第25話 - 領土の名前

リリアナが移住を決めてから数か月

夏が来た、街の海水浴場は下心旺盛な若い男女で溢れ

サキュバスたちが裸同然の布面積を誇る水着で罠を張る


夏の海水浴場の新しい観光名所になりつつある


街は少しずつ形を変え、家は城となった

森の木の高さをはるかに超える石造りの城だ

街を守るように周囲を囲む外壁も城壁となり物見やぐらがたくさんできた


さらに城の周りにも同様の城壁が建築され、街を囲むダンジョンの障壁とは別に城を護る障壁が設置される


街の建物も新しい建物へとデザインが変更され、石造りを取り入れたマンションタイプが今の流行だ


街全体の敷地も全体的にかなり広がった

農作物は全てダンジョン内部拡張空間に収まり、一年中収穫ができる


一部魔獣や特殊な環境で繁殖をする魔物たちのために沼地、山岳、海などの繁殖エリアを内部拡張空間で用意した、魔獣たちも喜び、繁殖ペースもかなり早くなった


兵士の数は成長の早い魔獣を中心に月100体くらいずつ増えていく


リリアナは軍師として着任し、人間の戦術、兵器に対抗するべく部隊兵科を組織


亜人混成歩兵部隊

 鬼人族を中心とした二足歩行亜人による歩兵部隊

機動魔獣遊撃部隊

 主に四足歩行する魔獣達の部隊、騎兵のような扱い

サイクロプス投石部隊

 人間の兵器でいうカタパルトのような働きをする部隊

弓弩制圧部隊

 エルフ(弓)ドワーフ(弩)による遠距離制圧射撃を担当する部隊

魔道支援部隊

 攻撃、補助魔術等を使える者たちによる前線支援部隊

後方支援部隊

 クラピウスに師事を受けた回復魔術を得意とする、兵站、医療を担当する部隊


諜報力を活かし、あらゆる国の戦力を分析、戦争の歴史を調べ対策を練り続けている

また、リリアナ自身の魔術も相当なもので大量の魔石を消費するが

中隊をまるごと転移させるような術式魔術を使う事ができた


得意な魔術属性は氷、術式魔術であるため発動に時間がかかるが大規模な氷の壁や、数百に及ぶ量の氷の矢、広範囲に霧を発生させるなど発動するための時間さえ気にしなければアヌビスと同等の規模で魔術を行使できた


人間軍でいうと英雄クラスだろう、魔物たちからは氷の女帝などと呼ばれ恐れられている


竜たちはというと、基本戦争に参加しない

そもそも個体数が少なく、戦争に参加すると強大すぎる力を巡って所有権争いが起こり、所有権を得られなかった勢力が竜に対抗するため、魔神の召喚などよからぬ対抗手段を模索するからだそうだ


フリートとソロモン王が昔喧嘩したことがあるというのはこういう事だったのか

生態系が変わるような魔力を持つ者同士の対決

世界が滅ぶだろうな



都市が国家に変わろうとしている頃、ティルが出産した


俺はドキドキしながらティルと子供が待つ部屋へと入った

ティルは少し疲れた顔をしており、腕の中には小さな子が包まれている


「ティル!えっと...お、おめでとう!お疲れ様」

「玄人、ありがとう、私たちの子供だよ」


第一子は男の子で、人の姿に小さな竜の角と尻尾をもつ子供だった

間違いなく俺たちの子供だろう


もし完全な竜の姿をしていたらもしかしたら俺の子ではない可能性もあるのではないかと不安を覚えた事もあったが杞憂だった


産まれる子供に罪はないが、子供の親が誰かなどと言うのは男の方にはわからないものだ

頻繁に家を空け、あろうことか一夫多妻なんて元の世界で言うなら不誠実極まりない生活をしていれば不安にもなる

そんなはずはないと思い込むようにするほど、不安は加速していく時期があった


魔王などと噂されても元は人間、器の大きさが知れている


それにしても、戦争の事など全て忘れたいほど子供はかわいい

まめい、ミミ、リリアナも頻繁に顔を見に来ては可愛がっている


息子が可愛がられている姿が誇らしくてたまらない、俺の息子だぞ!

