狼若男女は

えぬけー

出会う。

After a long, long dream...

……………





……




森の中。


僕は一人。


エ…キ…


声が聞こえる。


エイ……


すごく心地良い。


エイキ…


何度も聞いた気のする声なのに、その主が思い出せない。


いかないで…


悲しそうだ…。

……うだ…

…この声、誰の声だっけ。

き……だい

あの僕の名を呼ぶ声…。

きょ…だ…

あの声…たしか…


タ──




「おい、兄弟!」


「うわっ!?」


飛び起きた。

周りを見ると、あるのは僕の部屋。

何だったんだ今のは…?

…思い出せない。

でも、何か…長い夢を見ていた気がする。


「おいおい、兄弟が寝坊なんて珍しいな?」


「あはは…。ごめんね、兄さん。」


周りを見て、時間を確認する。

今は八時…。

六時には起きるのが僕の生活サイクルなのに、随分遅くなってしまった。


「ごめんね、すぐご飯の準備するから。」


「いや、いい。ホットドッグ作っといたぜ。」


「あ〜…。ごめん、最後の朝ごはんなのに…。」


「heh、こんなこともあろうかと思って勉強しといてよかったぜ。」


ふふっ、と。

笑みが零れた。

どんな時も変わらないのが兄さんのいい所なのかもしれない。


「さ、準備しな。」


「うん。」


言われた通り、今は準備を済ませてしまおう。





「…よしっ。」


フレンズの血が混じった時からできるようになった、衣服の具現化。

自分の毛皮だと思い込み、服を意識しないことで元動物に合った衣装を生み出せる。

そうやって生み出した衣装を見に纏い、兄の元へ向かう。


「お、準備できたか?」


「うん。もう大丈夫。」


「そうか。じゃ、行くぞ。」


「うん。」


僕らはある日出会った義理の兄弟。

それも、今日で別れを告げる…悲しいのかもしれない兄弟だ。



……



「すごい、海とか久しぶりだなぁ…。」


「ま、海の上にいる時間は大して長くないだろうがな。」


軽々しくそう言い放つ兄と共に来たのは、青く美しい海が見える海岸だ。

この遥か先には僕の目指すところがある…。

そう考えると、少しわくわくしてきた。


「ここからは何で移動するの?それに関しては聞いてないけど。」


しかし謎になるのは移動手段。

ボートのようなものも見えないし、それに海の上の時間は大して長くない…?

どういうことだろう?


「ああ、あれだ。」


「…どれ?」


何も見えないけど?


「あれだ。」


「…あの犬!?」


「ああ。」


見えたのは…細長くて白い犬。

嘘だよね?


「ほら、あんまり遅れると困るだろ?行くぞ?」


「え、ああ、うん…うん。」


もう仕方ないと観念して、靴を脱いでそっとおじゃまします。


「heh heh、随分丁寧だな?」


「いやいや、スリッパそのままの兄さんが雑なだけじゃない?」


もう少し感謝ってものを学んだ方がいいと思う。

心の底から。


「それもそうだが…もうんでな。急がせてもらうぜ。」


「あっ、うん。」


なんだろう、用事でもあるのかな?

今日じゃない日にしておけばよかったかな…。


ガクンッ!


「おぉっ!?」


「動き始めたな。」


唐突な揺れにすごく驚いた。

何が起こっているのか見てみると…どうやら、犬が海の上を走って…走ってる!?


