7. 魔王城

 大地にはマグマがたぎり、天は闇に覆われ、上空を禍々しい生き物が飛翔している。

 そんな地下帝国のような暗い場所を想像するかもしれないが、魔界全体が全てそういう場所ではない。

 魔王城に至っては山間に儼乎げんことして構え、人間界でも馴染みのあるゴシック様式のような造りで、不気味さを全く感じないものだった。


 その玉座に堂々と座るのは、この物語の元凶となった魔王グレゴワールである。

 彼はドロシアに呪いをかけて以降、その動向を玉座横の泉に映して眺めていた。


「グレゴワール様、どうしてわざわざこんな面倒なことをするのです? 無理矢理にでも契りを結んでしまえばいいものを」

「そうよ! 契りを結んでグレゴワール様の力さえ戻れば魔界を統治するのことも難しくないのに」


「ドラゴネッティ…クロンクビスト」


 ドラゴネッティと呼ばれた男は魔王の右腕となる人物で、朝焼け色の長い髪と黄色の瞳の美丈夫だった。

 一方クロンクビストと呼ばれたのは、瑠璃色の短い髪と、切れ長の赤い瞳が気の強そうな印象の女魔族だった。

「お前たち…先の戦いの発端を忘れたわけではないだろう?」


「勿論です……けれど前伴侶であるシェスティン様とは思いを通じ合わせて結ばれた仲だったでしょう」

「あんなに愛し合われてたじゃない」


「…………」

 グレゴワールが険しい顔をする。

「そうだ…だが認められず、人間と魔族は長い争いをした」


 グレゴワールの悔しさ滲み出る雰囲気に息を呑む二人。

「ドロシア様には託宣が下りているんですよね?」

「あぁ…」


 託宣というのは、魔王に伴侶候補を示すお知らせが現れることだった。

 伴侶候補と言えども誰でもその役目を負える訳ではなく、魔王の力を完璧なものにするためには、この託宣の下りた相手と契りを結ぶことが重要だった。


「あの時は…託宣なんてどうでも良かった。 我はシェスティンのことを心から愛していたからな…」


 沈黙が続く中、ふと泉にはドロシアが魔法を使った映像が映った。

 ボッカーンと火柱を上げて燃える木々と、ぽっかりと地面に空いた空洞を見て固まっているドロシアの姿を見て、笑いが込み上げてくるグレゴワール。


「ハッハッハッハッ! 魔法まで使うのか」


 先程までの悲壮感に満ちた雰囲気から一転して、泉に映る様子を見て愉快げにしている。


「絶世の美女が化物になったら、普通は絶望で生きる気力なんて微塵もなくなる。 そして何としてでも元の顔を取り戻そうと思うだろう?」


「まぁ……そうですね」

「美しさは女にとって大事な要素ね」


「だがドロシアは、なぜか化物になってからの方が生きる力を感じる」

 

