片思いが報われたり報われる気配がする短編集。

空代

誤解と誤配のラブレター・ミステリー(現代・同い年、良い奴×にぶにぶ、友達)

 放課後の教室に二人きり。――なんて言うと非常にロマンティックに思えそうだけれど、そういう要素は一切無かった。私が日直だったのは残るに都合のいい理由で、渡瀬わたせは付き合ってくれるお人好しでしかない。筆箱にペンを仕舞うと、渡瀬がこちらを見た。

「お待たせ」

 日誌を閉じ、声を出すまでが合図だ。少し硬い表情で口角を引き結んだ渡瀬は、本当に気の良い奴だと思う。話をしたい、と言っただけなのに、神妙そうな態度で私の言葉を待つのだから少し申し訳ない心地にもなる。私が渡瀬に言われたら茶化してしまいそうだけれど、渡瀬はあくまで真面目だ。

 けれども、もし渡瀬が同じように頼ってきたら私も二つ返事で聞くだろうから、頼ることを後ろめたくは思いたくない。それに、これは渡瀬も完全に無関係とは言えないだろうし。申し訳なく思うのは、ここにいない誰かだけに留めて呼吸をひとつ。

 机の上に取り出したのは、一通の手紙。

「ラブレターの誤配をされた」

「…………は?」

 たっぷり間を空けてから零れた渡瀬の声と表情は、なんと表現していいのかわからなかった。


 * * *


「誤配なんて早々無いだろ。配達員がまとめて届けた訳でもあるまいし」

 納得いかない、とでも言うように渡瀬が腕を組んだまま中指をとんとんと小刻みに動かす。言いたいことは分かる。わざわざ机の中にあった手紙なのだから、普通に考えればわかって入れたことになるはずだ。

 けれども、タイミングが悪かった。

「昨日の席替えを把握していなかったんじゃないかな、私が貰う訳無いし。見ての通り、今私がいる席は美結みゆの席だった訳で。あの高嶺の花かつ彼氏持ちに想いだけを伝えようとしたいじらしい人には申し訳ないにもほどがある。私に間違えたとか悪夢でしょ」

 親友に対して高嶺の花というのは身勝手だと思うが、実際問題なんで私と親友やっているのか多大に疑問な美結は本当に美人だ。美結の恋人であり私と腐れ縁の圭吾けいごがよく茶化してくる程度に私と美結は凸凹だと思う。ただ見目が良いだけでなく、はつらつとした美結に憧れる人間は少なくない。

倉橋くらはしが有り得ないと言う理由は倉橋の主観でしかないだろ」

 それでも渡瀬は不満を示すままで、つい眉が下がってしまう。圭吾が私と美結を比べ茶化す度、わざわざ律儀に私へのフォローをしてくれるくらい渡瀬は良い奴だ。圭吾の言葉選びが悪い、という言い方ではなく、美結と私が凸凹なんて気にしたこともないとでもいうように、誰でも同じような態度で接してくれる。

 多分、圭吾も渡瀬のそんな態度に甘えているのだろう。圭吾が私を茶化すのは、大抵渡瀬が居るときだ。真面目な奴なんだよ、と渡瀬が居ない時楽しそうに言うので、渡瀬にとってはどうかわからないが圭吾にとってはお気に入りの親友という立ち位置でもある。

 そんな性格だから、美結も渡瀬を気に入っていてよく話題に出している。わかる。人の良さだけでなく圭吾にはっきり言うところとか、優柔不断ではなく一本芯がある人間というのは素直に好ましい。とはいえ、渡瀬の平等な考え方が正しいという訳でもないので私は頭を掻いた。

「確かに主観だけれど、それとは別に根拠もあるんだ。申し訳ない事に、私宛かと思って開けてしまってさ。その中身が、ね。……入っていたのは告白の一言と、プリムラ・ジュリアンの押し花」

 宛名と差出人がない封筒に入っていたのは、二枚の便せん。一枚目には『好きです。』というたった一言。二枚目はなにも書かれておらず、ただ控えめにプリムラの花が貼られていた。

