第9話 虚像は公爵令嬢に救われる2

「ええっと……出来れば襲わないでくれると有難いわ。と言うよりも、ロキがピリピリしているから、無闇に刺激をすると危ないわ。貴女の為にも、お願いね?」


 そんな言葉を告げて、セルディナはダリアを見た。

 体を濡らしていた雨水は、屋敷に運んだ際に拭きとったけれど、ダリアの体はやせ細っていた。栄養価の高いものを食べさせないと……と考えて、しかし動き出す前に、「なんで」とダリアが呟く。


「なんで、魔物なんかを助ける?」


 セルディナは、思考の中から意識を戻して、ダリアを見た。

 威嚇しているようにも、怯えているようにも見えるその瞳を前に、セルディナは「私が、貴女に死んでほしくないと思ってしまったから」と告げた。


「ッ!セルディナ様!!」


 瞬間、ロキがセルディナの腕を掴んで引いて、その身をダリアの前から隠した。


「アタシは……生きたいなんて望んでなかった!!」


 ダリアの体がゆらりと揺らめく。元からその場に居なかったかのように、揺らめいて消えたその姿に、ロキが「魔法です」と呟いた。魔物にはそれぞれ得意な魔法がある。ロキは使う事が出来ないが、ダリアの得意な魔法は<幻影>であった。

 目に映るものを別のものに変えて、時にその姿を隠し、実体とは異なる虚像となって攪乱させる。それがダリアの<幻影魔法>だった。


「セルディナ様、命令をして下さい」


 魔法を使ったダリアを警戒し、ロキがそう呟いた。現在のダリアの主人は、魔物屋から商品ダリアを購入したセルディナである。

 セルディナが一言、「命令よ、止まりなさい」と告げれば、ダリアは魔法を止める事しか出来ない筈で……。


「嫌よ」


 ……しかし、それはセルディナの拒絶によって叶わなかった。

 ロキの背後に庇われて、どんな力を持っているのか分からない魔物を前にして、それでもセルディナは保身のために命令を使おうとはしなかった。


「だって私は、あの子を生かした責任を取るべきだもの」


そう言って、「あ、でもロキには手を出さないで。命令よ」と続けたセルディナに、ロキは頭が痛くなるような気がした。


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