向かうとみはるんがいなくて加納の奴しかいなかった。


 私が首をかしげると、加納は無言で肩をすくめる。しばらく待っても仕方ないので、お互いなんとなく示し合わせて食堂の中に入った。ほどなくしてみはるんからグループメッセージで結構遅れると連絡あった。やれやれとため息をつく。


 私はこの加納という女が正直、嫌いだった。みはるんのキャラにひかれて友達になったのに、余計な奴が付いているという感じしかしない。グッズが欲しいのに、おまけでついてくる菓子くらい対処に困る。かてて加えて、なんというかこいつは陰でこそこそやるやつだろうという直感があった。常に本心を隠しているというか、打算があるくせに公表しない質だ。思っていることも、みはるんの前では言うが、私の前では大っぴらに声に出さない。そして、向こうも私の態度は気に食わないらしい。まあはっきり言ってしまえば、みはるんというカスガイがなければ私たちは同席していない、そんな間柄だ。


 だから、お互い食事に当てをつけると、無言で席を立ってそれぞれで会計を済ませ、無言で席に戻ってくる。


 しばらく手持ち無沙汰でぼーっとした後、仕方ないので、料理に手を付ける。


 こちらの様子を見て、加納もどことなく遠慮がちに料理に手を付け始めた。


 しばらく無言で箸を動かす。これはみはるんが来る前に食べ終わってしまいそうだなとか、考える。


 「そういえば、例の先輩たちのことなんだけどね」


 ふとした拍子に、加納がしゃべり始めていた。沈黙に耐えかねたのだろうか、私はふうん、と適当に相槌を打つ。


 「やっぱ、会いたいんだって、まだ好きだって」


 「・・・・女の先輩のほうから振ったって言ってなかったっけ?」


 微妙に話の辻褄が合わない、そう首を捻りつつ返答する。


 「わかんない、認識が食い違っているのか、振った後に思いを再認識したのかはわからないけど」


 「そんなもんかな」


 もし後者だとすれば、随分身勝手な話のように思える。端からみえる色恋っていうのはそういうもんかね。


 「私、どうしたらいいのかなあ」


 加納は深くため息をついた。はあ、陰気くさいと軽くため息をつく。私がこいつのことを嫌いな理由が一つ増えた、思いきりがよくないのだうじうじと行動しないで、悩んでばかりいる。こっちにも悩み癖が移りそうで嫌になる。


 「そんなもん、考えたって仕方ないでしょ。強いて言えば、あんたがどうしたいかって話でしょ」


 「私が・・・どうしたいか?」


 「そりゃそうでしょ、だってあんたがやろうとしてんのって完全に他人のお節介でしょ?そんなもん、相手のためになるわけないじゃん。百パーあんたのためだよ。だから、あんたがどうしたいかってことしか重要じゃないじゃん」


 はっきり言って適当に答えた、適当に答えたが善意がどうあるべきかというのは私の考えそのままを言った。


 「結局、善意なんてものは全部自分のためにやるもんなのよ」


 吐き捨てるように言った。そうは言っても、私から見えるこいつでは変わりようがないだろう。善意を振りまくやつというのは大概、それが他人のためになると信じ切っているのだから。


 「そっか・・・・」


 大きな音がした。



 「は・・・・?」



 周囲の人たちの視線が私たちの席に集まる。音の出どころは真正面。


 加納の奴が思いっきり、自分の頬を叩いていた。なぜ?


 「おっけー、ありがとう。目が覚めた」


 加納の頬は強く叩かれて少し赤く染まっており、加納の表情も合わせたように快活なものに変わっていた。ただ、なんというか、邪悪さめいた何かがその快活な笑みの奥にはあった。


 「そうよそうよそうよ、なーにいい子ぶってんだか私。いいわ、畑中さん、今の最高。ほんっと目が覚めた。大学入って鈍ってた。


他人のために自分の趣味を止めるなんて微塵も私らしくなかった」


 「・・・・はあ?」


 呆ける私を置いて、加納はなにやら一人ごちている、ただそこで見せる顔はこの二週間の記憶のどこにもなかった。遠慮がちでもない、何かをひた隠しにしているでもない、打算はあるだろうが全面に押し出してきている。別人のような奴がそこにはいた。