 私宛な訳がない。眉間に皺を寄せた渡瀬に、私は息を吐いた。

「プリムラは色んな花言葉があるけど、プリムラ・ジュリアンの花言葉は『青春の喜びと悲しみ』。手紙の二枚目、言葉を書かない空白にこの花を貼ったなんていじらしいよ。諦めなきゃいけないとわかっていて、それでも、恋心を伝えるだけはしたかった。相手に気負わさないように自分の名前すら書かないで、ただ、叶わないとわかっているという花を添えて、言葉だけ。私相手だったらこんなのありえないよ。なんの障害もないからね」

 私の説明に、渡瀬は目を伏せた。納得してくれたか、少し考え直そうとしているかはわからないがまあ私宛がありえないという根拠は届いたのだろう。花言葉なんて詳しくないのだが、丁度一番好きな花だったのでラッキーだった。この花言葉はわかるし、お陰で下手な誤解もせずにいじらしさに想いを馳せる事が出来る。

 実際問題、私に対して秘めたる恋なんて似合わないのだ。惚れた腫れたと無縁な人生は気楽な限りで、もしも有り得たとしたらもう少しアプローチしてくれても大丈夫だろう。他に相手が居るわけでもないのだから当然だ。昔は圭吾との関係を揶揄されたが、今は見ての通り美結がいるおかげで平和な学校生活を送っている訳である。

「そういう訳で誤配は確実なんだけれど、美結に伝えるにしてもなんにしても、差出人がわからないとなぁってところでさ。心当たり無いか相談したくて」

 渡瀬が目を伏せたまま、眉間の皺を深める。それ、戻らなくならないのだろうか。心配になるけどまあよく眉間に皺が寄りやすい渡瀬は、そのくせすぐ柔らかい顔をするから意外と皮膚が柔らかいのだろう。ギャップ萌え、とか言うのが合うのかもしれないなんて失礼なことを勝手に思っているのは内緒だ。

 まあそんな事は置いといて、渡瀬の眉間に皺が寄るのはよく分かる。美結にラブレターなんて知ったら、圭吾がやかましくなるのは決定事項だ。美結にはちょっとした焼き餅とそれでいて美結と相手に対して寛容な態度を見せるくせに、私の前ではべそべそ泣き出す。渡瀬の前でもべそべそする。我ら圭吾被害者の会ってところある。だからこのラブレターは私と渡瀬の問題でもあり相談する必要にもなっていて、いじらしい告白主には大変申し訳ない限りである。

 正直なところ、それだけでない自分勝手な理由も大きいのだが。

「倉橋は思い当たらないのか」

 静かに、渡瀬が言葉を差し込んだ。正直に頷く。頷くが、考えない訳ではない。

「とりあえず席替えがわかってなかったってことは他クラスだと思う。もしかすると後輩たちかもしれない、と思うけど同学年でも一日じゃわからない場合もあるだろうし後輩って言うのは危ういかなって思って保留。なんかうまくわかるといいんだけれど」

「他になにか無いのか」

 渡瀬の言葉に、小さく息を吐く。封筒は、綺麗な白。

「……文字がすごく綺麗で、手紙のルールも把握して、花言葉も知っていて。繊細な人だと思うよ。だから余計心配というか」

 自分勝手な理由は、そこだ。圭吾はなんだかんだいって気の良い奴だけれど、ちょっと声が大きすぎる。相手を責めるつもりはなくとも聞こえた言葉でなにか胸を痛め一人で気に病む人が居たらどうしよう、というのが正直なところだ。大事な想いで、誰、なんて知らせない方がいいのは分かるけれど。私に間違えてしまったことだって、どこかで気づいてしまうかもしれない。せっかくの勇気を、こんなにいじらしい気持ちを、差出人が悪く思うことがなければいいと言うのが私の勝手な気持ち。

 誰が差出人と知ったところでなにかこちらから動くことは出来ないけれど、知らないままよりも知っていた方が、出来ることが増えると思うし。

 好き、を、捨ててしまうのは、自分の勇気を貶してしまうのは、なんだかすごく悲しいから。

「いざという時にフォローできたら、って私に思われるのも嫌だと思うけどさ。でも、知っておきたいって思った。あんまりにも、あんまりじゃないか。まるっとみんなハッピー、が難しくてもさぁ、気持ちとしては、悲しいモノは減らしたいよ。杞憂かもだけど」