「え!?」


「ま、気にしない方が自分のためだぜ、兄弟?」


「あ…あぁ…うん。」


…そうだね、これは海上タクシーかなにかだと思っておこう。

そうじゃないとやってけない気がする。


「おっとそうだ、こいつを持っときな。」


「んっ…ボタン?」


「あぁ、荷物を取り寄せられるように細工してある。」


一体どんなオーバーテクノロジーかファンタジーか…なんなんだろう、僕には理解できない。

ただ一つ分かるのは、僕の前で姿勢一つ崩さず立っているこの兄は、それすらも可能にする技術や能力があるってことだけだ。


「ありがとう。」


深くは考える意味もないだろう。


「ああ、これくらいはしないとな。」


僕らはそんな感じなんだ。

いつだって、それで十分だから。



……



「なぁ、兄弟。」


「どうしたの?」


果てしない水平線を眺めていた僕に、兄の声がかかる。


「…俺はこんなことしかしてやれないが、お前さんの兄として十分だったかな?」


「…僕は兄さんは大事な兄だと思ってるよ。十分なんてそんなもんじゃない、頼りになる立派な兄さんだってね。」


想定外のネガティブな質問だったけど、でも本音で答える。

兄さんは兄さんで、僕を精一杯支えてくれた。

それだけだと思う。


「…heh。」


いつもの笑い方。

声もいつも通り。


「それだけ聞ければ十分だ。ありがとな、俺の最高の兄弟。」


「…うん。」


…いつも通りじゃなかったのは、光った目尻と…

どこか諦めて、絶望したような顔だった。




……





……………





……




「あれかな?」


「あぁ、そうだ。」


海を走る奇っ怪な生物にももう慣れてしまって、ただ水平線を見ながらあの表情について考えを巡らせていた僕の目にやっと写った。

僕の目指す場所。

獣人の楽園とでも呼ぼうか。


巨大総合動物園、『ジャパリパーク』。


世界各地から集められた動物が集まり、そして『獣人フレンズ』となり、展示…もとい、飼育されて場所。

これから僕は、そこに行く。


「すぐ着くぞ。準備しときな。」


「うん。」


さっき見た表情ももう残っていないのは兄特有の我慢の賜物か、それとも僕の緊張によるものか。

表情すら読み取れなくなるとは不甲斐ないけど、実際目の前にすると緊張するものだ。


「…ここが。」


目の前に広がるのは人工物の少ない港。

船の発着には支障はないだろうけど、こざっぱりしすぎている…そんな印象を受ける。


「…さて、俺はここまでだ。」


「兄さん…。」


「元気でやれよ、お前さんならうまくやっていけるさ…兄弟。」


よく分からない生物から降りて、少し撫でてから立ち上がり、兄に向き合う。

思えば、兄が居なかったら僕は死んでいただろう。


「ありがとう、兄さん。僕を救ってくれて。」


「…heh。運が良かったとでも思っておきな。どういたしまして。」


度肝を抜かれたような顔をした兄は、いつも通りの笑みに少しの涙を浮かべてそう答えた。


「また、会えたら会おうね。」


「ああ、その機会があったら…な。」


…これでお別れ。

多分当分は会えないだろう。


「じゃあ、元気でね。」


「ああ、兄弟も。」


最後に軽く拳を合わせると、兄を乗せたままだった生物は元来た海路を走り出した。

僕は少し手を振り、目元を拭い、彼らに背を向けた。


「…。」


周囲を見てみると、案内図があることがわかった。

近寄って見てみると、ここはいくつかの『ちほー』に分かれていて、またここは一つの島でしかなく、他にもいろいろな島があることが分かった。

そしてパンフレットを見つけた。

ご丁寧に地図も着いている。


「…うん。」


ひとまずの目標は、当分の間の宿を見つけることだ。

そこで目に付いたのは、この近くの森林に建てられたロッジ。

そこの風景もパンフレットには載せられていて、どうやら針葉樹林の中、そこそこ高い位置に建てられているようだ。

所謂宿泊施設のようだが、もう客が来ることもないだろうし、あわよくば住み着きたいが…先客がいる可能性は十二分にある。

最低でも数日間、それで十分。

交渉の準備はして、あとは流れでどうにかしよう。

よし。


そう決意し、僕は歩き始め──


「そこの君。」


──たかった。


「…はい。」


声のする方を見る。

そこに立っていたのは、僕と似通った姿をした…フレンズだった。


「君、何者だ?」


「えっと…。外から来たオオカミ、ですかね?」


まずいまずい。

完全に疑いの目を向けられている。


「外?パークの外ってことか?」


「そうですね。」


「…いや、パークの外にフレンズは存在できないはずだ。どういうことだ?」


随分と博識なようだ。

と、観察してる暇はないか。


「僕はオオカミと人間のハーフなので、パークの外でも存在できたんですが…。」


「ハーフ…つまり、何かしらとの混血ってことなんだろうが…いや、ヒトと考えるのが妥当だろうけど、だとしてどうやって?」


「あー…。」


なんてこった。

事実を話したらさらに混乱しちゃったじゃないか。


「あの…。とりあえず一旦腰を落ち着けたいというのもあるので、近くのロッジに行きたいんですが 。お話はそこに行ってからで構いませんか?」


「ろっじか。…はぁ、仕方ない。とりあえずは君の言う通りにしてやろう。」


「ありがとうございます。」


一先ずは話が通じて良かったと、心からそう思う。

とりあえず、一旦ロッジに向かって荷物整理。

それからいろいろ、するべきことをしよう。


「ろっじまでの道はわかってる。着いてきてくれ。」


「はい。」


ちょうど良く案内もしてくれるようだ。

じゃあ、僕についてをどう説明するか…。

今のうちに考えておかないとね。




……





……………

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