そうだろうそうだろう、かわいいだろう


ぷにぷにしてる~、きゃーおててちっちゃーい!など黄色い声が幾度も飛び交う

そのたびに嬉しくなった


それから、まめい、ミミ、リリアナが訪れる度に獲物を狙うような視線を感じるようになった、ちょくちょく背筋が冷える


子供の名前は “クルハ” 俺とティルから一文字ずつとって、漢字の八、がふたつの種族がよりそうように見えたそうで、似た字でハを使う事になった

お世話は猫耳娘を中心とする子守専門メイドが多数雇われ、子守部隊が結成されていた


さっさと戦争を片付けてクルハと戯れたい!



ある日、リリアナから俺たちの住んでいる大陸が人間達から “魔王領” と呼ばれていることが打ち明けられた


いつの間にか俺がこの大陸を支配していると言う話になっている


リリアナもその方が工作などの話しがしやすいらしく、いつの間にか俺は魔王で大陸は魔王領という名前が人間側に浸透していた


いつの間にか俺は一番広い領土を持つ国の王だ、城は既に魔王城である


リリアナが言うには、既に大陸には亜人を中心に大陸各地でダイバーツリーを模した文化が定着しつつあり

交易を主とした村や集落が点在、人間が住むには大きすぎる脅威を誇る魔物が群生


種族ごとに魔物社会が各地で発生しているのだとか

特に管理しているわけではないが、人間軍から見ると魔物の貴族が領土を預かり、それぞれの土地を治めているように見えていると言う事だった


しかし魔王城、魔王軍、魔王領、全てに不服なのでリリアナに抗議した


「せめて魔王はなんとかならんのか」


リリアナははっきりとした口調で否定した


「無理です!そう呼び始めたのは私ではないですし、そんな主張したら工作してる側だというのを主張しているのようなものです!」


それはその通りですね、すいませんでした


「ちなみに工作はどんな感じだ?」


リリアナは地図を広げて話を始めた


「可能な限り遅延を試みていますが、状況はよくありません

シルヴァン帝国の造船技術の提供も受けるという追加条件をつけてセドリオン貴族国家が同盟に合意しました」


ひとつ同盟が成立してしまったか

これでシルヴァン帝国軍は後方の憂いなく派兵できる

次回の侵略規模が大幅に強化されるな


「シルヴァン帝国軍とセドリオン貴族国家の派兵規模は予想できるか?」


リリアナは少し考えて返答した


「まだはっきりとしたことは言えませんが、現時点の同盟関係のまま侵略が再開されるとなると、2か国合わせて5,000は超える規模になりそうです、合わせて英雄の数も増えるでしょう」


俺は青ざめた

予想以上だ、ひとつ同盟が成立するだけでその規模になるのか


「侵略再開が来年になるとしてもとても軍備が間に合わないぞ、次は確実にここは滅びる

何か打てる手はないか...」


リリアナは目を閉じ、しばらく沈黙したのち、目を開いた


「そうですね、強力な力を持つ魔物たちの街へ訪れ協力を仰ぐのが今打てる最善の手でしょう」

「なるほど、とりあえず動いてみるか、ただ...応じてくれると思うか?」


リリアナは腕を組み、首をかしげて考えている


相手は魔物だ、特に利益が一致するような話しがない

人間軍に対抗しましょう!なんていう意識が最初からないのだ

人間軍からは貴族国家に見えるかもしれないが実際のところただの魔物の集団だ

街として発展しているところもあるが自分たちに危害が及ばなければ特に俺たちに協力する義理なんてない


リリアナが提案した


「とりあえず、協力できるとしたらどんな条件なら応じるか聞きましょう、要望のリストを作って応じていけるかどうか取捨選択していく事にしましょう」


今のところそれしかないか


「わかった、声をかける者たちの候補は目途がついているか?」


リリアナは魔物の図鑑のようなものを取り出し、いくつか候補を出した


候補は以下だ


スライム

ハーピー

オーガ

メデューサ

キマイラ

トレント

リッチ

ヴァンパイア


リリアナは要点を絞って候補の説明をしてくれた


「一番欲しいのはハーピーとリッチですね、ハーピーは空からの攻撃を可能にします、今魔王軍に足りない部隊の一つです、ハーピーたちは知能があまり高くないので交渉はしやすいでしょう」