 こんなに控えめなことをした、ひとひらの勇気。花束ではなく、たった一つ、花のかけらを封じ込めて。枯れない気持ちは、言葉に出来ない余白を飾るだけ。その気持ちを、私はなかったことにはしない。だから、美結に届けるけれど。だから、知っておきたいのだ。

「文字、見てもわからないのか」

 顔を背けた渡瀬が、ため息と一緒に言葉を落とす。渡瀬はそっとしておきたいのだろう。名前を書いていないのだから当然だと思う。渡瀬は、距離を置く優しさを持っている。私も踏み込む気はないけれど、でも放っておけていないのだから呆れられるのは仕方ない。

 それでも私の憂慮を思って思考を手伝ってくれるのが渡瀬で、そりゃ圭吾も甘えるよなぁとしみじみ実感してしまう。

「筆記で誰ってわかるような記憶力していないしねぇ。あ、凄く丁寧に書かれたのは感じたよ。一文字一文字、気持ちを込めたんだなって思う。止めも払いも、なんていうか気を使って書いたんだなって私ですらわかるもん。渡瀬が見るともっとわかるかもしれない」

 でも、流石に見せるのは止めておく。渡瀬も見る気は無いようで、眉間の皺を指の腹で押していた。

 文字については、本当なら渡瀬の方が詳しい。別に渡瀬の普段書く文字が綺麗ってわけじゃないんだけれど、習字をやっていたらしくて半紙と筆さえ持たせておけば中々かっこいい字を書くのだ。普段の文字とこれまたギャップである。良い意味でのギャップなので、渡瀬もそこそこモテそうだけれど圭吾と群れているのでそういう要素はない。

 圭吾に彼女が居るのにある意味不器用だなと思うけれど、おかげさまで四人で騒げるとも言う。渡瀬には悪いが恩恵を貰っている立場だからそのへんはなにも言えない。

「これだけ緊張して書いたモノなんだから、こう、悪い結果にならないといいんだけれど。いや二人が別れて欲しいとかじゃなくて、想う、ってことがさ。私が言う事じゃないんだけどさぁ」

 ずれかけた思考を戻しながら、ぐだぐだと言葉を吐き出す。真っ白い封筒。幸い私がつぶすような事をしなかったので、おそらく机に入っていたままの形で残っている。

 こんな丁寧な文字、さすがに学校では書かないだろう。内容も内容だし。緊張しながら、彼女を思ってひとつひとつ重ねた文字。個性を無くす白い封筒は、寧ろ書き手の心情を語るようでもある。皺が付かないように丁寧に運んで、気づかれないように机に入れて――その先が私なのは本当申し訳ない。私のせいじゃないんだけれど、自業自得と言うにはあまりにかわいそうだろう。

「もし泣いてしまうことがあるとして。その涙の零し方が、しんどくないといいなって思っちゃってさ」

 落ちた声がやけにしんみりしていて、私は頭を掻いた。私が気に病んでも仕方ない。渡瀬だって困るだろうとはわかるのだ。渡瀬に誰か心当たりがあればとか、そういう話を気楽にしたかっただけなのに。つい、見知らぬ人に思いを馳せてしまう。

 気まずい沈黙。どうしようか、と途方に暮れて封筒を見ていると、影が差しこんだ。

「倉橋宛だったら、どうするんだ」

「へ」

 影が封筒にかかったのは急に日が落ちたせいではない。渡瀬が机に手を突いたからで、じっと見据える目に少し体を引く。真剣さに理解が追いつかないと、渡瀬は顎で封筒を示した。

「そんだけ同情して、知らない奴で。倉橋の根拠は結局倉橋のモンでしかない。……勝手な憐憫で、もし倉橋宛で、叶わない恋じゃないってわかったら、そいつと付き合うのか」

 はくり、と変な空気の吸い方をしてしまう。いや吸ったのか? 吐いたのかもしれない。そんなことはどうでもいいのに軽く怯んでしまった私は思考がてんやわんやだ。私な訳ないじゃないか、と笑おうとするのに、なんでか渡瀬がちょっと怖い。

