第21話 虚像は揺らめき、銀光は駆け抜ける1

 毒で寝込むことの多いセルディナだが……実はその一日は、意外と忙しい。


「この前話していた孤児院のお話ですが、このまま進めて下さい」

「畏まりました。建物はセルディナ様のご要望のものを押さえております。孤児院として使うという話をしましたら、少し安くしてくれるとのことです」

「あら、そんなの駄目よ。私の個人的な資産から出すから、定価で良いと伝えて頂戴」

「いえ、相手の方も、マクバーレン公爵……それもセルディナ様のご要望とお聞きして、それなら是非と言っていますの」

「なんだか申し訳ないわ」

「セルディナ様には以前、不作の時期に助けて頂いたらしく、酷く感謝をしているようでしたから、お心遣いだと思って、受け取って頂ければ……」

「まぁ、覚えていますわ。大雨で作物が駄目になってしまった事もあったわね。助けたと言っても、お父様に少し進言しただけなのだけど……けれど、ありがとうございます。お相手の方にも、そう伝えて欲しいわ」

「ええ、勿論です」


 午前中は、建物の売買をする商人と、新設を予定している孤児院についての打ち合わせをして。


「それで、最近の売り上げはどうかしら?」

「はい、毒消しの薬の売り上げが好調です。他のお店より、ギルド取り扱いの製品の効果が段違いだと噂になっています」

「ふふ、なら良かったわ。また手配しておくから、冒険者ギルドの売店に置いて下さるかしら?」

「勿論です。本来でしたら、こちらからお願いさせて頂く事ですから。それから、魔物発生の情報が出ていました」

「あら……いつもより出現が早くないかしら」

「いつも通り、討伐をお願いしても宜しいでしょうか?」

「そうね……孤児院の事別件でお金もかかりそうだし。ロキ、お願いしても良い?」

「セルディナ様の御心のままに」


 午後はまた別の、冒険者ギルドの職員と取引の話をして。


「……貴族の令嬢って奴ァ、忙しいんだな」


 口を開けばボロが出るからと、一日中黙っていたギナンは、全ての来客が帰った後に呟いた。


「ダリアもギナンも、慣れない恰好で疲れたでしょう。こちらで休みましょう」


 セルディナの言葉の通り、ダリアとギナンは、ロキと同じように従者の恰好をしている。ダリアは黒いワンピースで、ギナンは同じく黒色のスーツである。別に黒でなくてはいけないという訳ではないが、白い服を出した瞬間、二人して「絶対に汚す」「汚すなァ」「無理だ」「姫さんには悪ィけどな」と、謎の連携で拒絶した。


 ……ちなみにギナンは、何故かセルディナの事を「姫さん」と呼んでいる。

 「いやァ。俺がセナって呼んだら、何か睨まれそうだしよォ。セルディナ様ってのも、なんかむず痒い。姫さんで許してくれよ?」とギナンは言っていた。

 「睨まれる」というのは……十中八九、ロキからだろう。ダリアがセルディナの事を「セナ」と呼ぶのにも、ロキは嫌そうな表情を浮かべていたから。


「本当は、セルディナ様がするような仕事ではありませんからね」


 マナーの授業や、通常の勉強などは通常の令嬢でもするだろう。だが、それに加えて商人や、冒険者ギルドなどともやり取りをしているのは珍しい。

 何故セルディナが取引をするのかと言えば……


この家の管理をしている方グラシアが、|セルディナ様に必要な資金を分ける事も出来ない能無しなので」


 ……副音声が酷かった気もするが、セルディナを取り巻く事情は、珍しく苛立っているような感情を表に出しているロキの言葉通りである。

 セシルから家計を任されているグラシアが、セルディナにお金を渡さないのだから、必要経費をセルディナ自身で稼ぐ必要があるのだ。


「ちょっと色々と拗れていて。……必要に迫られてやり始めた事だけど、意外と楽しいわよ?それに、ロキも助けてくれているのよ。毒消しの薬なんて、ロキの調合なんだから」


 セルディナの言葉に、「すげェな」とギナンは呟いた。それは、自らの力で道を切り開いたセルディナと、セルディナを支え続けたロキの二人に対してのものだった。しかし、セルディナはロキの調合に対する言葉だと勘違いをして……


「そう!ロキは本当に凄いのよ」


……どこまでも純粋に、ロキを褒めた。


「セルディナ様、お茶を淹れてこようと思うのですが……席を外している間、くれぐれも怪我をしないで下さいね」


 セルディナの言葉に恥ずかしくなったロキが、そのまま部屋を出て行こうとする。

 「心配しなくても大丈夫よ」と、いつも通りに警戒心の無さすぎるセルディナに、「失礼とは思いますが、私はまだ、彼らがセルディナ様へ危害を加えないと信じきれていませんから」なんてことを言いながらも、ロキの耳はうっすらと赤くなっていた。


「ロキは心配症なんだから」

「ええ。セルディナ様が守れるなら、心配性それで結構ですので」


 笑うセルディナに、念を押しながら出て行ったロキが部屋から出て行った。


「戦闘も出来て、調合もできて、完璧超人かよ。つうか、毒消し薬の調合なんか、魔物に学べないだろ」


 その背中を見送って、「うへぇ」と顔を顰めたのはダリアだった。


「ロキも最初から完璧だった訳ではないわ。最初は紅茶の淹れ方も分からなくて、私のために学んでくれたの。……毒消しの薬も、必要だったから勉強したのよ」


 セルディナの言葉に、ギナンとダリアは首を傾げた。


 ―――毒消しの薬が必要ってどういう事だ?

 ―――さァ?俺が知る訳ねェだろ。


 視線で会話をした二人だったが……その答えは、案外早くにやって来た。


「セルディナ様、お茶をお持ち致しました」


 そう告げる、ロキとは違う女の人の声と共に。



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