第25話 読者としての心構え

私はなろう、カクヨム、アルファポリスと3つのサイトでweb小説を読んでいるのですが、それぞれ特色があります。


 なろうは『なろう作品』とも言われるようになったラノベの火付け役で代表的なサイト。特色としてはファンタジー物が多数を占めるが他のジャンルの作品も多数あり利用者も多い。

 カクヨムは恋愛系が多くあったがそれは一昔の話で、ここ最近は収益が出るシステムができてから投稿作品が増え、今ではファンタジーも多くなり二大サイトかもしれない。

 アルファポリスは恋愛作品が多く、特に異世界婚約破棄恋愛物語が殆どを占めていて、尖っているサイトと言える。


 そんな特色のあるサイトだけれども個人評価をつけるとするなら。


 なろうは最近作者の民度と言えばいいのか……。落ちてきている。不正かどうかは定かではないが、ランキング上位にそう思われても仕方ない方が居続け、多作品を展開し、それを読者が指摘し、内容そっちのけの30~40年前の2chサイトのような粗探しにやっきなっていたり。その影響からか日本語をしらない作者が増加。それがポイントに影響しランキングの意味を成していない。


 一方カクヨムは良サイトの認識があったが、収益化以降なろうから移る作者が増えたせいか、現在ではなろうのようになりつつある。というか既になっていると感じている。それでもまだなろうよりかは良作に出会える確率は高い……と思う。が、なろうと同じように日本語、文章がおかしい作品が増えており、その作品が上位に多数みられるようになった。


 そしてアルファポリス。はっきりいってなろう、カクヨムの比ではないほど文章が壊滅的で小学生並みの文章の方が10作品のうち8割はあるんじゃないかと思うほど多い。今まで段落やら人称やら語ったが全てを満たしている上に主語述語、句読点すらおかしい。小中学生の発表会かと思うほど酷い。


 と、ここまでどこも酷評しまくったわけだが、web投稿小説で学のない素人も書いてるから仕方ないとも言える。だれでも投稿できるサイトなのだから。それ自体悪いわけでも無い。

 アルファポリスは知らないが他二つはそれでも日本語について、文章についてと勉強し、読者からの指摘も真摯に受け取り改善していた作家が多かったように思う。

 そこに学がある無し関係なく意欲ある人の集まりだっように記憶している。

 だがここ最近、私がここまで酷評してしまうほど投稿する作者のレベルが落ちたと言えるがそれは昔もあったはずなのだ。そんな作品はランキング上位には一つ二つ程度だったように記憶している。


 ではなぜ増えたのか。私はその原因は私達読者のせいではないかと思い始めている。視点のおかしいものやテーマがわからない作品はそれを指摘する方が多かったが、私がおかしいと思ったものは他の誰かが指摘していたが、それはコメントにほとんどみなくなった。

 あるのはどうでも良い誤字脱字の訂正。意味が変わってしまうものならばわかるが、ちょっとした抜け字を事細かく指摘する方ばかり。あとはご都合主義なんてものはある程度あるものだがそればかり。まぁおかしすぎるご都合主義は言いたくなるのはわかるが。


 ただそれよりもこの意味の通らない、わからない主語と述語に、混在する視点のほうが問題だろうと思ってしまう私がいる。

 ようは読者の読解力というのか文章力といえばいいのか、それが落ちてるせいではないかと最近は思うようになった。


 それがアルファポリスでは顕著だ。

句読点、がおかしく読み難い

 こんな句読点などがおかしいものや主語が違ってたりするなんてざらで、それを面白いと言っている読者が本当に多く、週間ランキング10位内のほぼ8作品そんなものだらけと言えるぐらいある。


 アルファポリスに限らず他二つもそれに近い。やはり読者自身も、文章とは、日本語とは、小説とはというのを知る必要があると思う。

 内容は面白いと感じるなら尚更おかしい文章、日本語、視点は指摘してランキング上位にあげないようにするのは読者の責務ではないだろうか。

 それは物語を書きたい、書籍化したい作家のためになるし、内容、ストーリー展開が面白いと思うのならば余計に必要な指摘ではないだろうか。


 読者自身も一般小説の1冊でも読まなければならないと思う。罵詈雑言や細かい指摘ではない。いろいろな指摘や意見があるが、汲み取るか取らないかは作者の度量にもなるし、そういった指摘が多いと作者の心を折る事に繋がるだろう。

 けどそれで折れて書かなくなってしまうのならそれはそこまでの熱量程度のもの。その程度の作品なら面白さは生まれない。


 一度触れたが小説家とは狭き門だ。デビューした方でも書き続けることができなくてライターになる人なんて多いはず。挫折し辞めた人もいるはずだ。

 私達が知っている文豪達でさえ、何度も何度も書き直し、ようやく世に出した作品は数多くある。

 小説一筋で節制しながら、受賞し出版するのを夢みてる方達でも指摘され書き直すのたがら、二足のわらじの素人投稿ごときの作品ならおかしいのは当たり前だ。おかしいのは恥ではない。

 おかしいのを当たり前に受け入れ、面白いと思う事のほうが恥だと私は思う。


 私も書いてて思うが、書いてる本人は気づかない事が多い。交流のある方も誤字脱字なんかはどれだけ注意しても気づかないと言われてるし、中にはおかしい表現を指摘されありがたいと言っている方もいる。

 そんな方の作品は少なからず読める、伝わる文章を書けていると私は考えながら読んでいる。


 他の方はどうか知らないが私は指摘する時は毎回悩みながら書いている。

 書く内容によっては心折れないだろうかと躊躇したり、出来れば修正し良い作品を残してほしいと思いながらコメントしたり。

 指摘する際も私の意見がおかしいかどうか吟味し、調べたりするときもある。


 人を評価する側にも責任が生まれる。だから私は指摘しようと初めて思った時、これまで人称や段落やら語ったがそれらについて調べもした。

 奇譚のない感想も必要だが、読者自身も勉強は必要だと思う。


 主語述語がおかしいものが通じるわけが無いのだ。文章がおかしいものが面白いわけが無いのだ。テーマがわからないものが伝わるわけが無いのだ。段落がないものが読み易いわけが無いのだ。


 なのにだれもそれに触れず、面白い! 続きを! と言っている読者が多く、ただ内容が珍しいとか、展開が面白いという直感だけで評価されている。それは間違っては無いし大事なことではあるが、それだけで高評価するのは違うと私は思う。


 今回の話は賛否両論でるだろう。おそらく批判のほうが多いだろう。

 それでも敢えて語ったのは、やはり読者側にも読者としての勉強と心構えは必要だと言いたい。


 こういったサイトの良し悪しは作者の向上はもちろんだが、読者と作家双方の在り方、心構えが必要じゃないだろうか。

 作品を作るのは作家だが、良作ばかりをランキングに載せ、書籍化させるのは読者だ。ラノベにも純文学にひけをとらない作品多くなったねと言わせる事が出来るのは読者の力だと思う。


 皆さんはどう思ってるのだろうか。たぶんここまで考える人少ないだろうなぁ……。

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