 いや渡瀬が怒っても仕方ないんだけれど。はっきり言って無責任なちょっかいだったよな、反省する。差出人は知られたくないんだし、私がひっかき回すものでもない。勝手な憐憫は違う。うん、わかる。

 わかるんだけれども、今の渡瀬の態度がちょっとわからない。この納得でよいのかといったら、多分、違うんだろう。

 じっと渡瀬が見据える目が、あんまりにも真っ直ぐで混乱する。混乱するけど、逸らすのは誠意がない。それはわかる。それだけしかわからないとも言うけれど。

「付き合わない、けど」

「……けど?」

 渡瀬が言葉尻を掴んで、続きを促す。怖い。いや、怖くない。なにも酷いことをする奴じゃないし、確実に私がなんかやらかしていて、そのせいなのはわかるのだ。渡瀬は理不尽をしない。そういうところ尊敬しているし、全体を見る視野は憧れるし。

 だから怖いのかもしれない。間違っている、と呆れられるのが、怖い。いやでも聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。目を逸らしてはいけない。

「話は、したいと思う。気持ちを埋めてしまうには、あまりに私はその人を知らないから」

 渡瀬の目が細くなった。それが、なにを意味するかはわからない。真っ直ぐとした視線が大きなため息と一緒に外れる。呆れられたのだろうか。美結宛だからありえないもしも話とはいえ、渡瀬はなにか私に考えさせたかった。きっと、なにか伝えたかったのだと思う。

 身を引いてしまっていたのを、少し直す。渡瀬の顔を覗き込もうとすると、ばちり、と、目が合ってしまった。

 硬い表情。目を見ただけで感情を読みとれるほどの器用さを、私は持っていない。

「それ、俺の」

 真っ直ぐな視線と一緒に落ちた声は、静かだ。あんまりにもするりと落ちたので認識が滑る。それ、おれの。一音ずつ咀嚼し直して、それからようやく理解した。

 理解したけれど、私から吐き出せる言葉はなかった。渡瀬は何も言わない。喉が圧迫されて、酸素が薄くなる。息を止めているせいだ、と思うのに、ろくすっぽ動かない。

 それ、俺の。渡瀬が、書いた。机に入れて、それはそう、つまり――

「……ゃだ」

 ようやく零れた酸素は、情けない音をしていた。渡瀬の顔がしかめられる。苦しそうな顔だ。その表情を見てようやく、自分の発した音の意味に気づいた。

 咄嗟に口元を覆っても、言葉は取り消せない。

「悪い、お前はそういうじゃなかったのに」

「まって」

 薄い酸素にあえぎながら、慌てて渡瀬の左腕を掴んだ。不愉快だろう、わかる。わかるけどちょっと待って欲しい。いやもう最低すぎて弁解するのも申し訳ないんだけれど。でも、でも。なんで。なんで渡瀬が。こんなの。

「ごめん本当ごめん、やだとか言った自分がすっごくショックなんだけれどちょっと待って欲しい。渡瀬を傷つけたい訳でも渡瀬の気持ちを否定したいわけじゃないんだ。ただ、驚いて。いやでも驚いただけじゃないよほんとごめん勝手すぎる。なん、もう、待って」

 待ってという私の言葉に律儀に従って、硬い表情のまま渡瀬は言葉を発しない。掴んだ左腕はそのままで、左手は堅く拳を作っている。まるで覚悟を決めているような、傷つくことを耐えるような様子に苦しくなる。なんでそんな、渡瀬が。そう思うのに、同時に沸いたものは本当に身勝手で、胸が苦しい。

 でも、隠しちゃいけない。傷つけてしまっただろう言葉の意味を、少しでも軽くするには自分の罪悪を語らねばならない。なんとか呼吸を繰り返して、渡瀬の腕から手を離す。

「ごめん。まさか、渡瀬が美結のこと好きだったなんて、気づかなくて」

「……は?」

「渡瀬がそんな苦しい気持ち抱えてたなんてほんと一切気づいていなかった。親友との板挟みとか余計しんどいよね、ごめん。本当ごめん。なのにもっと謝らなきゃいけないことがある。ごめん」

「倉橋」

 ひたすら謝罪を重ねる私に、どこか戸惑うような渡瀬の声は優しい。良い奴だから、私の謝罪を気にしているんだろう。私の心労を思っているのかもしれない。でも、だからこそ、懺悔をしなければならない。