 「そうよ、そうよ、そうよ。やっぱだめ。自分を押し殺すなんてらしくないことするもんじゃないわね。高校の頃、さんざん、お邪魔虫とか言われたから、他人のためにならないと思ってやめてたけど。そうよ、そもそも私は私のためにしてたんだから」


 「さっきから、どうした?やべーぞ、あんた」


 加納はにやりと笑う。割と一般的には見るに堪えない凄惨な笑みだった。


 「私ね、幸せなカップルを見るのが好きなの」


 「おう」


 「綺麗な想いや遂げかけている想いとかを見ると性的に興奮するの」


 「へえ」


 「それでね?カップルがお互いの想いを遂げて幸せになっていくのを見るとね、偶に絶頂すらおぼえるの!」


 「やべーやつじゃん」


 そう言いながら、私は思わず吹き出してしまう。対する加納は相変わらず、ひきつるような異常な笑みを浮かべているが、それもなんだか段々と面白く見えてくる。なにせこれがこいつの一切ブレーキをかけていない表情だ。いいね、面白い。


 感情が露にされている。隠していたものが暴露され、本質をさらけ出している。なんだそんな顔もできるのか。


 「いや、あんた面白いじゃん。私、結構好きになったよあんたのこと」


 私は思わず、そう口走っていた。


 「はあ?私はあんたのこと嫌いなんだけれど」


 対する加納は吹っ切れたのか、思いっきり私への嫌悪感をあらわにしてくる。数日前までなら絶対言わなかったであろうセリフ、表情、どれを切り取っても新鮮だ。何より、隠し事されない本音というのはたとえ、それが嫌悪でも心地いいものだった。


 「あんた、名前なんていうんだっけ」


 「そんなのも覚えてないの?加納よ」


 露骨に呆れた表情。


 「違う、下の名前」


 「香音かのんよ。なんでそんなこと聞くの」


 忌々しげな、それでいて訝しげな表情。


 「おっけー、かのん。覚えた。私は真美琉まみるだから」


 「首がなくなりそうな名前ね」


 「古いネタなのによく知ってる」


 カラカラと笑うと、加納は、かのんはふんと鼻を鳴らした。ああ、で何の話をしてたんだったか。


 「まあ、それはいいとして。私は自分のために、あの人たちを応援することにしたわ。あの人たちの意思は・・・・まあ、結果が出れば大丈夫でしょ」


 「へえ、自分のために。いいんじゃない?いや、ほんと見てて楽しいわ、今のかのんは」


 「・・・・・・なんか、腹立つわね。じゃあ、あんたも協力しなさいよ」


 「ああ、いいよ。今のあんたなら、面白そうだ」


 私がそういうと、かのんは少し驚いた表情になった後、訝しげに眉根を寄せた。何やら疑っているようだが。残念ながら、こちらも何一つ偽っていない。本当に面白そうだ、というただそれだけの理由だった。


 いやあ、かのんさん。これから面白くなりそうだね?


 「ふうん、じゃ、今後の話をするわよ。あの二人を私のために幸せにする話」


 「おっけー、身勝手にわがままにやりなよ。きっとその方が面白い」



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 「おっくれてごめーん、もう食べて・・・・どしたの?二人とも。なんかすごい顔してるけど」


 「あ、みはるん。私もかのんにちゃんと協力することにしたよ。例の2人くっつけるんでしょ?」


 「え・・・うん、そうだけど。何?いつのまに名前よび?さてはいつの間にか仲良くなったなぁ!」


 「私はさっぱりなんだけど・・・なんかこいつが、・・・まみるが急に呼ぶってい言って」


 「私も呼びたい!!かのんとまみるでしょ!いつ言おうか、タイミング計ってたのに!」


 「じ・・・実は、私も。み、みはるって呼んでいい?」


 「全然おっけーだよ!かのん!まみさん!!」


 「みはるん、その呼び方本当に首なくなりそう」


 「・・・?」


 「あ、わかってない顔だこれ」

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