第7話 公爵令嬢は雨に打たれる

 ガタガタと揺れる馬車の中。セルディナは、先ほどまで一緒に居たアルシアの事を考えていた。


『君と話せて嬉しかった』


 優しい口調でセルディナに話しかける人間なんて、死んでしまった母以外は居ないと思っていた。


「……セルディナ様?どうかなさいましたか?」

「え、あ……なんでもないわ」

「大丈夫でしょうか?王城に行ってから、様子がおかしいように……毒でも盛られましたか!?」

「違うわよ」

「では、まさか……ご自分から、毒を食べたりもしていないですよね?」

「そんな事しないわよ。ロキったら、私の事を何だと思っているの」

「セルディナ様の事を、基本的には信用しない事にしていますので」


 澄ました顔で告げるロキに、セルディナは「酷いじゃない」と頬を膨らませた。勿論、ロキなりの戯れだとは分かっている。


「毒では無いのだけれど……」


 何と説明をすれば困ったセルディナは、ふと馬車に付いている窓から、外の風景を眺めていた。ぽつりぽつりと、雨粒が降り始めていて。その視界の先、とある店先に倒れる女性の姿を見つけたセルディナは、咄嗟に「止めて!」と声を上げた。


「ロキ!今すぐに馬車を止めて!女性が倒れているの!」


 止まった馬車から急いで降りて、セルディナは地面に伏せる女性の元へと駆けていく。雨によってぬかるんだ地面で、ドレスが汚れるのを気にする暇もなかった。


「貴女、ねぇ!大丈夫かしら?」


 長い赤髪の女性は、死んでしまっているかのようにぐったりとしていて。雨に打たれた体は冷たくなっていた。

 女性の体に触れたセルディナは、「じゃらり」と音が鳴った事に首を傾げて。音を上げた物の正体……女性の足に繋がれた鎖に気付き、体を硬直させた。


「……セルディナ様、彼女は魔物です」


 遅れてやって来たロキが、セルディナに向かってそう告げる。セルディナはゆっくりと振り返って、ロキがセルディナの頭上を見上げていることに気が付くと、同じように頭上を見上げた。

 「魔物屋」と書かれた看板は、その名前の通り、魔物を売る店なのだろう。


「ねぇ、ロキ。何故この女性は、こんな場所に放り出されているの?」

「……推測ですが、主人となった人に反抗をしたのだと思います」


 魔物は人間ではないから、物として扱われて、店先に放り出すようにして売られていても、罰せられることはない。

 例えこの女性が、雨の中で死んでしまったとしても、この店の「商品」が一つ駄目になってしまった。ただそれだけ。


「…………ねぇ、目を覚まして。このままでは貴女、死んでしまうわ」


 セルディナは、ぐったりと目を閉じる女性の側に座り込み、雨に濡れた体を揺さぶる。

 セルディナ自身が濡れるのも厭わず、泥によって汚れるのも気にとめず、セルディナは女性に話しかけていた。

 うっすらと、赤髪の魔物の目が開く。泥に汚れて、雨に冷やされ、それでも尚、力強い眼差しだった。


「ハッ、本望だね……こんな世界、クソ喰らえ……」


 赤髪の女……ダリアという名前の魔物は、自身の顔を覗き込むセルディナおんなが、貴族の人間だと気付いていた。そうでないなら、こんなに立派な衣服なんて着ていないだろうから。

 ダリアは貴族なんかに、心配なんてされたくなかった。人間も貴族も、ダリアの事を苦しめるばかりで、誰も助けてくれないのだから。

 吐き捨てて、ダリアは意識を失った。地面に向かって沈む直前、誰かの手が伸びてきた気がした。


「……ねぇ、ロキ。私やっぱり、おかしいと思うの」

「セルディナ様?」

「だって貴方も、この人も。普通の……私と同じ人間なのに、魔力があるだけでこんな扱いを受けるなんて……」

「……私達は人間ではありません。魔物です」

「そんなの、おかしいわよ」


 貴族が魔物の事を抱きしめるなんて、そんなことある筈がないのに……。

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