「それでも伝えたもの、隠さないで私に教えてくれて、本当はつらい気持ちをどうにもできずとも聞かせてもらっていればよかったのに。やだ、とか。自分でもびっくりした。凄く勝手だ。渡瀬が悪いんじゃないんだ。渡瀬がつらかったことを嫌だっていうわけでもないんだ。ただ、渡瀬が美結のこと好きなのが、苦しくて、ごめん。勝手だった。全部私の勝手で、ごめん渡瀬私」

「倉橋!」

 さっきとは反対に、渡瀬の手が私の腕を掴む。ぎゅ、と押さえた渡瀬は、それだけですぐに手を離した。

 大きな手が、そのまま顔を覆う。呆れて当然だと思う。友人の秘め続けてきた告白を、こんな身勝手に私は否定したのだ。ごめん、と、謝るのも勝手で、それでも出てくる音はそればかりで。私は。

「……落ち着け。席替え、そもそも俺は知ってただろ」

 静かに、一音一音渡瀬が言葉を並べる。渡瀬はまだ頭を抱えていた。席替え。そうだ、渡瀬は知っていた。知っていた、ということはうっかり間違えてしまったのか。なんという運の悪さというか、

「俺が、倉橋に、書いたんだ」

「う、うそだぁ」

「嘘ついてどうする。お前だお前」

 じろりと渡瀬が横目で私を見る。いやでも納得できるわけ無い。だってなんで手紙でわざわざ。おかしいとしか言えない。直接言うタイプだと勝手に思ってたし、そう、それに。

「花言葉はどうなってるのさ」

「知るか。倉橋が好きな花だったから貼っただけだ。深読みしすぎだっつーの」

「筆跡わざわざ変えてまですることじゃないし」

「変えたんじゃない、丁寧に書くとああいう字なんだよ。くっそ時間かけたんだからな! 普段の文字は普段使いってだけで、書こうと思えば筆じゃなくても書けるんだよああいう字!」

「ひい、そこまでギャップ持ちなのなんなの渡瀬ぇ」

 渡瀬じゃないけれど私まで頭を抱えてしまう。いやでもそんな、まさかすぎるでしょう。不幸な誰かが居なかった、間違えた罪悪感が消えたのはいい。けれど正直罪悪感も何もかもすっ飛んでパニックだ。いやだっておかしい。絶対おかしい。

「差出人も宛先もないし、なんかこう、秘めたものかと思うでしょこんなん」

「本当は直接渡すつもりだったんだよ。でもお前絶対ネタだと思うだろ。これまでだって何度も何度もお前」

「待ってアレリップサービスじゃなかったの!?」

「俺がリップサービス言うようなキャラか!?」

 抱えた頭を上げると同じように腕をおろして盛大に返す渡瀬とがっちり正面で目が合う。怒ってる。そりゃそうだこれまでを思い返すと全力で確かに私が悪い。

「いやでもあんまりにも当たり前に言うんだもん気づかないよ……」

 好きだから一緒にいて楽しいとか、美結と違った良さがあるとか、ドストレートに言い切りすぎて友愛だと思った私は悪くないと思う。ぐぬぐぬと呻きながら少し引くと、じとりと渡瀬が半眼になった。

「だからわざわざ手紙突っ込んだんだろ」

「正論すぎてぐうの音もでない……腹切って詫びるしか」

「武士か」

「正直な気持ちだよぉ」

 ひいん、と鳴く。泣くじゃなくて鳴くだ。言語になり切らない悲鳴みたいな音に、渡瀬がひとつ大きなため息を付いた。

「それで。……お付き合いしたいんですけれど?」

「ひぇ」

 つい椅子ごと引いてしまう。腹をくくった人間は強いと言うべきか、いやそもそもリップサービスでなくああいうことを言っちゃえるから渡瀬はだいぶそういうの慣れているのかもしれない。意外すぎるけど。ああでも顔の赤さは夕焼けとは別で、そう、結局のところ渡瀬の誠意だ。

