第14話 虚像は公爵令嬢に救われる8

「……それで、セルディナ様。彼女には何をさせるのでしょうか?」


 食事が終わって、一息ついて。セルディナに問いかけたのは、ロキだった。

 現状、ロキはセルディナの従者として側に居る。「ダリアも同じように従者とするのか」と、ロキはセルディナに聞いていた。


「うーん。傍に置くにしても、頃合いを見て死んだことにして逃がしてあげるにしても、体力が戻らないとどうにもならないのよね。アルシア殿下と婚約を結ぶ前なら侍女としたのだけれど……「え、アルシアって……第一王子の名前だよな!?」」


 「今の立場だと、お父様が反対しそうね」と言いかけたセルディナは、ダリアに言葉を遮られてしまう。


「ふふ、そうよ」

「は?え?第一王子と婚約?セナが?」

「そうみたいなのよ。先日発表があったのだけれど……まだあまり広まっていないみたいね」

「ええええ!?」


 驚きの声を上げるダリアだったが、ふと黙っているロキに視線を向けて……にっこりと、満面の笑みを浮かべるロキの姿に気付いてしまった。

 「ダリアさん、セルディナ様のお言葉の途中でしたよ」と笑顔まま、ロキは淡々とした声で注意をする。


「わ、悪かったよ!」


 怖すぎた。いっそ怒っていると分かる表情で怒鳴られる方が、まだマシだと考えながら、ダリアはロキとセルディナに謝る。


「そのぐらい、私は気にしていないわよ?」

「いいえ、セルディナ様のお言葉を聞き逃したくありませんので……」


 ふわふわと笑うセルディナを見て、ロキの笑顔も、恐怖を感じるものでは無くなったけれど……正直、怖すぎる。


 ―――多分“アレ”は、逆らったら必ず報復してくるタイプの魔物だ。


 ダリアは密かにそう考えた。しかもロキは、魔法を使ってセルディナに向かって行ったダリアの事を、素手で制圧してみせた実力の持ち主。セルディナの前では穏やかそうな顔をしているが、セルディナの居ない場所で何をされるか分かったものではない。


 ―――ロキに逆らうのは駄目なヤツだな。


 短い時間でのやり取りの中で学んだダリアは、忘れないよう心に刻んだ。


「それで話を戻すけれど……殿下の婚約者になったでしょう。今までのように、自由にさせて貰えないと思うのよ。……いえ、やっぱりお父様は私に興味を持たないかしら?一応、侍女にしたいと言ってみるけれど、駄目だと言われてしまったら、ダリアには孤児院の管理を任せる事にするわ」


 「もしかすると、お父様も私の事を気にするのかも」なんて思ってしまったセルディナは、淡い期待を持たないように、すぐに自分自身で否定をした。だって、セルディナが毒を盛られていても気付かないのだから、今更従者の魔物が一人増えた程度で、何も言われない可能性も高い。


「ダリアはそれでも良いかしら?」

「ああ。どうせアタシも何が出来るか分からない。こんなに旨い飯が食えるなら、何でもやってやるよ」


 頷いて、しかしダリアは一瞬だけ視線を泳がせた。本当に一瞬だけ。普通ならば、気付ける筈もない動きだった。

 ……だがここに居るのは、公爵令嬢として公の舞台にも立ち、人の機微に敏感なセルディナと、未だダリアに警戒をするロキである。


「何か不安な事でもあるかしら?」

「気になる事があるなら言ってください。後からセルディナ様に降りかかる方が厄介ですから」


 純粋にダリアを心配するセルディナと、セルディナ第一のロキに問いかけられて、ダリアは口籠った。

 ダリアの抱える問題は、ダリア個人のものであり、それをセルディナに伝えて良いものか、迷ったからだった。


「……早く言ってください。セルディナ様の時間も無限ではありませんから」

「わ、分かったよ!アタシの友達……じゃないけど……幼馴染がこの前、騎士の男に隣国の方に連れていかれたんだ。そいつも魔物だから、多分碌な扱いもされてないと思って……アタシだけ救われて良いのかって、ちょっと思っただけだよ」


 別に魔物ならば、ある日突然殺される事なんて珍しい事でもない。たまたま知り合いの魔物が、どこかへ連れていかれて居なくなっただけ。同じ魔物のダリアに出来る事なんて何も……


「あら、それは心配ね」

「……セルディナ様」

「ねぇ、ロキ。一度隣国にも行ってみたいと思っていたのよ」

「セルディナ様」

「お願いよ、ロキ」


 ……何も、無い。筈だった。

 なのに、諦めてしまったダリアを他所に、セルディナとロキは何やら話していて。それはまるで、隣国の方へ向かうような話になっていた。


「……やっぱり、駄目かしら?」

「私はセルディナ様を危険に晒したくありません。しかし、私はセルディナ様の魔物なので、“命令”をされれば従います」

「そんな意地悪を言っても駄目よ。私はロキに“お願い”をしているの」


 流れが読めないダリアの前で、ロキはセルディナの瞳をじっと見つめて……それから、諦めたように「分かりました」と呟く。

 ロキに拒否権の無い命令も出来るセルディナの、ただのお願いにロキは弱かった。


「速やかに支度をします」

「え、ちょ、ちょっと待てよ!」


 諦めて部屋を出ていくロキの背中に、慌てたのはダリアだった。


「なんだ、何をしようとしてるんだよ」

「貴女の幼馴染を探しに行くのよ。そう言う話だったでしょう?」

「ん?んん???そう言う話……だったか??」


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