なるほど、航空部隊はたしかにほしい、今街にいる竜たちは竜王の配下なので戦争に利用することはできない

グリフォンはいるにはいるがこれも最も重要な空港産業を担っているので損害は避けたい


となると空港産業を担う事が出来ないサイズのハーピーは兵士に組み込みやすいわけだ


問題はリッチだな


「リッチは攻略可能なのか?」

「正直難しいと思われます、俗世に興味がなく自身の研究欲のために魔物化したような存在ですから」


「ただ、戦力としての不死者軍団は非常に強力です、ゾンビやスケルトンは個体としては弱いですが、消滅しない限り無限に再生し、敵の遺体さえも術者の兵士になります」


たしかに、前線で敵の攻撃を受け止める盾役としては最適だろう


リリアナは続けて話しはじめた


「それに、リッチは居場所がわからず、最も難易度が高いでしょう

集落など形成していれば目立つのですが、俗世を嫌っており、なおかつ必要な時に不死者を作ればいいだけなので個体でどこかに隠れられているとほぼ見つけようがありません」


ふむ...まぁ心当たりはあるんだけど...


「リッチは心当たりがある、今もいるかわからないけれど」


リリアナは驚いた


「リッチと面識があるんですか!?」

「いや、まぁ、昔ちょっとな、喧嘩したやつがいてな...」


リリアナはさらに驚いた


「そんな、リッチとそんなに親しくされていたなんて...」

「違うんだけどな...まぁいいや、とりあえず任せてみてくれ、リリアナは他を頼む」


リッチとの関係に興味深々なリリアナをなだめ、俺はリッチに会う準備を始めた



リッチは以前、まだ村になる前の事、リザードマン達を移住させる時に行ったあの沼地のリッチだ


アヌビスが片腕と破壊し、俺に初めての継承を体験させてくれた苦い思い出がある

俺の継承能力に興味を示していたので俺が行けばまた姿を現すかもしれない


ただ、高度な知能の持ち主だ、無理な要求をされる可能性もあり得る

それこそ人間軍との戦争になんてまるで興味がないだろう

姿を消す能力も持ち合わせているし、武力による交渉は無意味だろう

隠れられ、二度と会えなくなる可能性が高い


下手な嘘を言っても看破されるのがオチだろう、正直に話してみるか

それで断られたら仕方ない、他の方法を探そう


俺はアヌビスを連れ、ワイバーンに乗り沼地へ向かった


沼地は相変わらず不気味な霧に包まれ、至る所に死骸が沈んでいる

沼地に降り、以前リッチと戦った場所を探す


霧のせいで地形が把握しにくいが、一時間ほどかけて歩き回った結果

以前リッチと会った場所へたどり着くことができた


「静かだな」


アヌビスが返事をする


「精霊たちもここにリッチがいるとは言ってないね」

「うーん、引っ越しちゃったかなぁ」

「どうだろう、もう少し奥へ行ってみようか」


俺たちは屍を辿り、沼地の奥へ向かった


しばらく歩くと、古い祭壇のような、遺跡のような建築物の跡地についた

強い冷気が漂っている


霧はかなり濃くなり10メートル先は真っ白だ


「だいぶ冷気が強くなってきたな」


アヌビスが答える


「ここは怪しいね、精霊たちはいるけど、ほとんど声が聞こえない」


しばらく待ってみたが一向に現れる気配がない

声を張って呼んで見るなどしているが静かなままだ


「うーん、この霧邪魔だなぁ、引っ越ししたならちょっと霧をどうにかしてもいいかな」

「アハハ!見通しよくしちゃおうか」


以前より力をつけた俺たちはもはやピクニック気分だ

弁当でも持ってくればよかったかな


アヌビスは風を巻き起こし始めた

強い風があたりを吹き荒れる


だが霧は濃いまま一向に晴れる気配はない

アヌビスはどんどん風を強くする


範囲も広がりかなり大規模な嵐を作り出しているがまるで霧は晴れない

アヌビスはちょっと疲れたような顔をして風を起こすのをやめた


「ふぅ、手ごわいね」

「そうだなぁ、俺がやってみようか」


アヌビスとバトンタッチした俺は両腕を空にかかげた

炎の玉を作り出し、このあたり一帯を爆風で吹き飛ばす作戦だ


炎の玉の熱量を徐々に上げていくと、霧は蒸発をはじめ

少しずつあたりが鮮明になっていく


これは効果がありそうだ、このままここへ落としてやろう

俺は両腕を地面に向けると、炎の玉はゆっくりと地面へ向かい始めた

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