 好きか嫌いかで言えば圧倒的に好きだ。友愛でなら全力で是と言える。でも。

「ちょっと待って整理がつかない……好きだけど、好きだけどぉ」

「別に一日や二日は待つけど一ヶ月は相談して欲しい」

「基準をはっきりありがとお」

 懐が広いというかきっちりしているというか。そういうところ流石だと思うし、私の情けなさが際だつ。

 どうしようもない気持ちで、渡瀬がくれた手紙を改めて撫でた。じっくり眺めてしまったので、取り出さなくても鮮明に中を思い浮かべることが出来る。

 あんなに綺麗な文字で、言葉を並べて。私だって言ったか覚えてないくらいあっさりとした、私が好きだと言った花を覚えていて、添えて。これまで積み重ねられた私への言葉は、気遣いでもなんでもなく、また平等主義によるものでもなく。疑いようもない気持ちが、手のひらの下にある。

 渡瀬が手紙を送る相手が、美結でなくてよかった。そういう言葉は、私の気持ちには足りない。

 渡瀬が手紙を送る相手が、私でよかった。

「……渡瀬」

「おう」

「私も手紙書くからさ、その、……よろしくお願いします」

 ぱち、と私の言葉に瞬いた渡瀬は、ややあって破顔した。

「手紙じゃなくても俺はわかるぞ、鈍くないし」

「鈍くてすみませんでしたねぇ! 絶対送る、私ばっかり動揺するのなんか悔しいしどうにかして一矢報いたい!」

 握り拳を作って宣誓をする。やられっぱなしは性に合わないのだ。あと貰ったものに対して私の言葉が軽すぎる気がするし、ちゃんと、こんなにいっぱいの大切になにか、見合うものが無理でも、それでもなにか送りたいと思うのは道理だ。なにも間違っちゃいない。

「渡瀬の心臓揺さぶるくらいのものが無理でも数打ちゃなんとかなるかもじゃん!」

「とっくに爆弾ぶん投げてたと思うんだけどな……」

「えっなにそれ」

 爆弾と言われるようななにかを言った覚えも渡した覚えもない。素で問いかけると、渡瀬が遠い目をしながら小さく息を吐いた。

「鈍さが他人だけでなく自分にも適用されるの、ある意味強いと思う」

「鋭くなる為に教えてください!」

「それ、俺の羞恥を解説しろっていう外道な発言ってわかるか?」

「パートナーに選んだんだから覚悟して欲しい」

 きっぱりと言い切ると、渡瀬は額を押さえた。そのままこめかみを挟むようにもみ込むと、さっきの小さな息よりもはっきりとしたため息を吐き出す。

「まあ、追々、ゆっくりな」

「言質とった!」

「ハイハイ、とられたとられた」

 やや面倒くさそうな声で返されるものの、渡瀬の表情はおだやかだ。優しい目、の意味を今更感じて照れくさくなり、拳を突き出す。

「改めてよろしく」

「おう、よろしく」

 ごちりと拳がなって、そして。

「……これからはこっちも有りだと思うんだけどどうですか」

「ひえ」

 拳を下ろそうとした手をそっと掴んだ渡瀬に、変な音がでる。

「あ、りだとは、思い、ます」

「まあ気が向いたときにでも考えてくれ」

 握る、に応えようと開いた手を、軽く叩くだけで渡瀬は手を離して小さく笑った。やっぱり渡瀬の方が慣れている。まあ私がこういうこと初めてすぎるせいなんだけれど悔しくて、離れた手を追った。掴んだ手に、渡瀬の目が丸くなる。

「……気が向いた、んで!」

 渡瀬の視線から逃げるように下を向いて、言い訳のように叫ぶ。そのままぎゅっぎゅと手を圧迫するのはなんの色気もないだろう、ということは重々承知だ。ふれあうだけとか気恥ずかしすぎてちょっと無理なんだよ察してくれ。

「ホントお前、ホント……」

 呻くような渡瀬の声に手の圧迫を止める。ちょっと子どもっぽすぎた自覚はあるので返事はしない。

「そういうトコロなんだよお前……」

 言葉と一緒に落ちた大きなため息の理由はわからないものの嫌悪でないことくらいはわかったので、気恥ずかしさを誤魔化すように私は笑った。


(2020/03/14)

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