トロール顔の豊かな表情が映る。


「あんなに美しかったのに虚無感を漂わせていて、今は吹っ切れたような様子だ。 なぜだ? 何がドロシアをそうさせている?」


 グレゴワールは瞳の奥に光を宿しながら、その口元には三日月のような笑みが浮かんでいた。


「もっと…もっとドロシアのことが知りたい。 ただの伴侶候補としてではなく、純粋に興味が湧いた」

「どうされるおつもりで?」

 普段あまり見ることのない主の姿に戸惑いつつも、ドラゴネッティはなるべく平然を装った。


「反乱軍の討伐に我も加わったらどうなるだろう?」

「………………え? 何と言いました?」

「は?」


「ドロシアたちがこれから向かおうとしている反乱軍の討伐に、魔王軍も加わると言っている」


「!!!!」


 驚き固まっている二人を無視して、グレゴワールはそそくさとその場から立ち去ろうとしている。


「しょ……正気ですか? 確かに反乱軍はこのまま放ってはおけませんが…。 伴侶と契りを結び、正々堂々と均衡を維持するより、討伐に荷担するなど……」

「そうよ! 反乱軍は始末したいけど、人間と協力するなんてありない…」

 慌てふためく二人を背に、歩みを止め振り返る。


「どうせここから見ていてもドロシアは我の元へは来ないだろう。 顔を化物に変えれば、難なく契りを結べると目論んだが…それが通じる相手ではないようだ」

「そうかもしれませんが…」


「我は負けるために呪いをかけたのではない、勝つためにかけたんだ。 ドロシアのことだ、このままでは化物となっても愛してくれる者を探しかねない」

 強い眼差しで言い放つ。


「その為には、少しでも勝機のある方へ賭ける」

「グレゴワール様…」


 納得していないが、従うしかないという覚悟を決めようとしている二人に更に畳み掛ける。


「どうせ今の半人前の我の力では、魔界を統括する力もなければ反乱軍を抑える力もない」

 取り残された二人は、呆然としながらその場に立ち尽くしていた。



「ドロシアたちに荷担したら…分からんがな」

 グレゴワールは一人呟くと、不敵な笑みを浮かべた。







「雷属性!!」

 バリバリバリッと閃光が走り、天を裂くように雷が落ちる。

「火属性!!」

 ゴォォォォと音を立てながら、大きな火球が揺らめく。

「水属性!!」

 バシャァァッと飛沫を立てながら、まとまった水の群が放射状に飛び散る。

「風属性!!」

 ヒュオーーーッと砂塵を巻き散らしながら渦を巻く。

「援護!」

 空間を割いて現れた透明の盾が、目前を覆う。

「ヒール!」

 幾つもの光の結晶が躍り、包み込む。


 ドロシアは、肩で息をしながら恨めしげにアンブローズを睨んだ。

「……ちょっとハァ……いくらなんでもハァ……こんなに詰め込むことないじゃないゼェ……」


「いや完璧だ、実に素晴らしい」

 そう言いながら、無表情で手を叩く。

「時間に限りがあるのだから、ある程度は無理をしてもらわなければ仕方ないだろう? でも、これでドロシアも晴れてS級の魔法使いだ」

「クッ……」


 地獄のような一週間に見合った成果が得られたことは純粋に嬉しかったが、幼く見えるこの魔法使いがどんな時も淡々としていて、いまいち感情が読み取れないことに一抹の不気味さを覚えていた。

 メイフォースのような窺い知れない怖さとはまた違い、見た目の幼い天才魔法使いが何者なのか、ドロシアは知りたいような知りたくないような複雑な気持ちだった。


「お陰さまで……これで私も守ってもらうばかりのお荷物にならなくて済みそうですわね」

 フフフと笑っているが、その目は全く笑っていない。


「いやぁ、本当に素晴らしい! S級の魔法使いなんて、そうそうなれるもんじゃありませんよ」

 そうメディー・フランシャールが言うと、すんなり受け入れることが出来るのが不思議だ。

「いろいろとフォローして下さり、ありがとうございます。 メディー」

「いえいえ、私なんぞ大した役にも立てずハハハ」

 アンブローズに対する態度とは違い、メディーには純粋に感謝の意を表する。


 そんな二人の様子を見ても、表情一つ変えないアンブローズがメディーに持っていたドロシアの魔法修練用の荷物を預ける。至極当然といった具合にそれを自然に受けとるメディー・フランシャール。


「メディー、僕が不在の間はくれぐれもよろしく頼む」

「はいっ、お任せください」

 相変わらず親子にしか見えない逆師弟関係に違和感を覚えつつも、ドロシアは一先ず自分に課せられたノルマを全う出来たことに安堵していた。





 そしてドロシアたちは、メイフォースの元へ集まっていた。

「いよいよ出発の日も明日に迫ったね」


 メイフォースがその場にいる全員の顔を見渡す。そして、ドロシアと目を合わせると、ニコッと極上の笑みを浮かべる。

「ドリーすごいよ! S級の魔法をたった一週間でマスターしたんだって?」

「マスターしたというか……無理やりされたといいますか……」

 目が泳いでいるドロシアの両手を掴み、強く握り締める。


「正直君を送り出すのが不安で仕方なかったけど、S級魔法が使えるドリーなら案ずるには及ばないね!」

「お役に立てるよう精一杯頑張りますわ」

 頷き、優しい眼差しでドロシアを見つめていたメイフォースだが、弾かれたように顔を上げる。


「皆もこの一週間、それぞれの責務を果たして明日からに備えてくれたことに感謝する。 くれぐれも無理のないようによろしく頼んだよ」



「初めはどこへ向かえばいいのでしょう?」


 ドロシアが訪ねると、ルイスが答える。

「初めは西に向かおうと思っている。 この前アンブローズに見せてもらった地図だと、西側から反乱軍が攻めてきているようだった」

「うむ、西側の村や集落からこぞって落とされている。 近隣の領地には、落ち延びた人々が押し寄せて影響が出ているかもしれぬ」


 アンブローズが指を軽く鳴らし、空中に地図を出す。


「まずは西側で1番大きな国、ダラムシュバラに向かってみてはどうだろう?」

「ダラムシュバラ…」


「国交はあまりないが、アンネリーゼ女王が治めてる国だよ」

 メイフォースが地図を指差しながら言う。


「女王…」


 こうしてドロシアたちは、西の国ダラムシュバラを目指すこととなった。

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